これはフィクションです。久しぶりに実家へ帰省した語り手が、庭に見覚えのない木が生えていることに気づく。家族の誰も植えた覚えがなく、調べるほどに奇妙な事実が重なっていく、土地にまつわる怪談です。
これは、去年の秋に実家へ帰ったときの話だ。
俺は今、県境に近い小さな地方都市でひとり暮らしをしている。実家は車で三時間ほど離れた、さらに山寄りの集落にある。田んぼと畑と古い住宅が混在しているような地域で、子どもの頃は退屈で仕方なかったけれど、今となってはたまに帰るぶんには悪くない場所だと思っている。
帰省の理由は特別なものではなく、ちょうど連休があって、しばらく顔を出していなかったからというだけだ。両親ともまだ元気で、弟は独立して近くに住んでいる。ごく普通の家族で、ごく普通の実家だった。
問題の木に気づいたのは、着いた翌朝のことだ。
庭に出て縁側に座り、母が淹れてくれたお茶を飲んでいた。実家の庭はそれほど広くない。昔から父が丹精込めて手入れしていて、梅の木が一本と、低い生け垣と、花壇がいくつかある。子どもの頃から変わらない景色だと思っていたのだが、そのとき、視線の先にひっかかりを覚えた。
生け垣の右端、隣家との境目あたりに、見慣れない木が一本立っていた。
高さは俺の胸くらい。幹は細いが、しっかりと根づいているように見えた。葉の形は細長くて、ちょうど柳のようにしだれている。でも柳にしては葉の色が濃すぎた。黒に近い、深い緑色だった。
「あの木、いつ植えたの」
縁側に出てきた母に聞くと、母は首をかしげた。
「え、あれ、お父さんが植えたんじゃないの」
父を呼んで聞いてみると、父も同じ顔をした。
「俺は植えとらんぞ。ずっとあったんじゃないか」
「ずっとって、子どもの頃あそこに木なんかなかったよ」
「そうか? まあそのうち抜くか」
父はそれだけ言うと、特に気にした様子もなく縁側に上がってしまった。実家の人間というのは大体そういうもので、長年住んでいると小さな変化に鈍くなるのだろうと、そのときは思っていた。
夕方、弟が子どもを連れて遊びにきた。酒を飲みながら久しぶりに話し込んでいると、弟がふと庭のほうを見て「あの木、何?」と言った。
俺は思わず「やっぱりお前も知らないか」と聞き返した。
弟は「知るわけないじゃん、なんか不気味な色してるよな」と笑ってそれきりにしたが、俺はその言葉が少し引っかかった。不気味、という言葉が。
翌日、俺は庭に下りてその木に近づいてみた。
根本を見ると、土の盛り上がり方が周囲と明らかに違った。ここだけ、ごく最近土を動かしたような、柔らかくなった痕跡がある。しかし父は植えていないと言う。母も知らないと言う。弟は実家を出て五年になる。
幹に触れてみると、思ったより温かかった。いや、これは気温のせいかもしれない。だが、妙に感触が生々しかった。木の皮というより、なめし革のような。
葉をひとつ指でつまんでみると、独特のにおいがした。土のにおいとも、草のにおいとも違う。鉄さびに似た、かすかな金属臭だった。
気になって、実家の近所に住んでいる幼馴染みに連絡を取った。彼は造園の仕事をしていて、植物に詳しい。写真を送ると、しばらくして「俺には何の木かわからない」と返ってきた。「この葉の形と色、見たことない。専門家に聞いてみたら?」という言葉が添えられていた。
造園の仕事をしている人間が首をかしげる木。
俺は一晩、その木について考えながら眠れなかった。
三日目の朝、起き抜けに庭を見ると、木がわずかに大きくなっているような気がした。最初に見たとき、確かに俺の胸のあたりまでの高さだったはずが、肩に届くくらいになっているように見えた。
しかし三日でそんなに育つはずがない。見間違いだと思いたかった。
父に「あの木、昨日より大きくない?」と聞くと、父は「そんなことあるか」と笑い飛ばした。母は「気にしすぎ」と言った。
ただ、そのとき母がひとつ、気になることを言った。
「そういえばね、この春ごろから、庭の土の匂いが変わった気がするんよ。お父さんに言っても気のせいって言われるけど」
春から。木に気づいたのは秋の帰省だったが、母は春から何かを感じていたのか。
「どんな匂い?」と聞くと、母は言葉を探すように少し間を置いてから、「なんていうか、甘い匂い。でも嫌な甘さ。腐った果物みたいな」と言った。
俺はそのとき、はっきり嫌な感じを覚えた。
帰宅前日の夜、俺は眠れなくて夜中の二時ごろに台所へ水を飲みに行った。台所の窓からは、ちょうどあの木が見える位置に立つことになる。
なんとなく視線が向いて、俺は足が止まった。
木の根本のあたりに、何かがあった。
月明かりでよく見えなかったが、土の上に白いものが並んでいるように見えた。石か、何か置いてあるのか。昼間には気づかなかった。
翌朝、日が明るくなってから確認しに行くと、それは石ではなかった。
小さな骨のような、白い破片がいくつか、根本を囲むように点々と並んでいた。動物の骨かもしれないし、石灰が固まったものかもしれない。あるいは、陶器か何かが砕けたものかもしれない。俺には判断できなかった。
父に見せると、父は「こんなもの置いた覚えはない」と眉をひそめた。そのとき初めて、父の顔から「気のせいだ」という余裕が消えた気がした。
俺はそれを写真に撮って、帰宅した。
帰ってから、実家の土地の歴史を少し調べてみた。といっても大したことはできず、地元の図書館で昔の地図を閲覧できるサービスがあると聞いて、郵送で資料を取り寄せたくらいだ。
届いた古い地図を見ると、実家の敷地はおよそ六十年前まで、別の建物が建っていた場所だとわかった。建物の種類まではわからない。ただ、その建物の真横あたり、今の庭に相当する位置に、小さな印がついていた。
地図の凡例を確認しても、その印に対応する記号の説明が見当たらなかった。
なんの印なのかわからないまま、資料を返送した。
あれから半年ほどが経つ。
先月、別件で実家に電話をすると、母が「庭の木、大きくなったよ」とさらっと言った。
「どのくらい?」
「あなたが来たときより、もうひと回りくらい。お父さんが切ろうとしたんだけど、切れなくてね」
「切れない? 刃が立たないってこと?」
「そうじゃなくてね」と母は少し声を低くした。「お父さんが切ろうとしたら、急に気分が悪くなったんって。頭が痛くなって、吐き気がして。やめたら治ったって。それからそのままにしてあるの」
俺は何も言えなかった。
「まあ別に誰かに迷惑かけてるわけでもないしね」と母は笑って話題を変えた。
その「別に誰かに迷惑かけてるわけでもない」という言葉が、なんとなく引っかかっている。
あの木が何なのかは、今もわからない。誰が植えたのかも。根本の骨のようなものが何だったのかも。地図の印が何を意味していたのかも。父が気分が悪くなった理由も、全部わからないままだ。
ただ、今月また実家に帰る予定があって、俺は少しだけ庭を見るのが怖い。
木がどれだけ育っているのか。根本に、また何かが並んでいないか。
あと、これは思い過ごしかもしれないけれど、幼馴染みの造園屋に「あの木、何かわかった?」と先日もう一度メッセージを送ったら、既読がついたまま返信がこない。
たぶん、忙しいだけだと思う。

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