中学の同窓会で撮った集合写真に、誰も卒業した記憶のない「三十三人目」が写っていた。調べるほどに、その存在の痕跡は確かに残っていて、それなのに誰一人、本当のことを語ろうとしなかった。
去年の秋に、中学の同窓会があった。
卒業してからざっと二十年になる。幹事を引き受けたのが地元に残っている幼なじみの田中で、彼が連絡先をかき集めて声をかけてくれたおかげで、三十人近くが集まった。会場は県境の町の、駅前にある古い居酒屋だった。私は今は隣県に住んでいるから、新幹線と在来線を乗り継いで二時間近くかけて戻った。
久しぶりに顔を合わせる連中のほとんどは、太ったり薄くなったりしながらも、笑えばすぐにわかった。女性陣はみんな化粧が上手になって、それぞれの顔つきに大人の落ち着きが乗っていた。最初は「誰だっけ」と名前を見合うような場面もあったけど、酒が入れば気持ちはすぐに昔に戻った。そういうものだ。
宴会の終わりに、幹事の田中が「せっかくだから集合写真を撮ろう」と言い出した。居酒屋の奥にある広間の壁を背景に、みんなが二列になって並んで、田中がタイマーをセットしたスマートフォンを椅子の上に置いて撮った。ワイワイ騒ぎながら撮った写真だったから、何枚か撮ったうちのどれかを後でLINEのグループに上げておくよ、という話になって、その日は解散した。
問題が起きたのは、二日後のことだった。
田中からLINEが来て、グループに写真がアップされた。私はいつも通り、自分がちゃんと写っているかだけを確認しようとして、画面を拡大した。
ちょっと待て、と思った。
前列の右端に、見知らない顔があった。
男だ。背が高くて、やや猫背で、半袖の白いシャツを着ている。周囲の誰かと笑い合っているわけでも、カメラを見ているわけでもなく、ただ少し下を向いていた。横顔に近い角度で、はっきりした輪郭は見えないけれど、見覚えがまったくなかった。
私はグループのトークを上にスクロールして、今日集まった面々の名前を確かめた。幹事の田中が最初に投稿した出席リストには、三十二名と書いてある。なのに写真を数えると、どう数えても三十三人いる。
気のせいかもしれないと思って、翌朝また数え直した。やっぱり三十三人だった。
念のため、田中に個別でメッセージを送った。「写真、ちょっと確認してほしいんだけど、前列右端に知らない人が写ってない?」と。返信はすぐに来た。「え、どういうこと?」という返事で、少ししてから「あ、ほんとだ、誰だろこれ」と来た。田中も気づいていなかったらしい。
その後しばらく、グループが少しざわついた。「居酒屋のスタッフじゃないの?」「でも制服じゃないよね」「誰かが連れてきた人?」という感じのやりとりが続いて、やがて有力な仮説が出てきた。「二次会で合流した人が紛れ込んだんじゃないか」という話だ。確かに写真を撮った後、居酒屋の近くのバーに何人かで流れた記憶がある。そこで誰かが別の知人を連れてきて、ついでに写真にも入ったのかもしれない。みんなはそれで納得したような雰囲気になった。
私はそれでいいかな、と思いかけた。思いかけたんだけど、なんとなく引っかかるものがあって、しばらく写真を見続けていた。
その男の半袖シャツが、気になった。
宴会があったのは十月の半ばだった。県境の町はこの時期になるとぐっと冷え込む。あの日の夜は特に寒くて、私はジャケットを着て、それでも少し肌寒いと思いながら外を歩いた記憶がある。なのにその男だけが、半袖だった。
それに、写真の中の他の人たちとの「距離感」が妙だった。横に並んでいるはずなのに、なんというか、その男だけが少しだけ「別の層」にいるように見えた。うまく説明できないが、集合写真によくある、全員に同じようにかかっているフラッシュの光が、その男だけに乗っていないような感じがした。
気になり始めると止まらなくなるのが、私の悪い癖だ。
押し入れをかき回して、中学時代の卒業アルバムを引っ張り出した。二十年ぶりに開くと、紙が少し黄ばんでいて、独特の古い印刷のにおいがした。クラスの集合写真のページを開いて、一人ひとりの顔を見ていった。
いた。
クラスのページの後列、右から三番目に、その男がいた。
下を向いているのではなく、ちゃんとカメラを見ていた。でも間違いなく、同じ顔だった。猫背の体格、白い開襟シャツ、少しだけ周囲から浮いたような雰囲気。名前が下に印字されていた。「佐々倉ひろし」とあった。
私はその名前を、まったく覚えていなかった。
思い出せないのではなく、覚えていないのだ。二十年ぶりに会って名前を忘れていた、というのとは違う感触だった。初めて見る名前、初めて見る顔のような感覚だった。それなのに確かにアルバムに写っている。
田中に電話した。「佐々倉ひろし、って覚えてる?」と聞いた。少し間があってから、「……誰だそれ」と返ってきた。田中は地元に残っていて、同級生とも定期的に顔を合わせているはずだ。それでも覚えていなかった。「アルバム見てみて、後列の右から三番目にいるから」と言うと、田中はしばらく無言になって、「……いるな」と言った。「でも、なんか、ピンとこないな。こういうやつが同じクラスにいたっけ」
私はアルバムの巻末にある卒業生名簿を確認した。五十音順に並んだ名前の中に「佐々倉ひろし」はあった。クラスも、出席番号も、ちゃんと記載されている。住所欄には「県境の町」内の住所が書かれていた。
その次の日、私は学校に問い合わせることを考えた。でも中学校に「卒業生の個人情報を教えてくれ」とは言えないから、代わりに田中に頼んで、当時の担任だった先生に連絡を取ってもらうことにした。田中は少し嫌がったけど、私が「気になって夜も眠れない」と半分冗談、半分本気で言ったら、渋々動いてくれた。
二日後、田中から連絡が来た。「先生に聞いてみたよ」と。「佐々倉ひろしのことを覚えているかって聞いたら、しばらく沈黙されて、なんか変な感じだった」という。先生は「……いたかもしれない。でも、よく覚えていないんだよね」と言ったそうだ。担任が受け持った生徒の名前を覚えていない、というのは、ずいぶん不自然だ。でも先生はそれ以上は何も言わなかったらしい。
私はもう一度、アルバムの写真に戻った。佐々倉ひろしの顔を改めてじっと見た。
気づいたことがあった。
アルバムの写真は三十数名が写っているはずのクラス写真で、一人ひとりに名前が印字されている。でも佐々倉ひろしの前後の人間と見比べると、彼だけが、周囲の人間と目線が微妙に合っていない。他の生徒はカメラのある方向に向いているのに、佐々倉ひろしだけが、カメラよりもわずかに右にある何かを見ているように見えた。
それから、もう一つ。
卒業アルバムには、クラス写真の他にも、行事の写真や部活の写真が収められている。私はページを繰りながら、佐々倉ひろしが他の写真に写っていないかを探した。
体育祭のページ、文化祭のページ、遠足のページ、修学旅行のページ。
どこにも、いなかった。
クラスの集合写真にだけ写っていて、他のどのページにも姿がない。クラスに三年間在籍していれば、何枚かは他の写真に写り込んでいてもおかしくない。なのに、一枚もなかった。
私はそこで少し考えた。考えて、アルバムを閉じた。
これ以上掘り下げると、おかしなことになりそうな気がしたからだ。根拠のある予感ではないが、なんとなく、やめておいた方がいいと思った。
ただ一つ、最後に気になることがあって、それだけ確認した。同窓会の当日、居酒屋での写真だ。前列の右端に写っていた男。佐々倉ひろしと同じ顔。
あの日、私は会場で名刺代わりに首からぶら下げた名札を全員に配っていた。田中が事前に出席者全員の名前を印刷して用意したものだ。
写真の中で、佐々倉ひろしの首元を見た。
名札が、ない。
周囲の人間は全員、ちゃんと名札を下げている。でも彼だけが、何もつけていなかった。
それが招かれた人間か、招かれていない何かかは、私にはわからない。ただ、アルバムに名前があって、写真に顔が残っていて、それでも誰も本当には覚えていない人間が、二十年後の同窓会にもう一度現れたとしたら、それはどういうことなのだろうと、私は今も時々考える。
田中には、もうこの件は追わなくていいと伝えた。田中も同じ気持ちだったらしく、「そうだな」とだけ返ってきた。
グループに上がっていた集合写真は、しばらく経ってから田中が「画質が悪いから差し替える」と言って削除した。新しい写真は、なぜかうまく撮れなかったということで、結局アップされなかった。
私のスマートフォンには、まだ元の写真が残っている。
前列の右端に、名札のない、半袖の男が写っている写真が。


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