台風の夜、実家への帰省途中で立ち往生した峠道で、聞こえるはずのない生活音と声が車の外から届いた。あの夜の記録を、私はまだ誰にも見せていない。
これは去年の秋に私が経験したことで、誰かに話すつもりはなかったのだけれど、記録だけは残しておこうと思ってブログに書くことにした。読んで気分を害しても責任は持てない。そういう類の話だと最初に断っておく。
実家は、県境に近い山あいの小さな町にある。最寄りのインターから車で四十分ほどかかり、途中に必ず峠道を越えなければならない。子供の頃から「あの峠は嫌だ」と思っていた。理由はうまく言えないのだが、木が密に生えていて昼でも薄暗く、ガードレールが古くてところどころ錆びていて、見通しの悪いカーブが連続している。冬は凍結するし、夏は霧が出る。地元の人間は誰でも「あの道は気をつけろ」と言う。
その日、私は仕事の都合で出発が遅くなり、実家に着く予定が夜の九時を過ぎていた。台風が接近しているのはわかっていた。テレビもスマートフォンも「今夜は外出を控えるように」と繰り返していた。それでも母から「お父さんの具合が悪い」と連絡が来て、私は車を出した。大丈夫だろうと思っていたのだ。高速道路を走っているうちはまだよかった。雨は強かったが、風は許容範囲だった。
問題が起きたのはインターを降りてからだった。峠に差し掛かる手前の交差点で、道路情報の電光掲示板が「通行注意・強風」と点滅していた。引き返すことも考えたが、迂回路は遠回りすぎるし、峠を越えさえすれば実家まであと二十分もかからない。私はそのまま峠道に入った。
最初の数分は問題なかった。ワイパーを最速にして、ハザードランプをつけながらゆっくり走った。木が左右から迫るように立っていて、ヘッドライトの光が雨に散乱して視界が白くぼやける。カーブを三つか四つ曲がったところで、急に風が強くなった。車体が横から押されるような感覚があって、思わずハンドルを両手で掴み直した。それと同時に、道路脇の木の太い枝が一本、勢いよく道に落ちてきた。
急ブレーキをかけた。枝は車の直前で止まっていた。私の車は峠の中腹、ちょうど道が大きく蛇行している地点で停車した。枝を避けようにも、右はガードレール、左は崖である。バックするにしても、暗くて狭いカーブの連続では危険すぎる。
スマートフォンで実家に電話した。「峠で動けなくなった、少し待つ」とだけ伝えた。母は心配していたが、私は「大丈夫だから」と言って通話を切った。道路管理の緊急番号に電話して状況を説明すると、「除去作業を手配するが、台風のため時間がかかる可能性がある」と言われた。二時間待つかもしれないとのことだった。
エンジンをかけたまま、ヒーターを入れて待った。外は暴風雨だった。雨音が車の屋根を叩く音がひどく、ラジオも雑音で聞き取れなくなった。時刻は夜の十時を少し回っていた。
しばらくして、私は奇妙なことに気がついた。
雨音の中に、別の音が混じっている気がした。最初はそういうものかと思った。風が木を揺らす音、雨がガードレールを叩く音、そういったものが混ざり合えば、不思議な音に聞こえることもある。でも、その音は少し聞いていると、明らかに性質が違った。
包丁で何かを切っているような、規則的な「とん、とん、とん」という音だった。
峠のどこかから聞こえてくるのだ。断続的ではなく、一定のリズムで続いている。台所で誰かが作業しているような、そういう音だった。私は窓を少し開けてみた。雨が吹き込んできたが、外の音がはっきりした。
やはり、聞こえる。
峠の中腹に、民家などない。子供の頃から何度もこの道を通ったが、この辺りに人の住む建物があった記憶はない。廃屋すらなかったと思う。それでも音は聞こえていた。暴風雨の中で、あれほどはっきりと生活の音が届くのは、おかしかった。
私はドアロックを確認して、窓を閉めた。気のせいだと思おうとした。雨音と風音が複雑に重なれば、そういう錯覚が生まれることもある。睡眠不足だったし、緊張もしていた。そう言い聞かせながら、シートに背をもたせかけた。
十分ほど経った頃、今度は別の音が聞こえた。
子供の声だった。
歌っているのか、ただ話しているのか、はっきりとは聞き取れなかった。でも、声の高さと抑揚から、小さな子供だと思った。七歳か八歳くらいの。女の子の声のような気がした。
私は息を止めた。
台風の真夜中の峠道に、子供がいるはずがない。車もなく、建物もない、そんな場所に。
もう一度窓を開けた。今度は雨が顔に叩きつけるくらい強かったが、構わなかった。耳を澄ませた。声は聞こえた。でも方向がわからなかった。前から聞こえる気もするし、後ろから聞こえる気もした。山の中から、木の向こうから、声が反響しているような感覚だった。
窓を閉めた。
私の中で何かが警告を発していた。車を降りてはいけない、という感覚だった。理由はない。ただそう思った。
次に気がついたのは、車の外側の気配だった。車体の右側、ちょうど助手席の窓の外あたりに、何かがいる気がした。見えない。雨と闇で何も見えない。ただ、気配があった。視線のような、重さのような、そういう感覚だった。私は助手席の窓をまっすぐ見ることができなかった。
見てはいけない気がした。
理由を説明しろと言われても、できない。ただそう思った。私はハンドルを両手で握って、フロントガラスをまっすぐ見続けた。
その状態で、どれくらい時間が経ったのかわからない。十分かもしれないし、三十分かもしれない。
包丁の音はいつの間にか止んでいた。子供の声も、もう聞こえなかった。
助手席の窓の外の気配も、消えたのか、最初からなかったのか、もうわからなかった。
道路管理の作業員が来たのは、それからさらに一時間ほど経ってからだった。軽トラックが二台、作業員が三人やってきて、チェーンソーで枝を切断して道を開けてくれた。私は礼を言いながら、「この辺りに民家はありますか」と聞いた。作業員の一人がきょとんとした顔をして、「ないですよ」と言った。「ここはずっと昔から山だけです」と。
実家にたどり着いたのは深夜をとっくに過ぎた頃だった。父は思ったより元気で、ただ胃の調子が悪かっただけだった。私はそのことにほっとしながら、あの夜のことを母にも父にも話さなかった。
翌朝、峠道をもう一度だけ車で通った。昨夜の暴風雨が嘘みたいに晴れていて、木漏れ日が道に落ちていた。停車した場所の周囲を、少し歩いて見た。山の斜面は木が密生していて、奥は薄暗かった。人が入れるような隙間はあった。でも人が住んでいた痕跡のようなものは、少なくとも私には見つけられなかった。
ただ一つだけ、気になるものがあった。
道路脇のガードレールの外、草が踏み倒されている箇所があった。大きさからして人の足跡のようにも見えたが、台風の後だから枝が落ちた跡かもしれない。
私はそれを写真に撮った。スマートフォンの中にまだある。
あの夜に聞こえた音が何だったのか、私にはわからない。錯覚だったかもしれない。台風の風が複雑に共鳴して、人の声や生活音に似た音を作り出すことがあると聞いたことがある。そういうことだったかもしれない。
ただ、助手席の窓の外に感じたあの気配だけは、どうしても錯覚だと思えない。
理由はうまく言えない。ただそう思う。
私はこの記録をブログに残す。誰かに読ませたいわけでも、答えを求めているわけでもない。ただ、書き留めておかないと、自分の中で何かが曖昧になっていく気がした。それだけだ。
あの声が何だったのか、私はまだ考えている。考えながら、結論を出さないまま、たぶんこれからもしばらく考え続けると思う。

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