実家の階段、今日は何段だった

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帰省のたびに、実家の階段の数が変わる。誰も気づいていないのに、私だけが数え続けている。

私が階段の段数を数えるようになったのは、たぶん子どもの頃からの癖だ。

理由は特にない。手すりを触りながら一段ずつ上がるとき、自然と数が口から出てきた。ひとつ、ふたつ、みっつ。小学生のころの習慣が、大人になっても抜けなかっただけだと思う。実家の階段は十三段。それだけは確かだった。少なくとも、ずっとそう思っていた。

私は今、県境に近い町で一人暮らしをしている。実家からは電車で三時間ほどの距離で、帰るのは年に二、三回くらいだ。去年の夏に帰省したとき、久しぶりに実家の玄関を開けて、荷物を持ったまま二階の自分の部屋へ向かった。そのときに数えた。十四段。

最初は気のせいだと思った。疲れていたし、荷物が重かった。数え間違えたんだろうと。

でも気になって、翌朝もう一度数えた。下から上まで、一段ずつ足を踏みしめながら。十四段。今度は間違いなかった。

母に聞いてみた。「ねえ、うちの階段って何段あったっけ」と。母は台所でお茶を入れながら、「十三段じゃないの。なんで」と答えた。「なんかリフォームでもした?」と聞くと、「してないよ、そんなお金どこにあるの」と笑われた。

私も笑って、それきりにした。

その年の冬、また帰省した。今度は年末年始の帰省で、妹も実家に戻っていた。荷物を置いて二階に上がる前に、意識して数えた。十二段だった。

手が止まった。上がりきってから、下を見た。踊り場と最初の一段を間違えたかと思って、もう一度降りながら数えた。やっぱり十二段だった。夏に来たときより、二段少ない。

妹に聞こうとしたけれど、やめた。「階段の段数が毎回変わる気がする」なんて言っても、笑われるだけだと思った。

年が明けて、妹が帰るときに玄関まで見送った。ふと思い立って、妹が出た後に一人で階段を上り下りした。十三段。また変わっていた。

そのとき初めて、メモを取ることにした。

スマートフォンのメモアプリに、帰省日と段数を書き始めた。去年の夏は十四段、冬は十二段、年明けは十三段。次に帰ったのは春だった。母の誕生日に合わせて帰った。その日の階段は十五段だった。

私は風呂場で一人、水を出しながら泣いた。怖くて泣いたのか、どうしていいかわからなくて泣いたのかは、自分でもよくわからなかった。

実家の階段は、昔からあの形だ。木製の、少し軋む階段。手すりは途中から白くペンキが塗られていて、そのペンキが剥がれかけているのも、子どもの頃から変わらない。段の形も、幅も、何も変わっていない。でも数えるたびに、違う。

私は建築について詳しくないけれど、一応調べてみた。普通の住宅の階段の段数は、建築基準法で最低限の規定があって、そうそう変わるものじゃないらしい。当然だ。物理的に段が増えたり減ったりするはずがない。

じゃあ、私の数え方がおかしいのか。

次の帰省では、動画を撮ることにした。スマートフォンを構えながら、声に出して数えた。撮影した動画を見返すと、私の足が踏んでいる段の数は、はっきりと映っていた。十三段。でもそのとき私は、十四段と数えていた。自分の声で「じゅうし」と言っているのに、画面の中の足は十三段しか踏んでいない。

何度見返しても、同じだった。

私の目がおかしいのか、それとも動画がおかしいのか。

その後しばらく、帰省をやめた。怖かったというより、何が起きているのかわからなくて、実家に近づくのが億劫になった。母から電話が来るたびに「忙しくて」と言い続け、半年ほど空けてしまった。

その間に、母から少し気になることを聞いた。

電話口で、母がぽつりと言った。「お父さんの夢を見たよ」と。父は私が高校生のときに亡くなっている。「どんな夢だったの」と聞くと、「階段のところに立ってたんだよね。上から下を見てる感じの。でも顔は見えなかった」と。

「何か言ってた?」と聞くと、「何も。ただ立ってただけ。変な夢」と母は笑った。

私は笑えなかった。

久しぶりに帰省したのは、その秋だった。玄関を開けると、母が出てきてくれた。夕飯を一緒に食べて、テレビを見て、お風呂に入って。そして夜、二階の自分の部屋に上がるとき、電気をつけながら数えた。

十六段。

今まで一番多い数だった。私は部屋に入って、ドアを閉めて、布団の上に座った。スマートフォンのメモを開いて、今日の数を書き込んだ。改めて一覧を見ると、去年の春から今日まで、帰省のたびに数が違っていた。十四、十二、十三、十五、そして今日が十六。規則性はない。増えたり減ったりしている。

壁の向こうで、母の部屋の電気が消えた。家の中が静かになった。

深夜、私は目が覚めた。何時か確認しようとスマートフォンを見ると、午前二時を過ぎていた。なぜ起きたのか自分でもわからない。物音がしたわけでも、夢を見たわけでもなかった。ただ自然に目が覚めた。

部屋の外が、なんとなく気になった。

ドアを少し開けると、廊下には豆電球の薄明かりだけがついていた。階段の方に目をやった瞬間、私は息を止めた。

誰かが、階段の上のあたりに立っているように見えた。

「ように見えた」というのが正確なところで、はっきりとした輪郭があったわけじゃない。廊下の暗がりの中に、空気がわずかに濃くなっているような、そういう感じ。見ようとすると消えて、視野の端に引っかかるような。

私はしばらく動けなかった。声を出すこともできなかった。

何秒か、何分かわからない時間が経って、その「濃い空気」みたいなものは、なくなっていた。廊下はただの廊下になった。

翌朝、私は朝食を食べながら母に聞いた。「昨日の夜、廊下に出た?」と。母は首を振った。「トイレも行かなかった。朝まで寝てたよ」と。

私はそれ以上何も言わなかった。

帰りの電車の中で、ずっとメモを見ていた。段数の記録。十四、十二、十三、十五、十六。

ふと思ったのは、父が亡くなったのがいつだったかということだ。記憶をたどると、父の命日は、私が最初に段数を数え間違えた夏の少し前だった。違う、正確には、私が最初に「十四段」と数えた帰省の、直前にあたる時期だ。

それが何を意味するのか、私にはわからない。

ただ、次に帰省するとき、私はまた数えると思う。数えずにはいられないと思う。そしてまた、違う数になる気がしている。

もしかしたら父が、あの階段の上から数えているのかもしれない。私と違う方向から。だから数が合わないのかもしれない。

そう思うと少し、怖くなくなる気もする。でも同時に、そう考えるのは都合が良すぎる気もする。あの暗がりに見えたものが、本当に父だったのかどうか、私には確かめる方法がない。

実家の階段は今日も、どこかでひっそりと、段数を変えているかもしれない。

誰も数えていなければ、何段でもないのと同じだ。でも私はまた帰省して、数えてしまう。きっとそれが、止められない。

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