亡くなった祖母の家を片付けていた私は、契約を切ったはずの固定電話が夜になると鳴ることに気づいた。受話器の向こうには何もない——でも、本当に何もないのだろうか。
祖母が死んだのは、去年の秋の終わりごろだった。
享年八十四。大病をしたわけでも、急に倒れたわけでもなく、ただ静かに眠るように逝った、とお医者さんから聞かされた。本人も覚悟していたのだろう、枕元にはきちんと畳まれたタオルと、読みかけの薄い文庫本が置いてあったと、先に駆けつけた叔母から連絡が来た。
祖母は県境の山沿いにある小さな集落で、長いこと一人暮らしをしていた。最寄りのバス停まで歩いて二十分。冬になると雪が積もって陸の孤島みたいになる、そういう場所だ。私が子どものころは夏休みのたびに遊びに行っていたけれど、就職してからはほとんど顔を出せていなかった。
葬儀が終わって、四十九日が過ぎてから、家族で遺品の整理に行くことになった。母と叔母と、それから私の三人で。父は腰を悪くしていたから留守番だった。
祖母の家は木造の平屋で、築五十年は超えているはずだった。玄関を開けると、人が長いこと住んでいない家独特の、乾いた冷たい空気がすっと流れてきた。でも不思議と暗い感じはしなくて、縁側から午後の光が差し込んでいて、ほこりが光の中でゆっくり漂っているのが見えた。
最初の二日間は、ほぼ問題なく作業が進んだ。衣類や食器を仕分けして、近所の方が引き取ってくださるものは玄関先にまとめて、燃えないゴミの袋を何枚も使った。祖母はものをあまり溜め込むタイプではなかったから、思っていたよりずっと片付けやすかった。
問題に気づいたのは、二日目の夜だった。
私たちは祖母の家に泊まり込みで作業していた。寝る部屋は祖母がいつも使っていた六畳の和室で、布団を干してから使った。その夜、母と叔母はわりと早く眠ってしまって、私だけ少し眠れなかった。知らない天井を見上げながらぼんやりしていたとき、廊下の奥のほうで、電話が鳴った。
最初の一音で体が固まった。でも、すぐに自分に言い聞かせた。電話が鳴るのは当たり前じゃないか、と。祖母が死んだことを知らない誰かから、かかってきているんだろうと。
受話器を取りに行ったのは私だった。廊下の電灯をつけて、台所の脇にある電話台のところまで歩いた。受話器を耳に当てると、何も聞こえなかった。正確に言えば、無音ではなくて、遠くのほうでかすかにノイズのようなものがあった。ざあ、という雨音に似た音が、ごく低く続いていた。
「もしもし」と言っても、返事はなかった。十秒ほど待ってから、そっと受話器を戻した。
母に話すと、「どこかのセールスじゃない?」と言った。叔母は「解約の手続きを早くしなきゃね」と言った。私もそれで納得することにした。
翌朝、叔母が電話会社に連絡して、回線の解約手続きをした。手続きは完了まで数日かかるとのことだったけれど、「もうかかってくることはないと思いますよ」とオペレーターに言われたらしい。
それで一件落着のはずだった。
三日目の作業を終えて、母と叔母は一足先に帰ることになった。残っている荷物がいくつかあって、もう一泊して片付けてから帰ると私が言ったのだ。二人はすこし心配そうな顔をしていたけれど、「鍵ちゃんとかけてね」と言い残して、夕方のうちに車で出発した。
一人になった家は、しんと静かだった。
夕飯はコンビニで買ってきたものを食べて、お風呂は近所のお風呂屋さんを借りて、八時ごろには布団に入った。明日早起きして残りを片付けて、昼には出発しようと思っていた。
眠れないまま、一時間くらい経ったころだと思う。
電話が鳴った。
今度は昨日より長く鳴った。五回、六回、七回。私は布団の中で数えながら、起き上がれないでいた。解約手続き中でも、かかってくることがあるのかもしれない。あるいは、手続きが完了する前の最後の着信なのかもしれない。そう思っていたら、ぴたりと止んだ。
翌朝、念のため電話台の周りを確認した。よく見ると、受話器の下に紙が一枚挟まっていた。祖母が書いたらしい走り書きで、十個ほどの電話番号がメモしてあった。近所の方の番号だったり、郵便局の番号だったり。その中に、一つだけ名前のない番号があった。
叔母に写真を送って聞いてみたけれど、「知らない」と言われた。
特に気に留めず、その紙は一緒に処分してしまった。
家に帰ってから、一週間ほどが過ぎた。
その間、私はたまに夢を見た。祖母の家の廊下に立っていて、電話が鳴っているのに足が動かない夢だ。夢の中の電話は、いつまでも鳴り続けていた。
それだけなら、まだよかった。
おかしいと思ったのは、母から電話がかかってきた夜のことだ。母がこんなことを言った。「ねえ、あの家の電話、もう解約されたよね」と。
そうだよ、と答えると、母は少し間を置いてから、「実はね、昨日の夜、あそこの番号から着信があったの」と言った。
登録していた番号だったから、すぐわかったんだけど、と母は続けた。出たら何も聞こえなくて、でもなんかね、と言ったところで母の声が途切れた。
「なんか?」
「なんか、誰かが息をしているような気がしてね」
私は何も言えなかった。
翌日、叔母にも聞いてみたら、叔母も同じような着信を受けていた。夜の十一時すぎ、祖母の家の番号からかかってきた、と。出たけれど何も聞こえなかった、とだけ言って、叔母はそれ以上話したがらなかった。
電話会社に確認してみると、回線はたしかに解約済みだった。解約後は発信も着信も物理的にできない状態になっている、と言われた。でも履歴には残っている。母のスマホにも、叔母のスマホにも、あの番号からの着信履歴が、夜の十一時台にそれぞれ一件ずつ残っていた。
私には、着信がなかった。
それが妙に引っかかっている。なぜ私だけ、かかってこなかったのか。あの夜、一人で泊まっていたのは私なのに。
しばらくして、近所に住んでいた方が母に連絡をくれた。祖母の家のことで何か困ったことがあれば言ってほしい、という内容だったらしいのだけれど、その方がついでに教えてくれたことがあった。
祖母は生前、夜になると誰かと電話で話していることがあった、と。長いときは一時間近く話していることもあって、でも近所付き合いが深い方ではなかったから、誰と話しているのか不思議に思っていた、と。
その方は「もしかしたら、遠い知り合いでもいたのかもしれませんね」と笑って言ったらしいけれど、私はその話を聞いたとき、あの名前のない電話番号のことを思い出した。
処分してしまった、あのメモ用紙のことを。
今でも、あの番号が何だったのか、わからない。祖母が誰と話していたのかも、わからない。電話が解約された後に、なぜ着信があったのかも。
ただ一つだけ、気になっていることがある。
あの夜、私が受話器を取ったとき、確かに何か音がした。ざあ、という音。雨が降っていない夜に、雨音に似た音が聞こえた。
先月、祖母の家の処分が決まって、私は最後にもう一度だけ一人で行ってみた。何も残っていない、がらんとした部屋をひとつひとつ確認して、縁側に立って、裏山を眺めた。
そのとき気づいたのだけれど、祖母の家の裏は、小さな沢になっていた。夏になると水が流れるらしい。でも秋には枯れてしまって、今は水音はしないはずだった。
はずだった、のに。
静かな午後の空気の中に、遠くからかすかに、水が流れるような音が聞こえた。
気のせいかもしれない。
ただ私は、あの音を聞いたとき、受話器の向こうで聞こえた音のことを思った。そして、なぜかわからないけれど、祖母はあの番号に電話をかけていたんじゃなくて、あの番号から電話を受けていたんじゃないか、という気がした。
誰から?
それはわからない。
今もわからないままだ。
ただ、私だけが着信を受けなかった理由として、一つだけ思い当たることがある。あの夜、私は電話を取りに行って、受話器を耳に当てた。向こうに向かって、「もしもし」と言った。
もしかしたら、それが確認になったんじゃないか。
私はちゃんとそこにいる、ということの。
それ以来、夜中に知らない番号から電話がかかってきても、私は出ないようにしている。


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