【洒落怖】峠の停電で、住人が変わっていた

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県境の峠に近い集落で停電が起きた夜、翌朝から隣人たちの「何か」が少しずつ違って見えた。顔の作りは同じなのに、なぜ誰も私のことを知らないふりをするのか。

これは去年の秋に、自分が実際に体験した話だ。今でも答えは出ていないし、たぶんこれからも出ないと思う。ただ、誰かに読んでほしくてブログに書き残すことにした。

僕は三十四歳の会社員で、県境に近い山あいの集落に引っ越して三年になる。勤め先まで車で四十分ほどかかるが、静かな環境が気に入っていた。集落には十数軒の家が点在していて、住人同士の距離感はちょうどよかった。深く干渉し合うわけでもないが、顔を合わせれば挨拶する程度の関係。それが心地よかった。

集落の外れには峠に続く山道があって、舗装はされているものの、夜になると街灯も少なく、すれ違える幅もほとんどない。地元の人間はあまり夜の峠道は使わない。僕もそれに倣っていた。

去年の十月の中旬、台風ではなく、強い秋雨前線の影響で数日間、断続的に雨が降り続いた。その三日目の夜、集落一帯で停電が起きた。電力会社の復旧見込みは「翌朝以降」とのことで、僕は懐中電灯とスマートフォンの明かりだけで夜を過ごした。

停電そのものは別段怖くはなかった。ろうそくを立てて、持っていた文庫本を読んで、早めに布団に入った。雨音がひどく、屋根を叩く音がずっと続いていた。何時間後かに目が覚めた気がしたが、外が真っ暗なままで時間の感覚がまったくなかった。スマートフォンの電池も半分を切っていたので、節約のために電源を落として、また眠った。

停電が明けたのは翌朝の六時過ぎだった。

照明がいきなり全部点いて、冷蔵庫のモーター音が再起動する音で目が覚めた。雨はまだ少し残っていたが、夜中よりはずっと弱まっていた。カーテンを開けると、集落の家々にも明かりが戻っていた。安堵して、僕はいつも通りの朝を始めた。

おかしいと思ったのは、その日の夕方のことだ。

仕事から帰る途中、峠を下りたあたりで、向かいから歩いてくる人影に気づいた。隣の家の吉沢さん——六十代の男性で、定年後にご夫婦でこの集落に移住してきた方だ——だと思って、「お疲れ様です」と声をかけた。

吉沢さんはこちらを見た。間違いなく、吉沢さんの顔だった。白髪交じりの髪、眼鏡、少し猫背の立ち姿。三年間、何十回と顔を合わせてきた人だ。

でも吉沢さんは、一瞬、本当に一瞬だけ、僕を「値踏みするような目」で見て、それから軽く会釈をして通り過ぎた。

「あれ?」と思った。

吉沢さんはいつも、顔を合わせると「どうも」とか「今日も遅かったね」とか、一言二言添えてくれる人だった。無言で通り過ぎることなんて、三年間で一度もなかった。機嫌が悪い日もあるだろうから、そのときは気にしすぎないようにしようと自分に言い聞かせた。

次の日の朝、ゴミ出しに出たとき、斜め向かいの田所さん——四十代の女性で、子どもが二人いる——に会った。田所さんも会えば必ず話しかけてくれる人で、引っ越してきた当初から何かと気にかけてくれていた。

「おはようございます」と声をかけた。

田所さんは振り返って、ニコッと笑った。でもその笑顔が、なんというか、「隣人に向ける笑顔」じゃなかった。道を歩いていて知らない人に挨拶されたときの、「ああ、どうも」という感じの、距離のある笑顔。

「おはようございます」と返してくれたが、それだけだった。

僕は少し混乱して、「昨日の停電、大変でしたね」と続けてみた。

田所さんは「そうですね」と言って、ゴミ袋を所定の場所に置いて、そのまま家に入ってしまった。

何かがおかしかった。

それから数日、僕は意識して集落の人たちとの会話に注意を払うようにした。吉沢さん夫妻、田所さん一家、峠道の入り口近くに住む独居の藤村さん——かつてこの土地に長く住んでいる老人——、それから向かいの家の若い夫婦。

誰もが、「顔は同じ」なのに、「僕のことを知らないような態度」をとっていた。

吉沢さんの奥さんなんて、以前は僕と話すとき「○○さんは朝ご飯ちゃんと食べてる?」と冗談交じりに言ってくれるような、気さくな人だったのに、声をかけても「はあ、そうですか」という他人行儀な返事しか返ってこなくなっていた。

まるで、三年間の積み重ねが、停電の夜を境にリセットされてしまったかのようだった。

決定的だと感じたのは、停電から十日ほど経った日曜日のことだ。

集落の共同作業として、年に一度、山道の側溝の落ち葉掃除をする習慣がある。その年の作業日がちょうど翌週に迫っていたので、僕は前の週から参加の準備をしていた。当然、毎年顔を合わせてきた行事だ。

当日、軍手とスコップを持って集合場所に向かうと、住人たちが集まっていた。幹事役の吉沢さんが人数を確認していて、僕が近づいたとき、吉沢さんが言った。

「あの……失礼ですが、どちらの方ですか?」

思わず聞き返した。「え? 吉沢さん、僕ですよ、隣の」

吉沢さんは困ったような顔をして、「いや、あの、この集落の方ではないんじゃないかと思いまして」と言った。

周りにいた他の住人たちも、僕の顔を見て、互いに目配せをしていた。田所さんも、藤村さんも、若い夫婦も。誰も「いや、この人は○○さんですよ」と助け舟を出さなかった。

「三年前から隣に住んでいます」と言うと、吉沢さんは「隣……ですか」と繰り返して、しばらく黙った。

僕はそのまま作業に参加したが、誰も僕に話しかけてこなかった。

帰り道、一人で峠道の入り口まで歩いていたとき、後ろから藤村さんが追いかけてきた。八十近い老人が小走りになっているのを見て、僕は驚いて足を止めた。

藤村さんは周囲を確認してから、声を潜めて言った。

「あんた、停電の夜、外に出たか?」

「いいえ」と答えた。「雨がひどかったので、ずっと家にいました」

藤村さんはじっと僕の顔を見た。その目が、なんとも言えない色をしていた。困惑とも、哀れみとも、恐怖とも取れる、複雑な目だった。

「そうか」と藤村さんはつぶやいた。「だったら、なんで……」

そこで言葉を切って、また周囲をうかがった。

「なんで?」と促すと、藤村さんは首を横に振って「なんでもない」と言い、踵を返した。

「藤村さん」と呼んだが、老人は振り返らなかった。

あれから半年近く経つ。集落の住人たちは、今でも僕に対して「近所の顔見知り」としての距離感を保っている。三年間かけて築いた関係は、そこにはない。ただ、徐々に、ほんの少しずつだが、また会話が増えてきている気もする。まるで最初からやり直しているみたいに。

ひとつだけ、気になっていることがある。

停電が明けた朝、照明が点いたとき、僕は鏡を見た。いつも通りの自分の顔がそこにあった。寝癖がついて、少し目が腫れぼったい、どこにでもいる男の顔。

でも今思えば、僕は「自分がいつも通りかどうか」を、鏡でしか確認していない。

藤村さんが言いかけた言葉の続きが、今でも頭を離れない。

「だったら、なんで……」

なんで、何なんだろう。

もしあなたが同じ状況に置かれたら——停電の夜が明けて、ずっと知っているはずの隣人たちが、一斉に他人の目で自分を見るようになったとしたら——あなたならどうする? 僕は今も、その答えを探している。

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