裏通りに届いた記録の話

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夜勤の警備員が毎晩巡回する路地で、見知らぬ他人の記憶が少しずつ手元に積み重なっていった。俺はそれを捨てられないまま、ここに記録だけを残す。

これは俺が経験したことの記録だ。説明できないし、解決もしていない。ただ、誰かに読んでほしくて書いている。

俺は今からおよそ二年前、ある県境の町にある複合施設の夜間警備員として働いていた。施設自体はさして変わったところでもなくて、日中は商業テナントが入った四階建てのビルで、夜になれば無人になる。俺の仕事は日付が変わる少し前に出勤して、朝の開錠時間まで建物の内外を巡回することだった。

施設の裏手に、細い路地があった。正確に言うと、ビルとその隣の古い倉庫との間に挟まれた通路で、幅にして一メートルちょっとしかない。車は当然入れないし、人が通る理由もほとんどない。昼間でも薄暗くて、夜になると街灯の光がまったく届かない。俺はそこを「裏の路地」と呼んでいた。

巡回ルートにその路地は含まれていた。先輩から引き継いだマニュアルには「倉庫側外壁確認、裏路地通過」とだけ書かれていて、何かを確かめるというよりも、ただ通り抜ければいいというふうに読めた。俺も最初の数週間はそうしていた。懐中電灯を点けて、足元を照らしながら二十秒かそこらで通り過ぎる。それだけだった。

異変に気づいたのは、働き始めて一ヶ月ほど経った夜のことだ。

いつもどおり裏路地に踏み込もうとしたとき、地面に何かが落ちているのが見えた。懐中電灯を向けると、折り畳まれたレシートだった。雨に濡れた形跡もなく、比較的きれいな状態で、路地の入り口近くに落ちていた。

拾って広げてみると、県境の町から少し離れた別の市にあるスーパーのレシートだった。日付はその日から三日前。買い物の内容は、豆腐、ネギ、味噌、卵、小さなパック入りの刺身、それと発泡酒が一缶。合計で九百円台の、ごく普通の夕食の買い物だった。

名前は書かれていない。ポイントカードの番号らしき数字があったが、誰のものかはわからない。

路地は行き止まりではない。反対側に出ると、ビルの裏口と小さな駐車場がある。人が通れないわけじゃない。誰かが落としたのだろう、と俺は思った。たいして気にせず、ゴミとして処理した。

次にそれが起きたのは、四日後の夜だった。

同じ路地の、ほぼ同じ場所に、今度はメモ用紙が一枚落ちていた。チェック柄の小さなメモ帳から破ったような紙で、ボールペンで手書きの文字が書かれていた。

「病院 火曜 14時 忘れないこと」

それだけだった。誰の予定なのか、何の病院なのか、まったくわからない。ただ、筆跡からして年配の女性が書いたものだろうというくらいの印象はあった。角張らずにやわらかく丸みを帯びた、ゆっくりと書かれた字だった。

俺はそれも処理しようとして、なぜか捨てられなかった。胸ポケットに入れて、家に持ち帰った。なぜそうしたのか、自分でもよくわからない。

それからだ。裏路地で何かを見つけることが、少しずつ増えていった。

三週間の間に見つけたものを、俺はノートに記録し始めた。記録しなければ何かを見落とすような気がして、そうせずにはいられなかった。

バスの回数券(三回分残っていた、路線番号から判断するとこの町から二駅先の停留所が終点のもの)。誰かが手書きしたレシピのコピー、筑前煮の作り方で、分量のメモがびっしりと書き込まれていた。子どもの描いた絵らしき紙切れ、クレヨンで人らしき形と太陽と犬のようなものが描かれていた。裏に鉛筆で「ゆうた」と書いてあった。

どれも、路地の同じ場所に落ちていた。入り口から二、三歩入ったあたり、右の壁寄りのほぼ決まった位置に。雨の日も、風の強い夜も、必ずそこにあった。

風で飛んできたとは思えない。路地の反対側から吹き込んでも、あの位置には届かない。俺は何度か別の時間帯に路地を確認してみたが、昼間の見回りではいつも何もなかった。夜の巡回で訪れるたびに、四日か五日に一度、何かが落ちていた。

その時点で俺は、これが何か説明のつかないことだとわかっていた。でも怖いというより、気になってしかたがなかった。落ちているものが、どれも生活感のあるものばかりだったからだと思う。幽霊じみた異物ではなくて、誰かの日常のかけらみたいなものばかりが、あの路地に積み重なっていくのだ。

俺は集めたものを、ひとつずつビニール袋に入れて保管した。施設のロッカーに入れておいたこともあったが、なんとなく落ち着かなくて、最終的には家の引き出しに移した。

その頃から、俺は少しだけ考えるようになった。これらは誰の日常から切り離されたものなのか、ということを。

レシートに書かれた買い物の内容を見れば、一人暮らしのような量だった。メモの病院の予定は、一人で行くものの書き方に見えた。回数券は、定期的に同じ路線を使う人のものだろう。バラバラなようでいて、同じ人の持ち物が混ざっていないとも言い切れなかった。俺はそんなことを考えながら、毎晩あの路地を通り抜けた。

転機になったのは、働き始めて三ヶ月が過ぎた夜だった。

その夜、路地にあったのは、折り畳んだ写真だった。

スマートフォンで撮ったものを印刷した、光沢のある紙の写真。広げると、年配の女性が一人で写っていた。縁側のような場所に腰かけて、こちらに向かって少し困ったような笑顔を向けている。背景に植木鉢とひよけのすだれが見えた。夏の昼間の写真だった。

俺はしばらく、その写真をひっくり返したり、懐中電灯で透かしたりした。裏には何も書かれていなかった。

その女性が誰なのか、俺には当然わからない。でも俺の手の中にある、集めてきたものとあの写真を見比べながら、俺は何か核心に近いものに触れているような気がした。病院のメモを書いた字のやわらかさと、写真の女性の雰囲気が、どこか重なるような気がした。根拠のない、感覚的なことだ。

それから二週間後、俺はその施設の夜勤を辞めた。体調的な理由が主だったが、続けることへの漠然とした怖さもあったと思う。正直に言えば。

路地で見つけたものは全部、今も手元にある。写真も含めて。

捨てるべきだとはわかっている。でも捨てられない。あれは誰かの日常の断片で、どこかから切り離されてあの路地に届いたもので、俺が受け取ってしまったものだ。

辞めた後で一度だけ、あの路地を昼間に見に行ったことがある。狭くて薄暗い、ただの路地だった。地面には何もなかった。壁にも何もなかった。普通の、どこにでもある裏通りだった。

俺が集めてきたあのかけらたちが、どこから来たのか。誰のものなのか。なぜあの路地に届いていたのか。何も分からないまま、二年が経った。

ただ、気になっていることがひとつある。

路地で最後に写真を見つけた夜、俺は巡回を終えて施設の詰所に戻った。ノートに記録をつけようとして、日付を書こうとしたとき、気づいたことがある。

俺が拾ってきたものの中で、日付がわかるもの——レシートとバスの回数券の有効期限——を全部並べてみると、それぞれの日付が少しずつ古くなっていた。最初に拾ったレシートが三日前の日付だったのに、後から拾ったものは四日前、五日前、と、発見した順番とは逆向きに、日付が遡っていくようになっていた。

俺がそのことに気づいたのは、辞める直前のことだ。

あの路地が、誰かの日常を受け取り続けているのか。それとも俺が何かを引き寄せていたのか。写真の女性は、今もどこかで生きているのか。

何もわからない。

ただ俺は、これを記録しておく。引き出しの中に、あのビニール袋が今もある。

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