【洒落怖】地図アプリに、私が写っていた

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定年を機に移り住んだ県境の町で、深夜のコンビニに向かった夜。停電が明けてから、地図アプリのストリートビューに、見てはいけないものが写り込んでいた。

これを書いているのが正しい判断なのかどうか、今でもよくわからない。ただ、書いておかなければという気持ちだけは消えないので、記録として残しておくことにした。

定年退職を機に、妻と二人で県境の小さな町へ移り住んだのは、一昨年の秋のことだ。都市部での生活に疲れていたわけではないが、老後は静かな場所でゆっくり過ごしたいという気持ちが、四十年かけてゆっくりと積もり積もった結果だった。選んだ土地は、知人から紹介された古い一軒家で、庭木が手入れされておらず少々荒れてはいたが、それさえ直せば十分に住める物件だった。価格も都市部では考えられないほど安く、即決に近い形で契約した。

近隣に大型のスーパーはない。買い物は週に一度、車で三十分ほどの町まで出るのが基本的な生活スタイルになった。コンビニは一軒だけ、家から歩いて二十分ほどの場所にある。県道沿いのそのコンビニは、夜も灯りが煌々としていて、周囲の暗さの中でずいぶんと目立つ存在だった。最初は車で行っていたが、秋が深まるにつれて、夜の散歩がてら歩いて行くことが増えた。妻は早寝なので、私一人の夜の習慣になっていった。

移住から三ヶ月ほど経った十一月の末。その夜は特に寒かった。

午後九時を過ぎたあたりから、空がやけに低く感じられた。山の向こうで雷が鳴っているようだった。それでも私はいつもの散歩を兼ねてコンビニへ向かった。缶コーヒーと、翌朝用のパンを買うだけのつもりだった。

コンビニまでの道は、街灯が少ない。住宅が途切れたあたりから、田んぼと雑木林が続く区間が五分ほどある。その区間だけが、いつも少し嫌だった。理由は特にない。ただ、足音が妙によく聞こえる気がして、自分の歩く音の他に、もう一拍、何かが混じっているように感じることが何度かあった。気のせいだと思っていた。その夜も、同じように感じた。気のせいだと思った。

コンビニの自動ドアが開いた瞬間、店内の照明が一斉に落ちた。

停電だった。

暗闇の中で、店員の若い男性がスマートフォンのライトを点けながら「申し訳ありません、停電です。しばらくお待ちいただけますか」と言った。客は私を含めて三人いた。もう一人は中年の女性で、もう一人は、入口付近に立っていた老人だった。老人はコートを着ていて、マフラーを深く巻いており、顔がよく見えなかった。

店内のバックアップ電源なのか、しばらくして薄暗い非常灯だけが点いた。レジは使えない。店員は「電力会社に連絡しています」と繰り返していた。私はホットコーナー近くのベンチ代わりの什器に腰を下ろして待つことにした。

スマートフォンを取り出して、ニュースを眺めていた。雷による停電らしく、復旧まで一時間以上かかる可能性があるという情報が出ていた。手持ち無沙汰になって、地図アプリを開いた。自分の今いる場所を確認するつもりだった。

地図上に、コンビニのアイコンが表示された。そのままストリートビューに切り替えてみた。移住してきてから、暇なときに自宅周辺のストリートビューを眺める習慣がついていた。知らなかった路地や、気になる建物を確認するのが、一種の楽しみになっていたのだ。

コンビニ前の県道を映したストリートビューが表示された。撮影時期は一年以上前のようだった。昼間の映像で、コンビニの駐車場には車が数台止まっている。看板の文字もはっきり見えた。

何となく、そのまま家の方向へ視点を動かした。仮想的に歩いて帰るように、ストリートビューの矢印をタップしていった。コンビニを離れ、県道を少し進み、田んぼの横を抜けて、雑木林の脇を通る区間に差し掛かったとき、私は手を止めた。

画面の中に、人が写っていた。

道の左脇、雑木林との境目あたりに、人影が立っていた。コートを着て、マフラーを巻いている。こちらに背を向けていて、顔は見えない。ストリートビューの撮影車は昼間に通ったはずなのに、その人物の影は妙に長く、不自然な方向に伸びていた。

最初は、通行人がたまたま写り込んだだけだと思った。よくあることだ。ただ、どうにも気になって、画像を拡大してみた。人影の足元を見ると、地面に接していない。わずかに、浮いていた。

見間違いかもしれない。画像の解像度のせいかもしれない。そう自分に言い聞かせながら、視点をもう少し進めた。次のポイントに切り替わった瞬間、また人影が写っていた。先ほどと同じコートとマフラー。同じ方向を向いて、同じように立っている。ただ、今度は少しだけ距離が近かった。

私の方に、近づいていた。

いや、ストリートビューは過去の映像だ。撮影時の別々のポイントに偶然写り込んでいるだけだ。私は深呼吸して、次の区間へ視点を移した。また写っていた。また少し近い。今度は、体ごとこちらを向きかけているように見えた。

スマートフォンを置いた。

店内は相変わらず薄暗く、店員は電話中で、中年の女性客は雑誌コーナーで立ち読みをしていた。入口付近にいたはずの老人の姿が、なかった。気づいたら、いなくなっていた。いつ出ていったのか、まったく覚えていなかった。

三十分ほどして、電気が戻った。蛍光灯が一斉に点いて、店内がいつもの明るさになった。私は缶コーヒーとパンを買って、店を出た。

帰り道、雑木林の脇を通るとき、私は意識して前だけを見て歩いた。足音の他に、もう一拍の音が混じっている気がした。今夜は特に、はっきりと。立ち止まって振り返る勇気はなかった。そのまま歩き続けて、家に帰った。

翌日、昼間にもう一度地図アプリを開いて、同じ区間のストリートビューを確認した。

人影は、消えていた。

コートの人物が写っていたはずの場所は、何も変わらない道端で、雑木林がただ続いているだけだった。撮影時期の表示は変わっていない。昨夜見たのと同じ、一年以上前のデータのはずだった。

もう一度、丁寧に視点を動かした。コンビニ前から、田んぼの横を抜けて、雑木林の脇を通って、我が家の前まで。人影はどこにも写っていなかった。ただ、一箇所だけ、おかしなものがあった。

我が家の前を映したポイント。一年以上前に撮影されたはずの画像に、玄関先に人が立っている。こちらに背を向けている。コートを着ているわけでも、マフラーを巻いているわけでもない。ごく普通の、日常着を着た人物だ。髪の色や体型から、おそらく男性だと思った。

その人物の足元は、地面にきちんとついていた。

ただ、顔が見えないままそれを拡大しながら、私はゆっくりと気づいた。その体型が、その立ち方が、自分に似ていると。

一年以上前の撮影データに、今の私に似た人物が、私の家の前に立っている。

その日の夕方、妻がこう言った。

「ねえ、あなた、最近なんか顔色が悪くない?」

私は鏡を見た。確かに、少し青白い気がした。移住してからじわじわと、そうなっていたのかもしれない。あるいは、もっと前から。

今この記事を書いているのは、移住から一年と少しが経った、ある夜のことだ。妻は隣の部屋で眠っている。庭木が風に揺れる音がする。

ただ、一つだけ確認しておきたいことがある。

この記事を書き始める直前、試しにもう一度、自宅前のストリートビューを開いた。

玄関の前に立っていた人物は、もういなかった。

どこへ行ったのかは、わからない。

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このブログを最後に、管理人からの更新は途絶えている。コメント欄には「お体は大丈夫ですか」という問いかけが数件並んでいるが、返信はない。

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