夕暮れの神社で見つけた小さな祠。そこに奉納された時計の針は、いつも現実の時刻より「少しだけ」進んでいた。その「少し」が、気がつけば何時間にも膨らんでいた頃、私は取り返しのつかないことに気づいた。
これを書こうと決めたのは、先週の夜勤明けのことだ。
私は介護老人保健施設で夜間の介護士として働いている。勤務は週に三、四回。夕方の十六時に入り、翌朝の九時まで施設に詰める。昼間は眠り、夕方に起きて、また夜に向かう。そういうリズムで、もう三年近く暮らしてきた。
夜勤明けというのは不思議な時間帯で、朝の光の中を歩いているのに、体の中はまだ夜のままでいる。頭が半分眠っていて、もう半分だけが現実にある、みたいな感覚。だからあの日に祠を見つけたのも、もしかしたらそのせいかもしれないと、最初は思っていた。
あれは去年の秋のことだ。夜勤明けで施設を出て、いつもとは少し違う帰り道を歩いた。理由は特にない。ただ、いつもの道が工事中で迂回しなければならなかっただけだ。住宅街を抜けて細い坂道を上ると、小さな神社があった。
鳥居は古くてくすんだ朱色で、石段は苔むしていた。境内といっても本当に小さくて、本殿というよりは祠が一つ、それと手水舎と古い玉垣があるだけ。地元の人が昔から祀ってきた、そういう類の場所だと思った。
立ち止まったのは、境内の端に、もう一回り小さな祠があったからだ。
石造りの古い祠で、扉が少し開いていた。中を覗くつもりはなかったけれど、朝の光がちょうどその隙間に差し込んでいて、中に何かある、というのが見えた。
古い掛け時計だった。
直径が二十センチくらいの丸い時計で、文字盤は白、縁は錆びた真鍮色。秒針が動いていた。ちゃんと生きている時計だ、と思った。奇妙だけれど、奉納品の一つなのだろう、とその時は納得した。
気になったのは、時刻が違っていたことだ。
私のスマートフォンは八時二十三分を示していた。でも祠の時計は、八時三十一分を指していた。
八分、進んでいた。
古い時計だから狂っているのだろう。そう思って、私はその場を離れた。夜勤明けの体は限界に近くて、帰ってすぐに眠った。
次にその神社に立ち寄ったのは、二週間後だった。
また夜勤明けで、また工事の迂回が必要だったからだ。工事は思ったより長引いているらしかった。坂を上って境内に入ると、同じ場所に同じ祠があった。
また時計が気になって、覗いた。
秒針は動いていた。正常に動いている。でも時刻は、私のスマートフォンより十四分進んでいた。
前回が八分ずれていたのが、今度は十四分になっていた。
老朽化した時計なら、ずれの幅も一定ではないかもしれない。そう考えれば不思議でも何でもない。でも私は、なんとなくスマートフォンのメモアプリに書き留めた。十月某日。祠の時計、14分進んでいた、と。
三週目も同じ道を通った。工事が終わる気配はなく、もう迂回路の方が「いつもの道」になりかけていた。
祠の時計は、二十二分進んでいた。
私はその場で立ったまま、計算した。八分、十四分、二十二分。増え方が、毎回六分ずつ増えている。八から六足すと十四、十四から六足すと二十、じゃなくて二十二か。少し不規則だけど、大体そのくらいずつ増えている。
気のせいかもしれない。でも、気のせいではないかもしれない。
私はその日から、毎回メモをつけることにした。
夜勤明けのたびに祠に立ち寄って、スマートフォンの時刻と祠の時計の差を記録する。それだけのことだ。記録すれば、単なる時計の狂いなのか、それとも何か規則性があるのかが分かる。介護の仕事をしていると、経過観察というものが習慣になる。利用者さんの様子を毎晩記録して、少しずつの変化を見落とさないようにする。同じことを時計でやっているだけだ、と自分に言い聞かせた。
十一月に入ると、日の落ちるのが早くなった。
夜勤は変わらず夕方の十六時入りだが、施設に向かう道はもう暗くなりかけていた。逢魔が時、という言葉を私はなぜかこの頃よく思い出した。夕暮れの、昼でも夜でもない時間。施設の廊下の蛍光灯が白く光っていて、窓の外がゆっくりと黒に変わっていく、あの時間帯。
祠への立ち寄りは夜勤明けの朝が多かったけれど、一度だけ夕方に通ったことがあった。
休日で、散歩がてら坂を上ったのだ。
十六時を少し回ったころ。あの境内は西向きで、夕日がちょうど斜めに差し込んでくる。鳥居の朱色が燃えるみたいで、本殿の陰に祠だけが暗く沈んでいた。
祠の扉を開けた。
時計の時刻は、私のスマートフォンより五十八分進んでいた。
ほぼ一時間だ。
最初の八分からここまで、どれだけの時間が経ったのだろう。私はメモを見返した。八分、十四分、二十二分、二十九分、三十七分、四十六分、五十八分。増え方が毎回七分から九分程度ずつ増えている。ほぼ等差で増えている。
これは時計の故障ではない、と確信した。
故障した時計は、一定のリズムで誤差を積み上げるか、ある日突然大きくずれるかだ。こんなふうに、まるで計算したみたいに少しずつ規則正しく増えていくことはない。
誰かが、調整している。
そう考えた瞬間、背中が冷たくなった。
誰が何のために、こんなことをするのか。
私はもう一度、祠の中をよく見た。時計の下に、小さな紙が置いてあった。これまで気づかなかったのは、いつも上の時計だけに目が向いていたからだろう。
紙を手に取るのは、どうしてもためらわれた。でも、夕日がちょうどその角度で差し込んでいて、手に取らなくても字が読めた。
細い筆文字で、こう書いてあった。
「お迎えの刻まで」
私は紙を戻して、その場を離れた。走りはしなかった。でも、普段より歩幅が広くなっていたと思う。
家に帰って、しばらく考えた。
「お迎えの刻まで」というのは、何のことか。神道的な意味で言えば、神が何かを「迎える」刻、あるいは誰かが「迎えに来る」刻、ということになるのだろうか。でも、この祠は何を祀っているのかも分からない。由緒書きの類は一切なかった。
気になって、職場の先輩に聞いてみた。その先輩は地元生まれで、土地のことをよく知っている人だ。
あの坂の上の神社のこと、何か知っていますか、と聞くと、先輩は少し考えて、「ああ、あそこね」と言った。
「あそこはね、昔から時節の神様みたいなもんを祀ってるって聞いてる。何の神様かは分からんけど。ただ、地元の年寄りは、あの境内で時間をかけるのはよくないって言ってたよ。なんでかは聞いたことないけど」
時間をかけるのはよくない。
その言葉が頭に残ったまま、私は次の夜勤に入った。夜間の施設は独特の静けさがある。廊下に出ると、利用者さんたちの部屋から寝息や寝返りの音がかすかに聞こえる。ナースコールが鳴るたびに部屋に向かい、状態を確認して記録する。夜が明けるまで、ただそれを繰り返す。
その夜、ふと気になって、施設のロビーにある古い掛け時計を見た。
夜間のロビーは薄暗くて、時計は壁の高いところにある。いつも時刻を確認するためだけに見ていた時計だ。
スマートフォンは午前二時十七分を示していた。
ロビーの時計は、二時十七分だった。
合っている。当たり前のことだ。でも私はその時、なぜかものすごく安堵した。
翌朝、夜勤明けで施設を出て、坂を上った。
祠の扉を開けた。
時計の時刻は、私のスマートフォンより一時間二十三分進んでいた。
一時間を超えた。
私は紙を探した。
紙はなかった。
その代わり、時計の下に、小さな金属製の器が置かれていた。前回はなかったものだ。器の中には、水が張ってあった。澄んだ水で、底が見えた。そして水の底に、小石が一つ置いてあった。
小石の上に、もう一枚の紙が折りたたんで沈めてあった。
私は取り出さなかった。
手を入れる気になれなかった。ただ水の中を覗き込んで、紙が濡れてにじんでいるのを見ていた。でも一文字だけ、にじみきっていない字が読めた。
「来」
来る。誰かが来る。それとも、どこかへ来い、ということなのか。
私はその日以来、その神社には行っていない。
でも問題は、行かなくなってからも、私の日常の中に「ずれ」が入り込んでくることだ。
施設のロビーの時計。夜間の廊下の時計。職場のタイムレコーダー。それぞれが、少しずつ違う時刻を示すのは珍しいことではない。古い建物の時計はどこも狂いやすい。
でも最近、気になっていることがある。
夜勤に入るとき、私はいつも施設のエントランスで打刻する。タイムレコーダーが打ち出す時刻と、スマートフォンの時刻は、ほぼいつも一致している。
先週の夜勤の時、差が生じた。
タイムレコーダーの打刻は十六時ゼロ分。スマートフォンは十五時五十二分。
八分、進んでいた。
施設の事務の人に言うと、タイムレコーダーが少し狂ってきているのかもしれない、と言っていた。そういうことは、よくあることらしい。
でも私は、その「八分」という数字を見た瞬間に、思い出した。
最初にあの祠の時計を見た日。ずれは八分だった。
あなたならどうしますか。
こんなことが続いたら、あなたはどうしますか。ただの時計の故障だと思って、気にしないようにしますか。それとも、もう一度あの祠に戻りますか。
私はまだ、決めていない。

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