毎朝同じ道を歩くたびに目に入る古い雑貨店。だが、同僚も地図アプリも、その場所には何もないと言う。自分だけが見えているものが、だんだんと自分の側へ近づいてきているような気がした。
その店に最初に気づいたのは、去年の春のことだった。
転職してから半年ほど経って、ようやく通勤ルートが体に馴染んできた頃の話だ。最寄り駅から会社まで、徒歩でだいたい二十分弱。途中に商店街のアーケードがあって、古びた理髪店とか、昼しか開いていない定食屋とか、もう何年も営業しているのかどうかも分からないような店が並んでいる。僕はその道を毎朝、音楽も聴かずにただぼんやり歩くのが習慣になっていた。
問題の店は、アーケードを抜けて少し歩いたところにある。大通りから一本入った細い路地の角で、縦長の古いビルの一階部分に入居している雑貨屋だ。正確には「雑貨屋」という表現が合っているのかどうか、自分でも確信が持てない。ガラスのショーウィンドウに、小さな置物や古めかしい薬瓶のようなものが並んでいて、奥に木製の棚がずっと続いていた。照明がオレンジ色に暗くて、いつ通っても人の姿は見えなかったけれど、扉は開いているように見えた。
気になってはいたが、通勤途中だし、立ち寄る理由もないまま毎日その前を素通りしていた。
違和感を覚えたのは、五月の連休明けだったと思う。同僚の佐伯さん——三十代半ばで、この辺りに十年以上住んでいるという人なんだけど——と、たまたま会社まで一緒に歩く機会があった。その日は彼女が少し遅刻気味で、駅でばったり会って、そのまま並んで歩いた。
僕はなんとなく、あの店の話をしてみた。ショーウィンドウに薬瓶みたいなものが並んでいる古い雑貨屋があって、いつも気になっているんですよ、と。すると佐伯さんは首を横に振って、「そんな店、ありましたっけ」と言った。
この辺、十年歩いてますけど、思い当たらないです、と。
「あの路地の角ですよ、ほら」と言いながら曲がって見せると、彼女は「ここ、空き家ですよね、ずっと」と、そのビルを見上げながら言った。
ビルは確かにそこにあった。一階のショーウィンドウも、棚も——あった。ただ、その朝に限って店の様子がどこか違う気がした。いつもより暗い。人の気配がない。でも「空き家」かと言われると、そうは見えなかった。
佐伯さんはそれ以上話を続ける様子もなく、「急がなきゃ」と先に歩き出してしまった。僕はもう少しその場に立ち止まって、ガラスの向こうを覗き込んだ。薬瓶は並んでいた。ちゃんと。
その日から、少し意識して見るようにした。
通るたびに、店は変わらずそこにある。ショーウィンドウの配置が日によって微妙に変わっているような気もするけれど、それは単に自分の記憶が曖昧なだけかもしれない。店の名前らしきものは、古い木の看板に文字が書いてあるんだが、劣化していて読めない。漢字が二文字か三文字、かろうじてそれだけは分かった。
スマートフォンの地図アプリで、その場所を調べてみた。衛星写真で見ると、確かにビルはある。でも、店の情報は何も出てこない。住所を打ち込んで出てくるのは「空地」という表示だった。アプリの更新が遅れているだけかと思って、別の地図サービスも試した。同じだった。
六月に入って、雨の多い時期になった。
雨の日は少し早めに家を出る。濡れた路面が嫌で、傘を差しながらいつもより急ぎ足で歩く。そういう日は店を気にする余裕もなく通り過ぎることが多かったけれど、ある朝、ふと顔を向けたら、扉が開いていた。
「開いている」というのは、今まで確認できなかっただけで、実際に人が出入りしているような状態になっていたということだ。木製の扉が内側に向かってわずかに開いていて、オレンジ色の明かりが外に漏れていた。雨の音の中に、かすかに何かの音が混じっているような気がした。高い音で、規則的な——鈴か、風鈴か、そういう類のもの。
僕は傘を畳んで、入り口に近づいた。
中から出てきた人はいなかった。扉のあたりまで寄って、なんとなく「すみません」と声をかけようとしたその瞬間、後ろから自転車が「危ない!」と叫びながら走り抜けていって、驚いて飛び退いた。気づいたら傘を落としていた。
傘を拾い上げて振り返ると、扉は閉まっていた。音も、明かりも、消えていた。
その日の夜、同じ沿線に住んでいる田辺という友人に電話した。田辺はもとからそっち方面に詳しくて、地域の古い話とかを集めるのが趣味なんだ。あの路地のあたりに変わった古い店があって、と説明すると、田辺は少し黙って、それから「ちょっと待って」と言った。
「そのビル、角の縦長のやつ?」
そうだ、と答えると、田辺は「あそこ、もう二十年以上前に廃ビルになったはずだよ」と言った。一階に何かの商店が入っていたのは確かで、ただどんな店だったかは調べても出てこない、と。地元の古老に聞いてみたことがあるけれど、「前からあったけど、何をやっていたのかは分からない」という答えしか得られなかったらしい。
「入ったことあるの?」と僕が聞くと、「そんな店、見たことないよ」と田辺は言った。「廃ビルは知ってるけど、店が入ってたのは記憶にないな、少なくとも俺が越してきてからは」。
通い続けているのに、なぜ僕にだけ見える店があるのか。田辺には廃ビルとして、佐伯さんには空き家として映っているものが、僕にはちゃんと営業している店に見えている。最初はそういう解釈の違いだと思おうとしていた。でも、だんだんそうは思えなくなってきた。
七月の終わり。朝、店の前を通ったとき、ショーウィンドウに並ぶ薬瓶のひとつに気づいた。ラベルが貼ってあって、そこに文字が書いてある。今まで気にしていなかったか、それとも新しく置かれたのか——小さな筆文字で、何かが書いてあった。
ガラスに顔を近づけて読もうとした。
ラベルには名前が書いてあった。
正確には、名前のように見えるひらがなの羅列だった。誰かの名前。僕には見覚えのない名前。ただ、読んでいるうちに妙な感覚があった。その名前の発音が、どこかで聞いたことがあるような気がした。具体的にどこで、とは出てこない。ただ、音として、体のどこかが覚えているような。
僕はその場でスマートフォンを取り出して、写真を撮ろうとした。
シャッターを切った。
画面を見ると、ショーウィンドウが映っていた。薬瓶も映っていた。でも、ラベルは映っていなかった。いや、正確には——ラベルはあるんだけど、文字の部分だけが真っ白に飛んでいた。露出がおかしかったのかもしれない。もう一枚、近づいて撮った。また白く飛んだ。
五枚撮った。全部、ラベルの文字だけが消えていた。
その日を境に、僕は少しルートを変えようと思い始めた。遠回りになるが、あの路地を通らない道を使えばいい。単純な話だ。
ところが、最初に試みた翌朝、会社に着いてコートを脱いでいたとき、佐伯さんが「今日は違う道から来たんですか」と言った。それはその通りだったので、うなずいた。すると彼女は、「なんか、あの角の廃ビル、昨日から灯りがついてるみたいですよ」と言った。
「ご近所の人が不気味がってるって、うちの前の管理組合で話が出てたらしいんですよね」と。
彼女は当然のように「廃ビルに灯り」と言った。以前、空き家と言っていた彼女が、今度は灯りを確認している。ということは、何かが変わったのだろうか。それとも、前から灯りはあったのに、今になって見えるようになっただけなのか。
僕はどちらとも判断できないまま、その日は仕事を終えて帰った。
帰り道、別ルートを使ったが、どこかで方向を間違えたらしくて、気づいたらあの路地の前に出ていた。
夜のその場所は、また違って見えた。ショーウィンドウの明かりが、アスファルトの濡れた面に反射していた。扉の前に、人影があった。
背中を向けていたので顔は見えなかった。立っているというより、止まっている、という感じだった。動いていなかった。ただそこに、あった。
僕は声をかけようとして、やめた。理由は説明しにくい。声をかければ振り返るという確信が持てなかったから、というのが一番近い。
そのまま足を速めて、通り過ぎた。
翌朝から、また元の道を歩くようになった。遠回りしても結局あの前に出るなら、同じことだと思ったから。
今も毎日、その前を通っている。
店は変わらずそこにある。薬瓶の配置は、少しずつ変わり続けている。ラベルの名前は、また変わっているかもしれないけれど、もう写真は撮らないようにしている。
ひとつだけ、最近になって気になっていることがある。
あの店を最初に認識した日から数えて、何ヶ月かが経った。細かい日付はもう覚えていないんだけれど、一つのことに気づいた。
田辺が言っていた「廃ビルになったのは二十年以上前」という話を思い出して、改めて調べてみた。ビルの登記とか、そういったものではなくて、ただ地元の掲示板みたいなサイトに残っていた古い書き込みをたどっただけなんだけど。
そこに、一件の書き込みがあった。十五年ほど前の投稿で、ちょうどあの路地の角の店について書いてあった。「毎日通るのに今日初めて気づいた」「ショーウィンドウに薬瓶みたいなのが並んでいる」「でも誰も知らないと言う」——という内容だった。
書き込みはそれ一件だけで、返信はゼロ、続きはなかった。
投稿したアカウントはもう存在していなかった。
それ以上は調べていない。


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