一人暮らしの部屋の本棚で、毎朝確認するたびに本の並び順がほんの少しだけ変わっていることに気づいた男の記録。誰も入れない部屋で、何かが何かを伝えようとしていた。
俺が最初に気づいたのは、去年の秋も深まった頃のことだ。
あの頃の俺は、県境の町にある古いアパートの一室を借りて、一人で暮らしていた。築三十年を超えた二階建ての建物で、廊下の板が軋むとか、冬になると窓の隙間から風が入ってくるとか、そういう昔ながらの不便さはあったけれど、家賃が安くて駅から歩ける距離というのが気に入っていた。隣の住人とも顔を合わせたことがほとんどなくて、静かな環境だった。
俺は本を読むのが好きで、六畳の部屋の壁一面に、スチールラックを二つ並べて本棚代わりにしていた。文庫から単行本、古いハードカバーまで、二百冊近くある。並び方は俺なりのルールがあって、左から右へ、著者名の五十音順に並べていた。新しく本を買うたびに抜き差しして整理するのが、ちょっとした楽しみだった。
最初の異変は、本当に些細なことだった。
十月のある朝、会社に行く前にふと本棚を見たら、一番上の段の右端に置いてあった文庫本が一冊、隣の本と順番が入れ替わっているように見えた。でも朝の忙しい時間だったから、俺の見間違いだろうと思ってそのまま出かけた。
帰ってきてから確認したら、やっぱりおかしかった。二冊の文庫本の並びが逆になっていた。片方が「な行」の著者で、もう片方が「は行」の著者だった。それが入れ替わっている。俺はその二冊を元に戻して、まあ自分で無意識に動かしたんだろうと結論づけた。
次に気づいたのは、それから四日後だ。
今度は下から二段目のあたりで、単行本が三冊まとめて位置が変わっていた。それぞれ別の著者の本で、並び順がバラバラになっていた。俺はじっくりと眺めて、元の順番に並べ直した。
そのとき初めて、少し嫌な気持ちになった。鍵は毎日ちゃんとかけている。窓も、帰宅すると全部閉まっている。誰かが入れるはずがない。でもそれより先に、もしかして俺が記憶を間違えているのかもしれないという考えが強くて、その日はそれで収めた。
翌朝、また変わっていた。
今度は二段目の端から端まで、かなり広い範囲で本の順番がずれていた。ただの入れ替えじゃない。何冊かが数冊分ずつ横にスライドしているような動き方で、しかもなぜか全体的に左から右の方向へ、少しずつ寄っているように見えた。
俺はそこで初めて、ちゃんと記録を取ることにした。スマートフォンで本棚全体の写真を撮って、各段の状態を番号付きのメモアプリに書き残した。これをやれば、翌朝比較できる。俺の記憶違いか、本当に動いているのかが確認できる。
次の朝、写真と見比べた。
動いていた。
全部で七冊の本の位置が前日の写真と違っていた。そのうち五冊は隣り合った本と順番が入れ替わっていて、残り二冊は数冊分だけ右にずれていた。何かがルールに従って動かしているとすれば、それは五十音順の並びを意図的に崩しているように見えた。でもランダムに崩しているわけでもない。なんとなく、崩れ方に意志のようなものを感じた。それが一番気持ち悪かった。
俺は隣の部屋の住人に確認しようかとも思ったが、会ったこともない人に何を聞くんだという話で、結局やめた。管理会社にも一度電話しようかと思ったが、本の並びが変わってますと言っても、どう見ても頭のおかしな住人の話にしかならない。だから俺は自分で調べることにした。
まずドアの鍵穴を懐中電灯で照らして、傷がついていないか見た。傷はなかった。次に窓の鍵が本当にかかっているかを一枚ずつ確認した。全部かかっていた。部屋に人が潜んでいる場所はないかと押し入れを開けたり、ベッドの下を覗いたりもした。何もなかった。
ただ、押し入れを開けたとき、わずかに人の体温のような温度を感じた気がした。気のせいかもしれない。季節は秋だったから、押し入れの中が若干温かく感じたとしてもおかしくない。俺はその感覚を、なるべく気のせいだということにした。
それから一週間、俺は毎晩寝る前に写真を撮り、毎朝起きたらすぐに比較した。
変化は毎日起きていた。日によって動く冊数は違ったが、最低でも三冊、多い日は十冊以上が動いていた。そして変化のパターンを記録していくうちに、俺はあることに気づき始めた。
動いている本のタイトルが、繰り返されている。
最初は偶然だと思った。でも記録を見返すと、同じ本が何度も何度も位置を変えられている。しかも、その本が移動するたびに、棚の右端へ右端へと寄っていくような動き方をしていた。
その本は、俺が学生のころに古本屋で買った薄い文庫本で、著者も出版社も聞いたことのない名前だった。ホラーでも推理小説でもなくて、どちらかというと民俗学的な読み物で、「土地に宿る記憶」というような内容だった。俺はその本を最後まで読んだかどうかも覚えていなかった。
その本が、一番右の端まで移動したとき、俺は初めてその本を手に取って開いた。
特に何かが挟まっていたわけじゃない。ページも普通に白くて、文字も普通に印刷されていた。でも、なんとなく気になってパラパラとめくっていたら、ある章のタイトルに目が止まった。
「境界の家について」という章だった。
内容は、土地の境界線上に建てられた家には、どちらの土地の記憶も引き受けてしまうという民俗学的な考え方を書いたものだった。どちらとも言えない場所に建っているから、そこに住む人間も、その土地に縛られた何かの影響を受けやすいという話だった。
俺のアパートが、まさに県境の町にあることを、そのとき改めて思い出した。
馬鹿みたいだとは思う。本の内容と現象を結びつけるのは、いくらなんでも飛躍しすぎている。でもあの夜、その章を読み終えてから本を閉じたとき、部屋の空気が少し変わったような気がした。温度が下がったわけじゃない。ただ、静かになった。今まで静かだったはずなのに、それより静かになった。
その夜から、本棚の変化は止まった。
ぴたりと止まった。一週間経っても、二週間経っても、本は動かなかった。写真と見比べても、完全に同じだった。
止まったことが、なぜかかえって怖かった。
動いていた間は、ずっと不安で、眠れない夜もあって、それでも何か得体の知れない相手と、俺はコミュニケーションを取っているんだという感覚があった。あっちから何かを伝えようとしていて、俺がようやくそれを受け取った。それで止まったのか、それとも俺が期待しているだけで、もう関係を切られたのか。どちらなのかがわからない。
あの薄い文庫本は今も本棚の右端に置いてある。元の場所に戻さなかった。なんとなく、これがその本の定位置なんだと思ったから。
一つだけ確かなことは、俺はあれから毎日本棚の写真を撮り続けているということだ。もし変化が再開したとき、何冊目の、どの本が動いたかをすぐに確認できるように。
それ以外のことは、何も確かじゃない。
なぜ動いていたのか、誰が動かしていたのか、あの本に何があったのか。わからないままで、今も俺はあの部屋で暮らしている。隣の住人とは今も顔を合わせたことがない。押し入れを開けるたびに、あの温度を思い出す。
ただ、最近また一冊だけ、気になることがある。
棚の左端に置いてあるはずの本が、昨日と今日で、わずかに右にずれている気がする。一冊分だけ。本当に一冊分だけ。
写真と見比べると、確かに動いている。

コメント