あのトンネルで、影が足りなかった

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大晦日の深夜、帰省途中に立ち寄ったトンネルで、仲間の影が一つずつ消えていった。あの夜から今も、自分の影の数が合わない。

これを書いているのは今年の一月の終わりで、あの夜からおよそ一ヶ月が経つ。正直まだ整理がついていない部分もあるんだけど、ずっと一人で抱えているのが限界になってきたので、ここに書き残しておくことにする。信じてもらえなくても構わない。ただ、誰かに読んでほしかった。

去年の大晦日、俺は大学の友人三人と、県境に近い山あいの地域に車で向かっていた。メンバーは俺と、同じゼミの奥田、それから先輩にあたる橋本さん、もう一人が橋本さんの地元の知り合いで俺たちとは初対面の女性、仮に鈴川さんとしておく。目的地は鈴川さんの実家近くにある温泉だった。年越しを温泉で、という橋本さんの発案で、深夜零時に向こうで年を越して、翌朝帰ってくる予定だった。

出発したのは夜の八時過ぎ。山間部に入ると道が細くなり、街灯もまばらになってくる。カーナビが示すルートの途中に、古い県道を通るルートが一本あって、橋本さんが「こっちのほうが早い」と言って脇道に入った。俺は助手席に座っていて、後ろには奥田と鈴川さん。鈴川さんはその道をよく知っているらしく、「あ、この道かあ」と静かに言ったきり黙った。何か言いたそうな顔をしていたけれど、俺は気にしなかった。

その道を五分ほど走ると、古いトンネルが現れた。一車線しかないような幅で、内壁はコンクリートが剥きだし、照明は等間隔に並んでいるけれど、所々が切れていて薄暗い。入り口の上に年号の彫り込みがあったような気がする。昭和の頭の数字が見えた。

「ここ、通ったことある?」と奥田が鈴川さんに聞いた。

「子どもの頃は自転車で通ったりしたけど、あんまり好きじゃなかった」と彼女は短く答えた。

車がトンネルに入った瞬間、音が変わった。エンジン音がこもって、タイヤの音だけが妙に大きくなる。よくあることだとは分かっていたけれど、このときは何か違う感じがした。反響の仕方が、空間の広さに対して少しずれているような、そういう気持ち悪さだった。

橋本さんが「長いな」と言った。確かに出口がなかなか見えない。ヘッドライトが照らす範囲はすぐ先まで白く浮かび上がっているのに、その先が続くだけで終わらない。俺は前をじっと見ていたんだけど、ふと思ったことがあった。

壁に映る影が変だった。

車のヘッドライトが内壁に当たれば、当然車体の影が壁に映る。それ自体はおかしくない。ただ、その影の中に人影が四つあるはずなのに、なぜか三つしかなかった。俺は一瞬、見間違いだと思った。車の形に引きずられて、一人分が影に紛れているんだろうと。でも目を凝らしてもやっぱり三つだった。

誰の影が欠けているのかまでは分からなかった。そもそも車内の四人の影がそれぞれどう外壁に出るかなんて、俺には判断がつかない。だからそのまま口には出さなかった。でも、確かに三つだった。

トンネルを抜けたのは、入ってから三分かそこらだと思う。体感ではもっと長かったけれど。出口を抜けると冷えた夜気が戻ってきて、道が少し広がって、山の稜線がぼんやり見えた。鈴川さんが「抜けた」と小さく息を吐くように言った。

その後は特に何もなく、温泉宿に着いて、零時を温かい風呂の中で迎えた。カウントダウンはスマホで見た。年越しそばを食べて、仮眠して、朝に帰路についた。

問題はその日の昼過ぎ、帰宅してから気がついた。

写真だ。

温泉宿では何枚か写真を撮っていた。玄関の前での集合写真と、風呂上がりに廊下で撮ったやつが二枚。橋本さんが撮ってくれた玄関前の一枚に、俺と奥田と鈴川さんが写っている。橋本さん本人が撮影者なので三人の写真になるのは当然だ。

でも廊下の写真はセルフタイマーで四人全員が写っているはずだった。壁に立てかけたスマホのタイマーで撮った。スマホを持っていなかった橋本さんが「じゃあ俺も入れる」と喜んでいたのを覚えている。

その写真を見たとき、影がおかしかった。四人の人物はちゃんと写っている。照明が明るくて、床に四人分の影が落ちているはずなのに、三つしかなかった。

誰の影が消えているかは、写真の角度と立ち位置を考えると、鈴川さんのはずだった。

俺はすぐには意味が分からなかった。影が写真に映らないことなんてあるのか。角度の問題か、照明の当たり方か。でもほかの三人の影はちゃんと床に伸びている。鈴川さんの足元だけ、何もなかった。

橋本さんにLINEで聞いてみた。「廊下の写真、鈴川さんの影だけ写ってないけど気のせいかな」と。返信は数時間後に来た。「え、ほんとだ。気づかなかった。照明の角度じゃない?」で終わった。

奥田には直接会ったときに話した。写真を見せると、しばらく黙ってから「トンネルのときも三つだったよな」と言った。俺が黙っていると「俺も見てたけど、言えなかった」と続けた。

つまり俺だけじゃなかった。

その後、橋本さんを通じて鈴川さんの連絡先を教えてもらった。直接聞くのも悪いと思ったけれど、どうしても確認したかった。「あのトンネルって、何か言い伝えみたいなものがありますか」とだけ送った。

返信は翌日来た。

「子どもの頃、親に『あそこは影を持っていかれる』と言われていました。通ってはいけないと。だから自転車で通ったとき怒られた。信じていなかったけど、今回の写真を見て、あ、って思いました。私は大丈夫です。気にしないでください」

それだけだった。

気にしないでください、と言われても、気にしないわけにはいかなかった。

「影を持っていかれる」という言い伝えが何を意味するのか、俺には分からない。鈴川さんの影が戻ったのかどうかも分からない。彼女はその後も普通にSNSを更新していて、今のところは何も変わっていないように見える。

でも俺には、今でも消えない引っかかりがある。

あの写真の話ではない。それとは別のことだ。

正月明けに、実家に帰省して、母親と夕食を食べているとき、何気なく台所の床を見た。二人分の影が当然あるはずだった。窓から差し込む夕方の光で、テーブルの脚や椅子の影が伸びていた。

俺の影が、なかった。

一瞬だけだった。目をこすって見直すと、ちゃんとあった。角度を変えたわけでも、動いたわけでもないのに、一瞬消えた。

気のせいだと思った。でも同じことが、その後も何度かある。ふと気がつくと、自分の影だけが消えている。すぐに戻る。でも確かに消える。

あのトンネルの中で、影の数は三つだった。四人いて三つだった。消えていたのは鈴川さんの影だけだったのかもしれない。でも今、時々消えるのは俺の影だ。

もしかしたら、あのとき、何かを持ち帰っていたのかもしれない。影に関わる何かを。

鈴川さんが「気にしないでください」と言ったのは、自分が大丈夫だからではなく、気にしてはいけないものだということを知っていたからじゃないかと、最近は考えている。

今も続いている。頻度は増えているわけではない。ただ、ゼロにはなっていない。

このブログを書いているのは夜で、机のスタンドライトだけがついている。今さっきも、床を見たら影がなかった。スタンドを持ち直して角度を変えたら戻った。そういうことが、今も起きている。

あのトンネルの名前は、鈴川さんに聞いたけれど、「地元では名前で呼ばない」と言われた。それ以上は聞けなかった。

影を持っていかれる、という言葉の意味が、最近ようやく分かってきた気がしている。持っていかれるのは影そのものじゃない。影を持つ何か、だ。でもそれ以上のことは、まだ言葉にならない。言葉にしてしまうのが怖い、というのもあるかもしれない。

正月に撮った家族写真がある。母親が「せっかくだから」と撮ったやつで、スマホを三脚に固定して撮った。現像はしていない。データのままスマホに入っている。

まだ開いていない。

開けば分かることがあるとは思う。でも開けていない。それだけは、まだしばらく、このままにしておこうと思っている。

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