職場の同僚たちが、同じ夢を見ていた

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ある夜から、職場の同僚たちが口をそろえて「同じ夢を見た」と言いはじめた。最初は偶然だと思っていたが、夢の内容が少しずつ、現実に侵食してくるまでは。

あれが本当に夢の話だったのか、俺にはもう自信がない。

勤め先は、県境に近い小さな町にある製造会社だった。従業員は全部で三十人ほど。俺はそこで五年、資材管理の担当をしていた。大きな会社ではないから全員の顔と名前は一致するし、昼休みに食堂で顔を合わせれば軽く言葉を交わす程度の関係が、各自の間にあった。特別仲がいいわけでもなく、かといって険悪でもない、よくある中小企業の雰囲気だ。

最初に気になったのは、去年の秋口のことだった。

食堂で昼飯を食べていると、向かいに座った同期の田中が、なんとなくぼんやりした顔で言った。

「なんか昨日、変な夢見てさ」

俺は適当に「どんな?」と返した。

「知らない工場の中にいるんだよ。でかいやつ。照明がオレンジ色で、機械が並んでて、でも誰もいない。ただ歩き回ってる夢」

「よくある夢じゃないか」と俺は言って、それきり話題は変わった。

その三日後、別の同僚の橋本が、まったく同じようなことを言った。橋本は俺より少し年上の女性で、品質管理の担当だ。昼休みではなく、給湯室で偶然会ったときに、ぽつりと「最近おかしい夢を見る」と言い出したのだ。

「どんな?」と聞くと、彼女はしばらく考えてから答えた。

「広い工場みたいなところ。知らない場所なんだけど、なぜか知ってる気がして。オレンジ色の灯りがついてて、機械がずらっと並んでる。誰もいないのに、音だけはしてる」

俺は「田中も似たような夢を見たって言ってたよ」と言った。

橋本は少し黙って、「そうなの」とだけ言った。あまり気にしていないような口ぶりだったが、目が若干、据わっていた気がした。

俺はその時点では、まだ笑い話の範囲だと思っていた。職場の人間が似たような夢を見るなんて、たまたまだろうと。仕事のストレスが似通った形で夢に出てくることなんて、よくある話だ。

ところが十月の下旬になると、同じような報告が一気に増えた。

朝礼の前、休憩室で同僚数人が集まって話していた。聞き耳を立てていると、全員が「工場の夢を見た」と言っている。オレンジ色の照明、並んだ機械、誰もいない広い空間。細部は多少違うものの、核心となる情景は驚くほど一致していた。

そのとき初めて、俺の背中に冷たいものが走った。

なんで俺は見ていないんだろう、とも思った。

その夜、俺は布団に入ってから少し時間をかけて、「夢を見よう」などと意識してみた。もちろんそんなことで夢をコントロールできるわけもなく、ただ朝まで熟睡して目が覚めた。夢の記憶はなかった。

翌日、田中に確認すると「また見た」と言う。今回は夢の中で「声がした」らしかった。内容はうまく思い出せないが、誰かが奥の方から呼んでいたような気がする、と。

俺は社内の人間が何人くらい同じ夢を見ているのかが気になって、さりげなく聞いて回った。一週間かけてざっと確認した範囲では、三十人中、二十二人が「あの工場の夢を見たことがある」と言った。残り八人のうち数人は「あまり夢は見ない」と言い、二人は「覚えていない」と言った。俺を含めて、明確に「見ていない」と言ったのは三人だけだった。

七割以上が同じ夢を見ている。

その数字が、俺を本格的に不安にさせた。

橋本がある日、少し神妙な顔で俺に言った。「ねえ、夢の中の工場に、文字が書いてある扉があるの、わかる?」

俺はもちろん見ていないから首を振った。

「あそこに何て書いてあるかが、どうしても読めないんだよね。近づこうとすると、目が覚める」

田中にも確認した。田中も「扉がある」と言った。「近づくと起きちゃう」とも言った。橋本と完全に一致していた。

十一月に入って、夢の報告に少し変化が出てきた。

以前は「誰もいない工場」だったのに、「誰かがいた気がする」と言い出す人が増えてきたのだ。姿ははっきりしない。作業着のような恰好で、背中を向けて立っている。呼びかけると振り返りそうになる、でも振り返る前に目が覚める、という話が複数の人間から出てきた。

そして十一月の中旬に、初めて夢の内容が「変わった」という報告が入った。

田中だった。

「昨日の夢、ちょっと違ったんだよ」と彼は言った。顔色が良くなかった。

「どう違った?」

「あの人が、振り返ったんだ」

田中はそれだけ言って、しばらく黙った。俺は「どんな顔だった?」と聞いた。

「わからない。顔がなかった」

俺は何も言えなかった。田中は「夢だからそういうこともあるよな」と笑って誤魔化そうとしていたが、笑えていなかった。

その週末、俺は夢を見た。

初めてだった。

オレンジ色の照明、金属製の床、整然と並んだ機械。空気の温度まで感じた。確かに「知らない場所」なのに、妙に懐かしかった。廊下のように細長い通路を歩いていると、突き当たりに扉があった。古い、重そうな金属の扉で、何かが書いてあったが、やはり読めなかった。近づこうとすると、足が重くなった。

そこで目が覚めた。

月曜日に出社すると、橋本が「週末に夢を見た?」と聞いてきた。あなたも見たんだな、とすぐわかった。彼女の顔がそう言っていた。

「見た」と俺は答えた。

橋本は少し安堵したように、でも同時に不安そうに言った。「私、扉に近づけた。初めて近づけたの」

「扉の向こうはどうだった?」

「開けたら目が覚めた」と彼女は言った。「でも、開く直前に、中から音がした」

「どんな音?」

橋本は一瞬、目を逸らした。

「机を叩く音。こん、こん、って。規則正しく」

その話を田中にしたら、田中はみるみる顔色が変わった。

「それ、俺も聞いたことある。夢じゃなくて」

「夢じゃなく?」

「うちの会社の、この建物の中で。夜残業してたとき。どこかから、こん、こん、って音がしたんだよ。たぶん配管だろうと思ったんだけど」

田中の席は、俺の席から少し離れた窓際だ。そして俺の席は、社内でちょうど中央あたりにある。

何気なく思い出したのだが、俺の席の近く、床に近い壁の下のほうに、古い点検口のような小さな扉がある。普段は棚で隠れていて、気にしたことがなかった。

俺はその棚をずらしてみた。点検口は錆びた金具で留められていて、長年開けていないようだった。表面に、何か印字されたシールが貼ってあったが、経年劣化でほとんど読めない。かろうじて数字と、アルファベット数文字が残っているだけで、意味は取れなかった。

棚を戻して、椅子に座った。

その午後、俺は業務の合間に、この建物の前に何があったかをなんとなく調べてみた。古い航空写真や地図を閲覧できるサイトで確認すると、現在の社屋が建つ前、三十年ほど前まで、この土地には別の建物があったことがわかった。詳しい用途は書かれていなかったが、建物の形状から見て、何らかの工場だったらしかった。

写真は粒が粗くてよく見えなかったが、屋根の形や外壁の窓の並びが、俺たちが夢の中で見ている「あの工場」と、なんとなく似ているような気がした。気のせいかもしれない。

その日の夕方、橋本が帰り際に俺の席に来て、声を潜めて言った。「ねえ、最近夢が変わった人、増えてない?」

「変わったって?」

「夢の中に、自分が映ってるんだって」

俺は意味がわからなくて、「自分が?」と聞き返した。

「作業着の人が振り返ったとき。顔がなかったって話、あったでしょ。でも最近は、ちゃんと顔が見えるって人が出てきてる。そしてその顔が、夢を見てる本人の顔らしいの」

俺は何も言えなかった。

橋本はもう一つだけ付け加えた。「私はまだ、扉の向こうを見ていない。でも田中さんは、先週、見たって」

「何があった?」

「田中さん、教えてくれなかった。ただ『もう夢は見たくない』って言ってた」

翌日から、田中は有給を取って休んだ。

三日休んで戻ってきた田中は、見た目には変わりなかった。ただ、昼休みに夢の話を振ると、「もうあれは忘れることにした」とだけ言って、それ以上は何も話さなかった。

俺はその後も数回、あの夢を見た。扉に近づくことは、まだできていない。夢の中でいつも、足が重くなって、そこで目が覚める。

今もたまに、自席の近くの壁から、規則的な音がするような気がする。気のせいだと思いたい。配管の音か、外の車の振動か、そういうものだと思いたい。

でも最近、一つだけ気になっていることがある。

夢を見ている人の数が、少しずつ減っているのだ。

田中のように「もう見ない」と言いはじめる人が増えているのかと思っていたが、橋本によると、そうじゃないらしい。夢を見ていた人の何人かが、「あの工場には行ったことがある気がする」と言いはじめているというのだ。夢の話ではなく、現実の記憶として。

そんなはずはない、と思う。あの工場はもうない。三十年前に取り壊されている。

でもその人たちは、確かに「行ったことがある」と言う。どこで、いつ、と聞いても、うまく答えられないらしい。ただ「行った気がする」と繰り返すだけで。

俺はまだ、夢の中で扉を開けていない。開けたくない、という気持ちが正直なところだ。

でも最近、少し怖いのは別のことで。

あの扉の向こうから聞こえる音が、夢の中だけでなく、目が覚めているときにも聞こえるようになってきた気がすることだ。

こん、こん、と。

規則正しく。

俺の席のすぐそばの壁から。

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