一人暮らしの部屋に、置いた覚えのない植物が少しずつ増えていく。最初は贈り物か引っ越し祝いの忘れ物だと思っていたが、やがてその植物たちが、ある一つの場所を向いていることに気づいた。
最初の一鉢は、引っ越してから三週間ほど経った頃だった。
窓際に、小さなサボテンが置いてあった。丸くて、親指の爪くらいの大きさで、黒い小さな素焼きの鉢に入っていた。かわいいな、と思った。思って、それから首を傾げた。
私はあれを買っていない。
一人暮らしを始めたのはその年の春で、職場から電車で二駅ほど離れた、小さなアパートの二階に引っ越してきたばかりだった。県境に近い静かな町で、スーパーとコンビニと、古くからあるらしい八百屋が一軒。そういう場所だった。引っ越し祝いに花を贈ってくれた友人もいたけれど、それは最初の週に枯らしてしまっていて、鉢植えをもらった記憶はなかった。
誰かから預かったのかな、と思った。荷解きのバタバタした時期に、誰かが置いていったのかもしれない。引っ越しを手伝ってくれた同僚のミナさんが忘れていったのかな、と思って翌朝メッセージを送ってみた。返信は「え? サボテン、持ってないですよ。かわいいですね」という、のんびりしたものだった。
誰のものかわからなかったけれど、捨てるのも気が引けて、そのまま窓際に置いておくことにした。サボテンは丈夫だと聞いていたし、水をやりすぎてもいけないと聞いていたので、週に一度だけ少しだけ水をあげた。それだけで、ちゃんと生きていた。
次のものに気づいたのは、それから二週間ほどあとだった。
テレビ台の隅に、アイビーが一鉢あった。つる性の植物で、小さなハート形の葉がいくつもついていて、白いプラスチックの鉢に土ごと入っていた。これも、買った覚えがなかった。
さすがに、二度目はちゃんと考えた。鍵はちゃんとかけているし、オートロックのアパートではないけれど、外から入るには一階の外廊下を通って、部屋の前まで来なければならない。合鍵は管理会社に一本と、実家の母に一本預けてあるだけだ。
母に電話した。「私が置いていくわけないでしょ、会いにも来てないのに」と笑われた。管理会社に連絡するのは大げさかと思って、しなかった。同じ階に住んでいる人たちのことを考えてみたが、顔を合わせたことがあるのは隣の部屋の老いた男性だけで、挨拶くらいしか交わしたことがなかった。
アイビーも、捨てずに置いておいた。窓際のサボテンの隣に並べた。なんだか、二鉢並ぶとそれらしく見えた。観葉植物のある部屋、みたいな。
気がつけば、世話をするのが習慣になっていた。朝起きたら水の様子を確認して、葉の色が悪くないか確かめる。日中は日当たりのいい窓際に置いて、夜は少し奥に引っ込める。植物のことを調べるようになって、土の乾き方や葉の艶で状態がわかるようになってきた頃、三鉢目が現れた。
今度はキッチンカウンターの上だった。パキラの小さな苗木。幹が三本編み込まれていて、葉が放射状に広がっている。土は湿っていた。つまり、そんなに日は経っていない。
怖くなった。
部屋の中を見回した。何かが乱されている様子はない。財布も、パソコンも、貴重品は全部ある。鍵は昨晩ちゃんとかけたし、窓も施錠している。誰かが部屋に入ったとしたら、植物だけ置いていく理由がない。泥棒でもないし、嫌がらせにしては穏やかすぎる。
管理会社に電話した。担当の人は親切だったが、「前の入居者の忘れ物がどこかから出てきたとか、ということはないでしょうか」と言った。前の入居者。そういえば、前に住んでいた人のことは何も知らなかった。でも、植物が押し入れから出てくるわけがない。
一応、部屋中の収納を確認した。押し入れ、クローゼット、洗面台の下、台所の棚。どこにも、余分なものはなかった。植物が入っていた形跡もなかった。
それから私は、もう一つのことに気づいた。
三つの鉢が、同じ方向を向いていた。
植物は、光のある方に向かって育つ。だからどれも、窓の方に葉を傾けるはずだった。でも三つとも、葉先が窓ではなく、部屋の角の方を向いていた。クローゼットと壁が合わさった、何もない角。
最初はそんなに気にしなかった。置き場所が悪いのかな、と思って、鉢の向きを変えた。翌日には、また同じ方向を向いていた。
四鉢目は玄関の靴箱の上に現れた。ポトスだった。丸くて濃い緑の葉に、黄色い斑が入っている。私がいない間に置かれていたことは間違いなかった。でも私は、四鉢目が現れた日から、仕事が終わると少し急いで帰るようになった。何かを確かめたかったのか、それとも帰り道に不安を引き延ばしたくなかったのか、自分でもよくわからなかった。
五鉢目の夜、私は夜中の二時に目が覚めた。
理由はわからない。物音を聞いた気もしたし、気のせいだった気もする。起き上がって、暗い部屋を見た。カーテンの隙間から外の灯りが少し差し込んでいて、窓際に並んだ植物の輪郭がうっすら見えた。そして、気づいた。
植物たちが揺れていた。
風はなかった。窓は閉まっている。エアコンも切っていた。なのに、葉がゆっくりと揺れていた。同じリズムで、同じ方向に。部屋の角に向かって、少しずつ、傾いては戻り、傾いては戻り。
声が出なかった。布団を引き寄せて、じっとしていた。どのくらいそうしていたかわからない。気づいたら朝だった。植物は揺れていなかった。窓から朝の光が差し込んでいた。
その日の仕事中、私はずっと考えていた。あの角に何があるのか。建物の構造上、何かあるとしたら、クローゼットの奥か、壁の中だ。でも私には調べる術がない。
翌週、隣に住む老いた男性と廊下でたまたま会った。挨拶をして、少し話した。この町に長く住んでいる人で、このアパートにも十年以上いるらしかった。
思い切って聞いてみた。「この部屋、前に住んでいた人のことをご存知ですか」と。
男性は少し間を置いてから、「女の人だった」と言った。「植物が好きな人で、部屋中に鉢植えを置いていたらしい」と。
らしい、というのは、直接会ったことはないということだった。でも、引っ越していく時に、植物の処分に困っていたと聞いたらしかった。「どこに引っ越したんですか」と聞いたら、男性は首を横に振った。
「引っ越したんじゃなかった」と言った。「入院したんだ。それから、戻ってこなかった」
私は頷いて、部屋に戻った。
六鉢目は、その翌日の朝に現れた。
場所はクローゼットの前だった。今までは窓際やカウンターや棚の上だったのに、今度は床に直接置いてあった。モンステラの大きな葉が、切れ込みだらけで、まるで手を広げたみたいに見えた。その葉の先は、クローゼットのドアを向いていた。
私はしばらく、そのドアを見ていた。
開けたくなかった。でも開けなければ、ずっとここに立ち続けることになる。私は深呼吸をして、ドアを引いた。
服が並んでいた。私の服だけ。余分なものは何もなかった。
ただ、奥の壁に、うっすらと何か書いてあった。
マジックで、薄く、消しかけたような跡。文字というよりも、リストのようなものだった。読み取れたのは、数字と、いくつかの単語だけだった。植物の名前だと気づくのに、少し時間がかかった。
サボテン。アイビー。パキラ。ポトス。モンステラ。
そして、まだいくつか続いていた。
今、私の部屋には六鉢の植物がある。六つとも、部屋の同じ角を向いている。リストには、まだ名前が残っている。
私は今、七鉢目が来る前に引っ越そうと決めている。荷物をまとめて、この部屋を出て、もう少し遠くに住もうと思っている。ただ、一つだけ決めていることがある。
植物は、全部置いていく。
持っていく気になれない。というより、持っていって、新しい部屋の角に並んだ葉先がどこを向くのか、確かめる勇気がない。
今朝も水をやった。六鉢とも、元気だった。

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