祖母が毎朝、誰もいない縁側の隅に向かって頭を下げていた。その理由を知ったとき、私は祖母の家に二度と泊まれなくなった。
祖母の家に初めて泊まったのは、小学三年生の夏だった。
県境に近い山の中の集落で、バス停から歩いて二十分くらいかかる場所にあるその家は、築何十年か分からないくらいの古い平屋だった。廊下を歩くと必ずどこかで板がきしんで、夜になると虫の音が窓の外で重なり合って、怖いというよりはずっと遠い世界に来たような不思議な気持ちになったのを覚えている。
祖母は当時七十代で、一人暮らしだった。朝は五時には起きていて、日が沈む前に夕飯を食べて、八時には床についた。私が遊びに行く間だけ少し生活が乱れるのが申し訳ないとあとから知ったけれど、そのときはただ祖母のリズムが面白くて、一緒に早起きしたりもした。
その習慣を最初に見たのも、そんな早朝のことだった。
まだ外が薄暗いうちに目が覚めて、縁側の方へ歩いていくと、祖母が縁側の隅に向かってお辞儀をしていた。手を揃えて、背筋をまっすぐ伸ばして、ゆっくりと頭を下げる。神棚に向かうのとも違う、もっと静かで、もっと丁寧な仕草だった。
「おばあちゃん、何してるの」と聞くと、祖母は振り向いて少し目を細めた。「ご挨拶よ」とだけ言って、それ以上は説明しなかった。
縁側の隅には何もなかった。壁と床が直角に交わるだけのなんでもない角で、庭に面した引き戸からは朝の光がまだ届いていなかった。仏壇は別の部屋にあるし、神棚も台所の上だ。あの隅だけが、何かを向いているようには、私にはどうしても見えなかった。
でもそのときは子供だったから、大人には大人の理由があるんだろうと思って、それ以上は気にしなかった。
大学に入るまで、私は毎年夏と正月にその家へ行った。そのたびに祖母は朝の挨拶を繰り返した。天気の良い日も、雨の日も、体調が悪そうな日も、欠かさず。場所はいつも同じ縁側の隅だった。私が「また挨拶してる」と思いながら横目で見ていると、祖母はときどきこちらに気づいて、恥ずかしそうに笑うこともあった。聞いても「ご挨拶よ」としか言わないのは、ずっと変わらなかった。
大学に進学してから、なかなか行けない時期が続いた。祖母の家へ足を運ぶようになったのは、祖母が八十代に入って少し体が弱くなってからだ。お盆に帰ると、家の中はほとんど変わっていなかったけれど、祖母が少し小さくなったような気がした。
その夜、縁側で夕涼みをしながら、私はずっと気になっていたことを聞いてみた。
「ねえ、おばあちゃん。毎朝あそこに挨拶してるじゃない。あれって何に向かってるの」
祖母はしばらく沈黙した。縁側から見える庭の木が、風もないのにわずかに揺れた。
「怖くない?」と祖母が逆に聞いてきた。
「え?」
「あなたが怖くないなら、話してもいいけど」
私は怖くないと答えた。そのときはまだ、本当に怖くなかったから。
祖母が話し始めたのはこんな内容だった。
この家に嫁いできた頃、縁側の隅に「いる」ものがあった。姿があるわけではないけれど、そこだけ空気が違う感じがした。最初は気のせいだと思っていたが、ある朝、台所から廊下に出たとき、縁側の隅にうっすらと人の形をしたものが見えた気がした。一瞬のことで、次の瞬間には何もなかった。でも足が震えて、その場から動けなかった。
義母(祖母からすれば夫の母)に相談すると、「ああ、あれね」と特に驚いた様子もなく言われた。この家はもともと別の場所にあって、何度か移築されているのだという。最初に建てられたのはずいぶん昔のことで、詳しいことは分からない。ただ、その移築のときに「一緒についてきてしまったもの」がいるらしくて、代々の嫁がそれを知って、毎朝挨拶することでそのままにしておいてもらっていた、ということだった。
「害があるわけじゃない。ただ、そこにいる。無視すると、なんとなく家の調子が悪くなる気がする。だから挨拶だけしておけばいい」と義母は言ったそうだ。
祖母自身は半信半疑のまま挨拶を続けた。夫が亡くなった後も、子供たちが独立してからも、一人になってからも、ずっと。「不思議なことに、続けていると怖くなくなるの。ただいるだけだから」と祖母は言った。
私はその話を聞きながら、うなずいていた。怖いというより、なぜか納得してしまった。そうか、ただいるだけなのか、と。
問題はその翌朝だった。
祖母が挨拶を終えるのを台所から見ていたとき、私はある違和感に気づいた。
縁側の隅に、影が落ちていた。
朝の光は庭側から差し込んでいて、祖母の影は廊下の奥に向かって伸びている。それはおかしくない。おかしいのは、祖母の影とは別の方向に、もう一本、細い影があったことだ。
人が立っているような形の影が、縁側の隅から廊下に向かって短く伸びていた。
私は目をこすって、もう一度見た。影はあった。
「おばあちゃん」と声をかけると、祖母が振り向いた。そのとき、影は消えた。縁側には祖母の影だけが残った。
「どうしたの」と祖母が聞いた。
「なんでもない」と私は答えた。
それ以上は言えなかった。言えば祖母が心配するだろうし、それ以上に、私自身がどう説明したらいいのか分からなかった。
その日の午後、祖母が昼寝をしている間に、私は縁側の隅をじっくりと見た。何もない。板の目が走っていて、壁との境に少し黒ずんだ線がある。ただの隅だ。手で触れてみると、少しひんやりしている気がした。夏なのに、そこだけ。
気のせいかもしれない。古い家だから、日当たりが悪いだけかもしれない。
そう思いながら手を引こうとしたとき、指の先に何かが触れた感覚がした。
壁でも床でもない。もっと柔らかい、でも温度のない何か。一瞬のことで、次の瞬間には何もなかった。私はとっさに縁側から離れて、居間に戻った。心臓が早く打っていた。
夕方、祖母に「この家を離れることは考えたことある?」と聞いてみた。
祖母はしばらく間を置いてから言った。「一度だけ、考えたことがある」
義母が亡くなった後、子供たちと一緒にもっと便利な場所に引っ越す話が出たことがあったそうだ。荷物をまとめ始めて、不動産屋とも話をした。でもその頃から、家の中でちょっとしたことが続いた。物が消える、夜中に音がする、台所の水が勝手に出ている。そういうことが続いて、最終的に引っ越しの話はなくなった。
「偶然が重なっただけかもしれないけど」と祖母は言った。「でも私はそうは思わなかった。一緒についてきてしまったものが、ここを離れたくなかったんじゃないかって」
私はそれを聞きながら、思い出していた。
幼い頃、夏に祖母の家に泊まった夜のことを。廊下の突き当たりが、なぜかいつも気になっていたこと。そちらを向いて寝ると眠れなくて、壁の方を向いて寝ていたこと。あの突き当たりが、縁側の隅の方向だったこと。
ずっと気になっていたのは、子供なりに感じていたからかもしれない。そう考えると、あの頃の記憶が少しだけ違う色に見えてくる。
祖母は今年の春に亡くなった。
家の処分について親戚の間で話し合いが続いているけれど、なかなかまとまらない。遠縁の人間が「取り壊して売ればいい」と言うたびに、何かが引っかかって話が止まる。書類が揃わなかったり、担当者が体調を崩したり、小さな障害がなぜか続くのだという。
私はまだその家に行けていない。
行けない理由を、うまく言葉にできない。祖母がいなくなって寂しいのは本当だ。でもそれだけじゃない気がしている。
あの縁側の隅に、今も誰かが立っているとしたら。毎朝挨拶してくれていた人がいなくなって、それをどう思っているのかと、考えてしまうから。
祖母は「害があるわけじゃない」と言っていた。でも私は、それが正しいかどうか、確かめる方法を知らない。
挨拶を続ける人がいなくなった今、あの隅は静かなままなのか。それとも、何か変わってしまったのか。
家に行けば分かるかもしれない。でも分かってしまったとき、私はどうすればいいのか、まだ答えが出ていない。


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