備品リストの、知らない道具のこと

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職場の備品管理を引き継いだ男が、リストの中に誰も知らない道具の記録を見つけた。貸出履歴は何年も前から続いているのに、その道具を使った者は一人もいない。

僕が備品管理を引き継いだのは、去年の秋のことだった。

勤め先は県境の町にある、小さな印刷会社だ。従業員は僕を含めて十四人。社歴の浅い順に雑務が割り当てられるという、いかにもな慣習が残っていて、入社三年目の僕がようやく諸々の管理担当から外れてもらえると思っていた矢先、四年目の先輩が突然退職した。おかげでまた僕の番が回ってきた。

備品管理といっても大したことはない。ボールペンや用紙の在庫を確認して、減ってきたら発注をかける。社員が道具を借りたり返したりするときに台帳に記録する。月に一度、現物と台帳の数を突き合わせる。それだけだ。

前任者から引き継いだのは、A4サイズの黒いファイル一冊と、スチール棚一段分の備品類、そして鍵のかかったロッカーの鍵だった。ロッカーは給湯室の隅にあって、普段は誰も気にとめていないやつだ。そこに貸し出し用の工具や計測機器の類が入っているらしいと、辞める前日に先輩から聞いた。

「中身は台帳と照合しておいてくれ。面倒だけど一応ね」

先輩はそれだけ言って、特に何も補足しなかった。

最初の棚卸しをしたのは引き継ぎから一週間後の土曜日、残業がてらに一人でやることにした。台帳を開いて、ロッカーを解錠して、中身を一点ずつ確認していく。巻き尺、ニッパー、精密ドライバーのセット、延長コード二本、デジタルノギス。どれも台帳の記載どおりで、特に問題はなかった。

問題は、台帳の末尾に一行だけ書かれていた項目を見つけたときに始まった。

「ケガキ針(長) 1本 貸出可」

ケガキ針というのは、金属や木材に線を引くための道具だ。先端が細く尖っていて、材料に傷をつけて目印にする。僕も名前くらいは知っている。ただ、うちの会社はどう考えてもそういうものを使う職種ではない。紙を印刷して製本する会社だ。金属を加工したり木材を削ったりする場面が、日常業務に一切ない。

変だとは思ったが、前任者や前々任者が何かの機会に購入したのかもしれないし、とりあえず現物を確認しようとロッカーの中を見直した。それらしいものがない。細長い棒状の道具、錐のように尖ったもの、そういったものはロッカーのどこにも見当たらなかった。

台帳の記載を改めて読む。品名の右に、購入日の欄があった。十三年前の日付だった。

気になったので、台帳の後ろ側に綴じ込まれていた貸出記録のページもめくってみた。前任者の前任者、さらにその前の担当者まで遡って記録が残っている。ケガキ針の貸出記録は、六年前から始まっていた。

六年前の七月に誰かが借りて、同じ月に返却。
五年前の三月に借りて、四月に返却。
四年前に二回。三年前に一回。
二年前の十一月に借りて、返却日が書いてある。

誰が借りたかは、社員番号と氏名のイニシャルで記録されていた。五人分の記録が、六年かけて散らばっている。社員番号を調べれば誰かわかるはずだが、その日は人事ファイルにアクセスできなかったので、とりあえず気になる点だけメモして帰った。

翌週、社員番号を調べた。

五件の貸出記録のうち、三件は退職者だった。一件は確認が取れなかった(番号がどの社員とも一致しなかった)。そして一件は、いまも在籍している人物のものだった。営業部の坂本さん、という五十代の男性社員だ。

坂本さんのことは僕も知っている。ゴルフが趣味で、昼休みに廊下でパターの練習をしていることがある、温厚な人だ。ケガキ針を借りた記録の日付は、四年前の秋だった。

翌日の昼休み、軽い気持ちで声をかけた。

「坂本さん、ちょっとよろしいですか。備品の確認なんですけど」

坂本さんは快く応じてくれた。ケガキ針を借りた覚えがあるかどうか、という質問をしたら、怪訝な顔をされた。

「ケガキ? 何それ」

「金属とか木材に印をつける針みたいな道具なんですけど、四年前に借りた記録が残っていて」

「俺がそんなもの借りる理由がないよ。俺、工作とか全然しないし」

坂本さんは笑いながら言った。冗談っぽい雰囲気だったけれど、眉のあたりが少し険しくなっていたのが気になった。

「記録の見間違いかもしれないです。すみません、確認でした」

そう言って引き下がった。

現物がない。使った覚えのある人間もいない。でも貸出記録は確かにある。

僕は次の棚卸しのとき、もう一度丁寧にロッカーを調べた。棚の奥、上段の隅、備品の陰になっているところ。どこにもない。台帳に書かれた品名が指し示す物体が、このロッカーのどこにも存在しなかった。

三度目の棚卸しのとき、念のために台帳の記載をコピーして、総務に相談した。総務の島田さんは書類を一瞥して、「古い記録だから誰かが間違えて書いたんじゃない」と言った。「現物がないなら台帳から削除しておいて」と言われたので、削除の手続きを取ることにした。

台帳の当該ページに「廃棄・現物なし確認済み」の記載を入れて、日付と僕のイニシャルを書いた。それで話は終わったはずだった。

年が明けて一月の棚卸しをしたとき、ロッカーを開けたら、スチール棚の一番下の段、延長コードの陰になっているところに、細長い金属の棒が一本、転がっていた。

十五センチほどの長さで、先端が鋭く細くなっている。手に取ると、ずっしりとした重みがあった。金属の地肌は黒ずんでいて、長く使われてきたもののような風合いだった。先端近くに、何かが引っかかるような細かい傷がついていた。

疑いようもなかった。これが、ケガキ針だった。

台帳から削除した翌月に、現物が出てきた。

誰かがしまったのか。あるいはずっとそこにあったのに、僕が見落としていたのか。どちらも考え得るが、ロッカーは給湯室の隅にあって、鍵は僕しか持っていない。年末年始の社内は、管理職以外ほとんど出勤しない。

それより気になったのは、その道具の状態だった。先端についていた傷というのは、どこかに引っかかったり刺さったりした際にできるようなものではなかった。傷の方向が、一定していた。上から下、あるいは手前から奥へ、同じ方向に何度も何度も擦った跡のように見えた。

何かに線を引き続けたような跡だった。

それを台帳に再登録するかどうか、少し迷って、結局しなかった。島田さんに話すのも億劫だったし、何より、この道具を使ったという人間が誰もいないのに、貸出記録だけが何年分も残っているという事実が、じわりと不気味に感じられていた。

現物はロッカーにそのまま戻した。台帳には記載しないまま。

それから二ヶ月が経った。

先週、別の用事でロッカーを開けたら、その針がなくなっていた。

誰かが使っているとしか思えない。でも、鍵は僕しか持っていない。台帳には記録がない。貸出ルールでは台帳に記録のないものは持ち出し不可のはずだ。

それよりもっと気になることがある。

以前の貸出記録、六年分のあれを、もう一度見直した。五件の記録のうち、一件だけ社員番号が一致しなかったやつがある。念のために古い在籍リストを探してみたら、その番号に対応する名前が見つかった。

それは、十三年前に在籍していた社員の番号だった。

十三年前は、ちょうどこの道具が購入された年だ。

在籍リストにはその社員の退職日が書いてあった。退職の理由は「一身上の都合」。でも日付の横に、小さく赤いスタンプが押されていた。僕は総務の書類に慣れているから、そのスタンプが何を意味するか、だいたいわかる。

死亡退職の場合に使うやつだった。

その人の貸出記録の日付を確認した。返却日が、退職日と同じだった。

借りたのが何日か前で、返却日が退職日。そういうことになっている。

その人が何をしていたのか、なぜその道具を使ったのか、僕にはわからない。今もロッカーの鍵を持ったまま、毎月棚卸しをしている。先月は道具がなくなっていた。今月もう一度確認するつもりだけれど、正直なところ、あのロッカーを開けるのが少し怖くなってきている。

あったらあったで怖いし、なかったらなかったで、もっと怖い。

それだけの話なんだけど、誰かに話したくて書いた。

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