休憩室の、誰も使わない机の話

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職場の休憩室に、誰のものでもない机があった。誰も使わず、誰も片付けず、誰も気にしない——それがずっと、おかしかった。

転職して最初に気になったのは、休憩室の机だった。

今から三年ほど前の話になる。私はそれまで勤めていた会社を辞めて、県境近くの小さな工業団地にある部品メーカーに転職した。社員数は四十人ほど。規模は小さいが、福利厚生がしっかりしているという評判で、求人に応募したのだ。面接も和やかで、職場の雰囲気も悪くなかった。働いてみると、確かに居心地はよかった。

ただ、一つだけどうしても気になることがあった。

休憩室は建物の端にある、六畳ほどの小さな部屋だ。四人掛けのテーブルが二つあって、壁際には給湯器とロッカーが並んでいる。昼休みには数人が集まってお弁当を食べたり、お茶を飲んだりしていた。こじんまりしているけれど、悪くない空間だった。

その部屋の奥の隅に、一つだけ机があった。

テーブルでも作業台でもなく、学校の教室にあるような、一人用の古い木製の机だ。引き出しが一段ついていて、天板の角が少し欠けている。そこだけが、部屋の雰囲気から浮いていた。

誰もその机を使っていなかった。

昼休みに休憩室を使う人たちは、四人掛けのテーブルに座る。その机には近づかないどころか、目を向けることすらしない印象だった。私が入社して最初の週、休憩室で先輩社員の吉野さんと昼食をとったとき、何の気なしに聞いてみた。

「あの机、誰かが使ってるんですか?」

吉野さんは一瞬、私が指した方向を見た。本当に一瞬だけ。それからすぐ視線を戻して、「さあ、どうだろうね」と言った。

答えになっていない。でも吉野さんの言い方は、深く考えていないというよりも、これ以上考えたくないというような、そういう雰囲気があった。私はそれ以上聞けなかった。

その後も、机のことは頭の片隅に残り続けた。

机の上には何もない。埃も積もっていないし、かといって使われている気配もない。誰かが定期的に拭いているのか、そもそも触れないから汚れないのか、判断がつかなかった。引き出しの中を見たいと思ったが、なんとなく、他の人がいるときにそれをするのは憚られた。

入社して一ヶ月が過ぎたころ、遅番の日があった。定時より二時間遅く上がる日で、休憩室を使う社員はほとんどいなかった。私は一人でカップ麺を食べながら、その机をじっと見ていた。

立ち上がって、近づいた。

机の天板を手でなぞってみると、表面はさらりとしていた。古い木の感触があるが、ざらつきはない。確かに、埃がない。引き出しに手をかけた。少し固かったが、引くと開いた。

中には、一枚だけ紙が入っていた。

A4の紙を四つ折りにしたものだった。広げると、手書きの文字が並んでいた。

「月曜、火曜、木曜、金曜——」

曜日の下に、時間が書いてある。「12:05」とか「12:10」とか、そういった数字だ。その横に、短い言葉が続いている。

「窓側、いつもの席」
「奥のテーブル、一人」
「今日は来なかった」
「今日も来なかった」

日付は書いていなかった。いつ書かれたものかわからない。筆跡は丁寧で、几帳面な印象だった。

私は紙を四つ折りに戻して、引き出しに納めた。机から離れて、カップ麺の前に座り直した。麺はすっかり伸びていた。

その紙が何を意味するのか、すぐには考えたくなかった。

誰かが、昼休みの休憩室を観察して記録していた。それだけはわかった。でも誰が、いつ、何のために——そこから先は、考えると少し気持ちが悪かった。

翌日、思い切って総務の田中さんに聞いてみた。田中さんは勤続十五年のベテランで、会社のことなら何でも知っていると評判の人だった。

「休憩室の机ですか」と田中さんは繰り返した。

私が頷くと、田中さんは少し考える素振りをして、「ああ」と言った。「あれは片付けるに片付けられなくて、ずっとそのままになってるんです」

理由を聞くと、田中さんは言葉を選ぶように話してくれた。

十年ほど前、その机を使っていた社員がいたらしい。名前は聞かなかった。その人は昼休みになると必ず休憩室に来て、その机に座り、外に向いた窓を眺めながら食事をとっていた。他の社員とはほとんど話さず、ただ静かに座っているだけの人だったという。

「ある日、来なくなったんです」と田中さんは言った。

突然の退職だったのか、それとも別の理由だったのか、田中さんははっきり言わなかった。「ちょっといろいろあって」という言葉で濁した。机に残された荷物を片付けようとしたとき、何人かが嫌がったらしい。理由は田中さんも知らないという。結局、誰も触らないまま今に至るということだった。

「気持ち悪いとは思うんですけどね」と田中さんは苦笑した。「でも長くいると、あって当たり前になってくるんですよ。不思議なもので」

それで話は終わった。

私は自分の席に戻りながら、引き出しの中の紙のことを話すべきだったか迷った。でも、なぜかそれはできなかった。田中さんの「いろいろあって」という言い方が、引っかかっていた。

その日の夜、眠れなかった。

あの紙の記録は、その社員が書いたのだろうか。昼休みに休憩室にいた誰かを、観察して記録していた——それはつまり、特定の誰かを見ていたということだ。「今日は来なかった」「今日も来なかった」という記述が、今になって重くなってきた。

それから数日、私は休憩室で意識的に観察するようにした。

誰がどこに座るか。どんな組み合わせで来るか。窓側に座る人は誰か。

気づいたことがあった。

窓側の席に座る人が、だいたい決まっていた。製造部の坂本さんという、四十代の男性社員だ。毎日ではないが、週に三日か四日は窓側に座って、一人で黙々と食事をしている。他の社員と話すことはあまりなく、食事が終わると静かに部屋を出ていく。

悪い人ではない。挨拶をすれば返してくれるし、仕事でわからないことを聞けば丁寧に答えてくれる。ただ、淡々としていて、何を考えているのかわかりにくい人だった。

あの机に座っていた人も、そういう人だったのだろうか。

ある日の昼休み、休憩室に入ると坂本さんが一人でいた。窓の外を見ながらお茶を飲んでいる。私がトレーを持って入ってきた気配を感じたのか、坂本さんが振り向いた。

その目が、一瞬、私の後ろを見た。

奥の机の方を。

それだけだった。坂本さんはすぐ窓の方に視線を戻して、お茶を飲み続けた。私は四人掛けのテーブルに座って、弁当を広げた。

「あの机」と坂本さんが言った。

私は顔を上げた。坂本さんはまだ窓を見ていた。

「昔、知り合いが使ってた」

それだけ言って、坂本さんは立ち上がり、カップを流しに持っていって、休憩室を出ていった。

私はしばらく、弁当を食べる手が止まっていた。

知り合い。

その人は、どうして来なくなったのか。「いろいろあって」というのは何なのか。引き出しの中の記録は、その知り合いが書いたのか。それとも——。

私はその後、もう一度引き出しを開けた。

紙は、なかった。

四つ折りの紙が入っていたはずの引き出しが、空になっていた。

誰かが取り出したのか。あるいは私が最初に見たものが、そもそも何か別のものだったのか。自分の記憶に自信がなくなってきた。

それからしばらくして、坂本さんが長期休暇に入った。理由は体調不良ということだった。

休憩室の、窓側の席に座る人が、いなくなった。

ある昼休み、私が一人で休憩室にいると、吉野さんが入ってきた。奥の机に目をやって、それからすぐ視線を逸らした。いつもと同じ、あの一瞬の視線だ。

私は聞いてみた。「あの机、最初からあそこにあったんですか」

吉野さんは四人掛けのテーブルに座りながら、少し間を置いた。

「いや」と吉野さんは言った。「最初はなかった。どこかから持ってきたんだよ、あの人が」

あの人が。

「自分で持ってきたんですか」

「そう。どこで拾ってきたのか知らないけど、ある日突然あそこに置いてあった。誰も何も言わなかった。あの人が使ってたから」

吉野さんはそれ以上話さなかった。お弁当を開いて、テレビのない壁を見ながら食べ始めた。

私はふと気づいた。

机は、その人が持ち込んだものだ。でも、その人はいなくなった。なのに机だけが残っている。十年間、誰も触れないまま。

その人はどこに行ったのだろう。

机だけを残して。

今も、誰かが昼休みに観察されているような気がして——私は最近、休憩室に行くのが少し億劫になっている。

それが正直なところだ。

坂本さんはまだ戻ってきていない。

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