夜間の介護施設で働く私が、通勤路にある小さな神社に気づいたのは、ある朝の体温記録がきっかけだった。毎朝六時、境内の空気だけがおかしかった。
これを書いているのは、まだあの神社のことを誰かに話せていないからだ。職場の同僚に言っても、たぶん笑われる。「夜勤明けで頭がおかしくなってたんじゃないの」と。でも笑ってくれるうちはまだいい。笑えなくなったら、それはもう私と同じ側に来てしまったということだから。
私は介護付き有料老人ホームで夜間専従として働いている。仕事は夜の十時に始まって、翌朝の七時に終わる。ほぼ毎日夜勤で、昼間は眠って、夕方に起きて、また夜に施設へ向かう。そういう生活を三年ほど続けている。
施設から自宅まで、歩いて二十分ほどの道がある。バスも通っているけれど、夜勤明けの朝は不思議と歩きたくなる。夜中ずっと施設の中にいて、廊下の匂いや機械音や、時折聞こえる入居者の寝言に囲まれていると、外の空気を吸いながら少しずつ現実に戻りたくなるのだ。
その道の途中に、小さな神社がある。
特別古い神社ではなさそうだった。石の鳥居があって、手水舎があって、奥に小さな拝殿がある。境内はせいぜい二十畳分くらいの広さで、周囲を住宅地に囲まれた、本当に小さな社だ。由緒書きのようなものも見当たらなくて、どんな神様を祀っているのかもわからなかった。
私がその神社に気づいたのは、去年の秋のことだった。それまでも毎朝その前を通っていたはずなのに、なぜか今まで目に入っていなかった。不思議なことに、ある朝ふと視線を向けたら、そこにあったのだ。鳥居の前に立って、なんとなく中を眺めた。早朝六時すぎ、誰もいない境内に、朝の光が差し込んでいた。
そのとき、気づいたことがある。
境内の空気が、外より冷たかった。
十月の朝だから、肌寒いのは当然だ。でも、境内に踏み込んだ瞬間に、明らかに温度が違った。一歩手前と一歩踏み込んだ後とで、まるで別の季節のような感覚があった。両手を出して確かめてみると、鳥居の外側と内側で、右手と左手の感じ方が違う。そんなことがあるのだろうか、と思いながら、その日は深く考えずに帰宅した。
最初は、地形の問題だと思っていた。住宅に囲まれていて風が通らないとか、木陰の影響で気温が低いとか。合理的な説明は、いくらでも考えられた。
ただ、翌朝も境内は冷たかった。
その次の朝も。
その次の次の朝も。
私は介護の仕事柄、体温の変化には敏感だ。入居者の方の体温を測定するのは夜勤の重要な業務のひとつで、0.2度の変動でも記録に残す。そういう訓練が染みついているせいか、自分の体の感覚にも敏感になっていた。
だから断言できる。毎朝六時すぎに私がその神社の前を通るとき、境内の空気は外より確実に低かった。木が茂っているわけでも、日陰になっているわけでもない方角でも、やはり冷たかった。温度計を持ってくれば良かったのかもしれないが、なんとなくそれをする気になれなかった。数字で確認してしまったら、何かが変わってしまうような気がして。
変化に気づいたのは、十一月の半ばを過ぎたころだった。
境内の冷たさの質が、変わっていた。
十月のそれは、冷えた空気のような感覚だった。秋の朝に素手で石を触れたときの、じんわりした冷たさ。ところが十一月になると、それが変わってきた。冷たいというより、温度がない、とでも言うべきか。外の空気には朝の肌寒さがある。施設の廊下には暖房が入っている。でも境内の空気だけが、どちらでもない。寒くないのに、温かくもない。体温計で測ったら何度を示すのかわからない、そういう感覚だった。
十二月になって、少し気になることが重なった。
ある夜、夜間の巡回をしていると、入居者の一人、仮にFさんと呼ぶが、Fさんが眠れずに廊下に出ていた。Fさんは八十代の女性で、認知症の症状があるものの、夜中に起き出すことはほとんどなかった。声をかけると、廊下の窓の外を指差しながらこう言った。
「あの子、寒くないのかしら」
窓の外には何もなかった。駐車場と、街灯と、冬の夜空だけ。
「どの子ですか?」と聞いたら、Fさんは「ほら、あそこに立ってる子」と同じ方向を指差した。
私には見えなかった。でもFさんが窓の外を見ている方角は、だいたい、あの神社の方向だった。
施設から神社まで、直線距離にして数百メートルもない。
その日は記録を残して、Fさんを居室に戻して、業務を続けた。認知症の入居者が夜中に幻視を訴えることはめずらしくない。それが仕事だから、私は動揺しなかった。動揺しないようにしていた、と言うべきかもしれない。
翌朝、いつもの道を歩いて神社の前を通った。
六時十三分。
境内に踏み込んだとき、その日の冷たさは、今まで経験したことのない種類のものだった。温度がないというより、何かに触れているような感覚があった。空気が皮膚に当たる感じではなくて、何か薄いものが体に貼りついてくるような。私は思わず一歩後ずさりして、鳥居の外に出た。
外の空気は、普通の冬の朝だった。
鳥居をくぐって一歩入ると、あの感覚がある。出ると消える。
私はその境界を、何度か繰り返した。出る。入る。出る。入る。確認するように。そのうち気づいた。境内に入ると、自分の息が白くなりにくい。外では白い息が見えるのに、境内の中では、同じように息を吐いても、白くならないか、なり方が薄い。
体から出た温度が、どこかに吸われているみたいだった。
その話を、職場の後輩にだけ話した。後輩は「それ体が疲れてるんですよ、夜勤ずっと続いてるし」と言った。たぶん正しい。でも体の疲れは、呼気の温度を変えない。
年が明けて、一月になった。
私はその神社の前を通るたびに、一度立ち止まるようになっていた。習慣のように。確認するように。境内に入ることはなくなっていた。鳥居の手前で足を止めて、中を眺めるだけ。
拝殿の様子が、少しずつ変わっていた。
というより、拝殿の前に置かれているものが、増えていた。花や果物ではない。それは榊の束で、最初は一束だったのが、気がつけば二束、三束と増えていた。誰かが定期的に供えているのだろうとは思う。でも私が通る六時台に、参拝者を見たことは一度もない。いつ来て、いつ置いていくのか。
そしてある朝、気づいた。
拝殿の前の榊の束は、色が変わっていなかった。
榊は時間が経つと葉の色が落ちる。枯れる。でも何週間経っても、その榊は青々としていた。切り花が枯れない。冷たい空気の中で、何かに保たれるように、生き続けていた。
私は施設で、同じような感覚を味わったことがある。重篤な入居者の体温が、ある時点から変化しなくなるとき。下がりもしないが上がりもしない、ある温度に固定されたような時間が続いて、それが終わるとき何かが決定的に変わる。あの感覚に、少し似ていた。
二月の終わり、仕事帰りにまた神社の前に立ったとき、拝殿の前に人がいた。
初めて見た参拝者だった。背中しか見えなかったが、年配の女性のように見えた。白っぽい服を着ていて、早朝の薄い光の中でじっと拝殿を向いていた。私が鳥居の前に立っていることに気づいていないようだった。
声をかけようと思った。けれど、足が動かなかった。
理由は今もわからない。ただ、その人の背中から、こちらに向かって何かが流れてくる感じがした。温度ではなかった。気配というより、状態のようなもの。上手く言えない。
その女性は、拝殿を向いたまま動かなかった。
私は踵を返して、遠回りして帰った。
翌朝、神社の前を通ると、拝殿の前の榊の束がなくなっていた。代わりに、何もない。石の台だけが、ある。
あの女性が持っていったのか。それとも別の誰かが片付けたのか。
境内の冷たさは、その日から変わった。以前よりも、穏やかな感じがした。温度がない感覚ではなくて、ただ少し冷えた、普通の空気に近い感じ。
私は今でも、毎朝その神社の前を通る。
足を止めることは、まだある。でも境内に入ることは、しない。鳥居をくぐってはいけない気がする。理由は上手く言えない。理屈ではなく、体が覚えている感覚として、そう思っている。
これを書き終えて、気がついた。
今日の夜勤で、Fさんがまた廊下に出ていた。一月ぶりくらいのことだった。同じ窓の外を見ていた。今夜は私に気づいて、こちらを向いてこう言った。
「あなた、あそこに行ったことがあるのね」
私は何も言えなかった。Fさんはそれ以上何も言わなかった。私が居室に連れ戻しても、ずっと穏やかな顔をしていた。
帰り道、今日も神社の前を通った。
六時十三分。
鳥居の前に立ったとき、今まで感じたことのない感覚があった。境内の中から、ではなく、鳥居そのものから。冷たさではなくて、ほんのわずかな、温もりのような。
私は今、これを書いている。誰かに読んでほしいのか、自分のために残したいのか、それもわからないまま。
明日もたぶん、六時十三分に、あの鳥居の前に立つ。
足を止めて、中を見る。
これを書いているのは、まだあの神社のことを誰かに話せていないからだ。

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