祖母の家の電話が、つながる先のこと

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亡くなった祖母の家を片付けるために訪れた私は、誰もかけてくるはずのない固定電話が、決まった時刻に鳴り続けることに気づいた。受話器の向こうにいるのは、何者なのか。

祖母が亡くなったのは、三月の終わりのことだった。

享年八十二。老衰と診断されて、病院のベッドの上で静かに逝った。苦しんだ様子もなく、眠るような最期だったと担当の看護師が言っていた。私はそのとき仕事の都合で立ち会えなくて、知らせを受けてから新幹線で四時間かけて向かった。葬儀の手配は先に駆けつけた叔父が進めていて、私がついた頃にはもう、祖母の顔は白い布に覆われていた。

祖母は山の多い県境の町に、ひとりで暮らしていた。夫、つまり私の祖父は十年以上前に亡くなっていて、子供たちはみんな都市部に出ていた。近所の人が買い物を手伝ったり、ヘルパーさんが週に何度か来たりという暮らしを、祖母はずっと続けていた。不便ではないか、寂しくはないかと母が何度か聞いていたけれど、祖母はいつも「慣れた家が一番落ち着く」と言って、首を縦に振らなかった。

四十九日が過ぎて、家の片付けをすることになった。叔父も母も仕事が忙しいからと、私が担当することになった。私は当時フリーランスで翻訳の仕事をしていたから、場所さえあればどこでも作業できる。一週間ほど祖母の家に滞在して、荷物を整理して、その後のことを決めようという段取りだった。

五月の連休明けに、私は一人で祖母の家を訪れた。

家は山のふもとの集落に建つ、古い木造の一軒家だった。記憶の中の家より、少し小さく見えた。縁側の木が日焼けして白くなっていて、庭の草がもう膝の高さまで伸びていた。鍵を開けて中に入ると、空気がひんやりしていた。五月だというのに、家の中はまだ冬のにおいがした。

荷物を置いて、まず一通り部屋を確認した。仏間、台所、祖父母が使っていた寝室、それから物置代わりになっている小部屋。どの部屋も祖母が出て行ったまま時間が止まったようで、急須がそのままテーブルに置かれていたり、読みかけの雑誌が棚に挿さったままだったりした。

台所の壁に、固定電話がかかっていた。

黒っぽい灰色のプッシュ式の電話機で、もうずいぶん古いものだった。子供の頃に来るたびにあの電話機の前に立って、親に番号を教えてもらいながら実家に電話をかけた記憶がある。祖母は携帯電話を持っていなかったから、連絡はいつもあの固定電話を使っていた。

契約がまだ生きているのか確認しようと思って、受話器を持ち上げた。発信音が聞こえた。解約はまだされていないようだった。それを確認して、受話器を戻した。

その夜は片付けに疲れて早めに横になった。

深夜に目が覚めたのは、電話が鳴ったからだった。

最初は夢の中の音かと思った。けれど音は続いていて、私は布団の中でしばらく固まっていた。時計を見ると午前一時を少し過ぎていた。

二回、三回と鳴って、止まった。

私はそのまま朝まで眠れなかった。

翌朝、叔父に電話して、誰か祖母の番号に連絡してくる人がいるか聞いた。叔父は少し考えてから、「近所の人か、昔の知り合いかもしれない。亡くなったことを知らない人もいるだろう」と言った。それはそうだと思って、私は納得した。

二日目の夜も、電話は鳴った。

今度は午前一時十分ごろだった。私は布団から出て、台所まで歩いた。暗い廊下を抜けて、電話機の前に立った。受話器を取った。

無言だった。

「もしもし」と言った。返事はない。「もしもし」ともう一度言った。声はない。息遣いも聞こえない。ただ、かすかなノイズだけがあった。電話回線特有の、低い静電気のような音。

しばらく待って、電話は切れた。

間違い電話だろうと思った。深夜に間違えてかけてきた相手が、声も出さずに切った。よくある話だと自分に言い聞かせた。

三日目も鳴った。午前一時十四分。

今度は受話器を取る前に、表示される番号を確認しようとした。電話機の液晶を見た。番号表示の欄は空白だった。非通知か、番号を表示できない回線なのか、どちらかだった。

受話器を取った。また無言。またノイズ。

「どなたですか」と言った。返事はなかった。「聞こえていますか」と言った。返事はなかった。

でもそのとき、一瞬だけ何かが変わった気がした。ノイズの質が、ほんの少しだけ変化した。音量が上がったわけでも、声がしたわけでもない。ただ、何かが——あちら側で、動いたような気がした。

気のせいだと思いながら受話器を置いた。

四日目の朝、私は近所の人に声をかけてみることにした。祖母が生前よく話していた、通りの向こうに住む老夫婦のことを母から聞いていた。会いに行くと、奥さんがすぐに出てきてくれた。七十代くらいの小柄な女性で、祖母とは長い付き合いだったという。

世間話をしながら電話のことを切り出した。深夜に無言電話がかかってくることを話すと、奥さんは少しだけ表情を変えた。

「そういえば」と奥さんは言った。「お祖母さんが入院してからも、あの家の電話が鳴ることがあってね」

「え」と私は聞き返した。

「夜中に灯りがついていないのに、電話の音だけ聞こえてくることがあって。誰もいないのにおかしいなと思っていたんだけど」

祖母が入院したのは亡くなる二ヶ月前のことだった。その間、家には誰もいなかったはずだった。

奥さんはそれ以上は特に気にした様子もなく、「古い家はいろいろありますから」と笑った。私もそれに合わせて笑った。

その夜、私はメモを取ることにした。

電話が鳴り始めた時刻、何回鳴ったか、受話器を取ったかどうか、何か聞こえたかどうか。几帳面な性格ではないけれど、記録しておきたかった。何かわかるかもしれないと思った。

五日目。午前一時十七分。五回鳴った。受話器を取った。無言。ノイズ。三十秒ほどで切れた。

六日目。午前一時十二分。三回鳴った。受話器を取る前に止まった。

七日目、最終日の前夜。午前一時十五分ごろ。

私はその夜、台所のテーブルで仕事をしていた。翻訳の締め切りが近かったから、眠らずに作業を続けていた。だから電話が鳴ったとき、すぐに取ることができた。

「もしもし」と言った。

ノイズ。いつもと同じ、静電気のような音。

でも、その夜は違った。

ノイズの中に、何かが混じった。

声ではなかった。言葉でもなかった。でも確かに、何かがそこにあった。遠くで風が吹くような音とも違う、海の底で録音したような、低くて鈍い、何かの響き。

私は受話器を耳に押し当てたまま、動けなかった。

「おばあちゃん」と、気がついたら言っていた。

自分でも驚いた。そんなことを言うつもりはなかった。ただ、口から出た。

ノイズが変わった。

さっきより少しだけ、高くなった。高くなって——また、戻った。

それだけだった。

三十秒ほどして、電話は切れた。

私はしばらく受話器を持ったままでいた。台所の古い時計が、壁の上でカチカチと刻んでいた。外は静かで、山の方から虫の音だけが聞こえていた。

翌朝、私は荷物をまとめて家を出た。片付けの続きは次の機会に、と叔父に連絡した。体調が優れないと伝えた。嘘ではなかった。

帰り際に、台所の電話をもう一度見た。

受話器の横に、祖母の手書きのメモが貼ってあった。ずっとそこにあったのに、私はそれまで気づいていなかった。

古い付箋に、鉛筆で書かれた短い文字。祖母の、小さくて丸い字で。

「夜中にかかってきたら、出なくていい」

いつ書かれたものなのか、わからない。誰に向けて書いたものなのかも、わからない。祖母が自分のために書き残したのか、それとも誰か来る人に向けて書いたのか。

私は付箋を剥がさないまま、家の鍵を閉めた。

あの電話がその後どうなったか、私は知らない。叔父が解約の手続きをしたと思う。たぶん。確認はしていない。

ただ一つだけ、気になっていることがある。

荷物の整理をしているとき、仏壇の引き出しから、昔の電話帳のような小さなノートが出てきた。祖母が手書きで、知り合いの電話番号を書き留めたものだった。

ページをめくっていると、一番最後のページに、一つだけ番号が書いてあった。名前は書いていなかった。ただ番号だけ。祖母の字とは少し違う、もう少し太くて雑な字で。

その番号が何なのか、私はまだ調べていない。

調べようと思ったことは、何度かある。でもそのたびに、なんとなく手が止まる。

たぶん、調べない方がいい気がしている。

それだけの話なのだけれど、どうしても忘れられないから、こうして書き留めておくことにした。

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