県境の廃校跡地に建つアパートに引っ越した夜、停電の闇の中で自分の名前を呼ぶ声を聞いた。それ以来、少しずつ、確かに自分だったはずのものが消えていっている。
これを書いているのは、引っ越しから三ヶ月が経った、ある夜のことだ。
別に誰かに読ませたいわけではない。ただ、記録しておかなければという焦りが、ここ最近ずっとある。何かが少しずつ薄れていく感覚があって、それが何なのかを言葉にしておきたかった。うまく説明できるかはわからない。それでも書いておく。
春の終わりに、私は県境の町に引っ越した。仕事の都合というよりは、半ば逃げるような形だった。前の職場での人間関係、慣れすぎた街の空気、何もかもがうっとうしくなった時期で、とにかく知らない場所に行きたかった。不動産の検索サイトで見つけたのが、今のアパートだった。築古で家賃が安く、写真で見る限り部屋は思ったより広かった。駅から徒歩二十分という立地も、むしろありがたかった。人と関わらなくて済む距離感に思えたから。
内覧したのは平日の昼間で、管理会社の担当者が鍵を開けてくれた。部屋は悪くなかった。南向きの窓から光が入って、壁のシミも許容範囲だと思った。ただ一点だけ、担当者に聞いたことがある。アパートのすぐ裏に、古い建物の基礎だけが残っているのが見えて、あれは何かと尋ねた。「ああ、昔の分校跡ですよ」と担当者は言った。「もう何十年も前に廃校になって、建物は取り壊されたんですが、基礎だけそのままで。地主さんがそのうち整地するって言ってるんですけどね」と笑って流された。私はそれ以上聞かなかった。古いコンクリートの基礎が雑草に埋もれているだけで、特に不気味とも思わなかった。
引っ越したのは五月の連休が明けた直後だった。段ボールがまだ半分以上開いていない状態で、初日の夜に停電が起きた。
最初は近所の工事か何かかと思った。ブレーカーを確認しようとしたが、スマホのライトで見ても落ちていない。外を窓から覗いたら、通り一帯が暗くなっていた。局所的な停電らしかった。電力会社に電話しようとしたら回線が繋がりにくく、そのうち繋がったオペレーターには「夜中には復旧する予定」とだけ言われた。仕方なく、スマホの充電をなるべく節約しながら、暗い部屋で段ボールの一つに腰かけていた。
どのくらい経ったころだろう。一時間か、それ以上か。スマホを置いて目を閉じていたとき、声が聞こえた。
外からではなかった。廊下でも、隣室でもなかった。部屋の中から、だったと思う。
私の名前を、呼んだ。
子供の声だった。性別というより、年齢がわかった。小学校の低学年くらいの、高くて薄い声だった。「――さん」と、ただそれだけ。苗字だったか、名前だったか、それすらも今ははっきり思い出せない。ただ、自分を呼ばれたことだけは確かだった。
私は動けなかった。声を上げることも、スマホのライトをつけることもできなくて、しばらくそのまま固まっていた。もう一度呼ばれることはなかった。しばらくして、何の前触れもなく電気が戻った。部屋は何も変わっていなかった。窓は閉まっていた。鍵もかかっていた。
翌朝、それを夢だと思おうとした。疲れていたし、知らない部屋で気が張っていた。眠りかけた瞬間に幻聴を聞くことは珍しくないと、どこかで読んだ気もした。そう言い聞かせて、段ボールを開け始めた。
最初に気になったのは、引っ越しから二週間後くらいのことだ。
荷ほどきが終わって、ようやく部屋らしくなってきたころ、棚に並べた本の数が少ない気がした。前の部屋から持ってきた本は全部で四十二冊、段ボールに詰めるとき数えた記憶がある。なのに棚に並べると、どう数えても三十九冊しかない。引っ越し業者に三冊落とされたかと思って、段ボールの底を探したが出てこなかった。業者に電話するほどのことでもないと思って、そのまま流した。
次に気になったのは、自分の声だった。
電話をするたびに、相手に「声が変わった?」と言われるようになった。母から、友人から、複数の人間に同じことを言われた。自分では変わった気がしない。録音して聞いてみたが、私にはいつも通りに聞こえた。
それから、写真だ。スマホのカメラロールを見ていて気づいたのだが、前の街で撮った写真の中に、私が映り込んでいるものがいくつかあった。他の人に撮ってもらったものや、自撮りしたものだ。それらを見ていると、顔はわかる、私だと思う、でもどこか他人のような感覚がある。懐かしいというより、知らない人を見ているような距離感があって、自分でも変だと思った。
もっと直接的なことも起きた。
近所のコンビニで店員に名前を呼ばれたことがある。ポイントカードか何かの手続きをしていて、確認のために「――さんですね」と言われた。それだけなら普通のことだ。でも、私はその瞬間に違和感を覚えた。呼ばれた名前が、自分のものとして体に馴染んでいなかった。一瞬、自分のことだとわからなかった。店を出てから、しばらく歩道に立ち止まって、自分の名前を小声で繰り返した。音の響きは知っている。でも、それが「自分」と結びついている感覚が、薄くなっていた。
このころから、私はアパートの裏にある廃校跡を、意識するようになった。
夜中に目が覚めると、窓から見える雑草の茂みが気になった。基礎のコンクリートが月明かりに白く浮いていた。昼間に近づいてみたこともある。蔓草に覆われたコンクリートの段差が、かつての廊下や教室の区画を、今もうっすら残していた。床タイルの欠片が土の中から覗いていた。中央に大きな桜の木があって、花はとっくに散った後だったが、幹は太く、根が基礎を割って盛り上がっていた。
その桜の根元に、小さなものが置いてあった。消しゴムだった。白い、四角い消しゴム。新品ではなく、角が少し削れていた。誰かが使いかけで置いたか、落としたものが残っているのか。でも、雨が降っても流されずにそこにあり続けていた。一週間後に見たときも、二週間後も、同じ場所にあった。
ある夜、夢を見た。夢の中で私は廊下を歩いていた。古い木の廊下で、窓の外は暗かった。廊下の端に、後ろ向きの子供が立っていた。振り返りはしなかったが、振り返ろうとしているのはわかった。私は声を出そうとした。出なかった。そこで目が覚めた。
目が覚めて、自分の名前を思い出すのに、少し時間がかかった。
数秒だったと思う。でも確かに、空白があった。
翌朝、母に電話した。他愛ない話をしながら、私は途中で聞いた。「ねえ、私って昔どんな子だった?」と。母は笑って、いくつかのエピソードを話してくれた。私はそれを聞きながら、頷いていた。知っている話だった。覚えている。でも、それが「自分のこと」だという実感が、どこかぼんやりしていた。記憶の内容はある。ただ、それが自分に繋がっているかどうかが、霧の中に入っていくような感じだった。
先週、スマホの写真を整理していたら、引っ越し当日に撮った部屋の写真が出てきた。まだ何もない、がらんとした部屋の写真だ。窓の外に、裏の廃校跡が見える。桜の木が写っていた。
桜の根元を、拡大してみた。
何も、置いていなかった。
消しゴムがない。引っ越した初日の写真なのだから、当然かもしれない。でも私はそれを見て、何かを考えようとして、やめた。考えると、何かが崩れる気がした。
今も、停電だった夜に声を聞いた確信は揺らいでいない。子供の声で、私の名前を呼んだ。それだけは覚えている。でも最近、ふとした瞬間に、あれが本当に私の名前だったのかどうか、わからなくなる。呼ばれたのは誰の名前だったのか。
消しゴムは今日も根元にあった。
これを書きながら、今の自分が何を失っているのか、うまく言葉にできない。物が消えたわけではない。記憶がなくなったわけでもない。ただ、少しずつ、自分というものの輪郭が薄れていく感じがある。誰かに呼ばれることで形を保っていた何かが、あの夜から、すり減り続けているような。
引っ越しから三ヶ月。これからも記録を続ける。
続けられるうちは。


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