親友の突然の死から三ヶ月、彼女のSNSアカウントが誰かによって更新され続けている。投稿される写真の中に、少しずつ「おかしなもの」が写り込むようになった。
沙耶が死んだのは、去年の秋のことだった。
突然のことだった、というのは本当で、前日まで私たちはメッセージのやり取りをしていた。「来週のランチどこにしようか」とか、「最近また例の韓国ドラマ観てる」とか、そういうたわいもない話を。だから翌朝、沙耶の母親から電話がきたとき、最初は何の話をされているのかまったく理解できなかった。
急性の心不全だった、と後から聞いた。二十八歳で、持病もなくて、前日まで普通に生きていた人間が、朝起きたら死んでいた。そういうことが、本当にある。
お葬式が終わって、四十九日が過ぎて、私はようやく沙耶のSNSのアカウントを見に行くことができた。写真を撮るのが好きな子で、よく景色とか、カフェとか、日常の小さなものを投稿していた。最後の投稿は、亡くなる三日前のものだった。窓から見えた夕焼けの写真で、特にコメントもなく、ただ空だけが写っていた。
私はそのアカウントを保存した。消えてしまう前に、とっておきたかったから。
異変に気づいたのは、それから三週間ほど経った頃のことだった。
何気なく沙耶のアカウントを開いたら、フォロワー数が変わっていた。以前は確か八百人台だったはずなのに、そのとき見たら九百を超えていた。死後にフォロワーが増えることは、まあある。訃報がどこかで広まって、興味本位で見にくる人が増えることは。だから最初はそれだろうと思って、あまり気にしなかった。
でも次に気づいたのは、「最終ログイン」の表示だった。そのSNSには、直近でいつそのアカウントにログインがあったかを表示する機能があって、沙耶のアカウントのそれが「3日前」になっていた。
沙耶は、もう死んでいる。
私は最初、見間違えだと思った。あるいは、自動的なシステムの表示がバグを起こしているのかもしれないと。SNSなんて、どうせ細かいところはよくわからない仕組みで動いているんだから。自分を落ち着かせるために、そう考えた。
それから数日後、沙耶のアカウントに新しい投稿があった。
写真一枚。どこかの公園のような場所で、落ち葉が積もった遊歩道が写っていた。秋の写真で、沙耶が生きていた頃に撮り溜めていたものを、誰かが代わりに投稿しているのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。家族の誰かが、形見として残ったデータを少しずつ上げているのかもしれない。
私は沙耶の母親に連絡しようかと考えた。でも、できなかった。亡くなってから私は母親に一度お線香を上げに伺っただけで、その後は気を遣って連絡を控えていた。「お子さんのSNS、誰かが使っていますか」なんて、どういう顔で聞けばいいのかわからなかった。
その投稿には、いくつかの「いいね」がついていた。フォロワーの中には、沙耶が死んだことを知らない人もいるのかもしれない。私はじっとその写真を見つめた。落ち葉の遊歩道。どこかで見たような場所だけど、思い出せない。沙耶と一緒に行ったことのある場所だろうか。
コメント欄には、誰かが「久しぶりの更新!素敵な写真」と書き込んでいた。
気持ち悪い、と思った。でもそれを指摘することも、私にはできなかった。
それからしばらくの間、投稿は二週間に一度くらいのペースで続いた。紅葉した木々。夜の街灯。曇り空に浮かんだ電線。どれも沙耶らしい写真だった。彼女が撮り溜めていたものを誰かが上げているのだと、私はそう解釈しようとしていた。
でも、十二月に入った頃の投稿で、私はその解釈を手放さざるをえなくなった。
その日の写真は、ファミリーレストランの窓際の席から撮られたものだった。外の夜景が写っていて、テーブルの端にドリンクバーのグラスが少しだけ映り込んでいた。どこかのファミレス。ありふれた構図。
問題は、そのグラスだった。
霜がついたグラスに注がれているのは、オレンジジュースだった。沙耶はオレンジジュースが飲めなかった。子どもの頃からアレルギーがあって、柑橘系は一切だめだと、本人から何度も聞いていた。撮り溜めた写真なら、こんなものが写り込むはずがない。
それに気づいてから、私は過去の投稿を一枚ずつ見返した。落ち葉の遊歩道の写真。よく見ると、遠景に人影が写っていた。逆光で顔はわからないけれど、こちらを向いている。立ったまま、こちらを向いている。
夜の街灯の写真。電柱の影に、何かが写っていた。最初は汚れかと思ったけれど、よく見ると人の形をしていた。
曇り空の電線の写真。電線の端、画面の隅に、マンションの窓が少しだけ写り込んでいた。その窓の中に、白いものがあった。
私はスマートフォンを置いた。手が震えていた。
翌日、思い切って大学時代の共通の友人、里奈に連絡した。里奈も沙耶のアカウントをフォローしていたから、気づいているかもしれないと思って。
「知ってる」と里奈はすぐに返信してきた。「気になってたんだけど、言えなくて。私もずっと見てた」
里奈が言うには、彼女も一度、沙耶のアカウントに「最終ログイン:昨日」という表示を見たことがあるという。そして先月、別の共通の友人の泉から、妙な話を聞いたそうだった。
泉は沙耶とダイレクトメッセージのやり取りをしていたのだが、沙耶が亡くなってからも、アプリを開くと沙耶のトーク画面が「既読」になっていることが何度かあったと言うのだ。泉が沙耶に送った最後のメッセージは、訃報を知る前日に送ったものだった。「最近どう?」という短いメッセージ。そのメッセージが、先月になって初めて「既読」になったと、泉は里奈に話していたらしい。
「泉、怖くなってアプリ消したって言ってた」と里奈は書いてきた。「私も正直しんどい」
その夜、私はもう一度沙耶のアカウントを開いた。新しい投稿はなかった。でも、ダイレクトメッセージの画面を開いたら、沙耶との会話履歴が一番上に表示されていた。
私が沙耶に送った最後のメッセージは、亡くなる前日に送った「来週のランチどこにしようか」だった。沙耶からの返信は「どこでもいい笑 任せる」で終わっていた。
そのメッセージの下に、新しいものがあった。
日付は今日。時刻は、今から二時間前。
沙耶のアイコンから送られた短いメッセージが、一行だけ表示されていた。
「ねえ、あの写真、気になってる?」
私はしばらく、画面を見つめていた。部屋の中が、急に静かになったような気がした。エアコンの音も、外の車の音も、全部遠ざかって、私と画面だけが残されたような感覚。
返信は、しなかった。できなかった。
翌朝、里奈にそのことを話すと、「それは絶対に返信しちゃだめ」と言われた。なぜかは聞かなかったし、里奈も説明しなかった。ただ、互いにそうだとわかっていた。
その後、沙耶のアカウントは少しずつ静かになっていった。投稿のペースが落ちて、一月、二月と何もない週が続いた。私もだんだんアカウントを開く頻度が減って、気づけば春になっていた。
先週、久しぶりに沙耶のアカウントを確認したら、アカウント自体が存在していなかった。削除されたのか、それとも凍結されたのか、理由はわからない。ただ、ページは完全に消えていた。
家族が削除したのかもしれない。プラットフォームが故人のアカウントを処理したのかもしれない。あるいは、別の何かが起きたのかもしれない。
私には、確かめる方法がない。
一つだけ、今でも気になっていることがある。
「あの写真、気になってる?」というメッセージを受け取った夜、私はそのスクリーンショットを撮っておいた。翌朝確認したら、メッセージそのものは消えていたけれど、スクリーンショットは残っていた。
そこに写っているのは、確かにあのメッセージだ。沙耶のアイコン、沙耶の名前、そして一行のテキスト。
でも、一点だけ。
最初に見たときには気づかなかったことがある。
沙耶のアイコン画像が、いつの間にか変わっていた。
私が知っている沙耶のアイコンは、二人で旅行に行ったときに撮った、海を背景にした写真だった。でも、スクリーンショットの中のアイコンは、違う写真になっていた。
どこかの部屋の中で、こちらを向いて立っている、人の写真。
逆光で、顔は見えない。


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