巡回中、トンネルの人数が合わなかった話

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山中トンネルの夜勤警備員として働いていた俺が、巡回記録の「人数」が毎回ずれていることに気づいたとき、すでに何かが始まっていた。正しい数は、いったいどちらなのか。

これを書いておこうと思ったのは、あの仕事を辞めてからちょうど一年が経ったからだ。時間が経てば整理できると思っていたけれど、正直なところ、今もうまく説明できない部分がある。それでも書いておかないと、自分の中だけで腐らせてしまいそうで、こうしてブログに残すことにした。

俺は二十代の後半に、山間部を通る古いトンネルの管理施設で警備の仕事をしていた。場所は伏せるけれど、県境の山をひとつ貫くような、全長が三キロ近くある道路トンネルだ。開通してから三十年以上が経っていて、内壁にはうっすらと染みが浮き出ていて、換気のダクトがずっと低い音を立てているような、そういう古さがある場所だった。

仕事の内容は単純で、昼間の勤務と夜間の勤務を交互にこなしながら、トンネル内部と管理棟の巡回をおこない、記録用紙に時刻と状況を書き込んでいく。特に異常がなければ「異常なし」と書いて終わり。ほとんどの日はそうだった。

異変に気づいたのは、仕事を始めて三ヶ月が経った頃だ。

その日は平日の真昼、午後二時を回ったあたりの巡回だった。夜勤明けで午前中に仮眠を取ったあと、引き続き昼間の巡回もこなすというシフトの都合で、俺は一人でトンネルの中を歩いていた。

トンネルの中は独特の空気感がある。外が夏でも中はひんやりしていて、音が妙に平たく広がる。自分の足音だけがやけにはっきり聞こえて、反響がわずかにずれて返ってくる。それだけで少し気味が悪いと思う人もいるかもしれないけれど、俺は三ヶ月も経つとそれにも慣れていた。

巡回は、トンネルの入口側から歩き始めて、内部の中間点にある緊急用の待避所を確認し、出口側まで抜けてまた戻ってくる。往復で四十分ほどかかる。

その日、中間点の待避所に差し掛かったとき、俺はカウントしていた。

これは俺の癖みたいなもので、巡回中に通行者や作業員を見かけたとき、何人いたかを頭の中で数えておく。記録用紙に「通行者あり」と書くだけでなく、何人いたか書き添えるほうが正確だと思っていたし、前の担当者から引き継いだルールでもあった。

待避所の前を通り過ぎた時点で、俺が数えた通行者は三人だった。徒歩の人間がトンネル内にいるのは珍しいが、工事関係の業者が歩いて点検に入ることがあるので特に不思議ではなかった。作業服姿の男が二人、もう一人は少し離れた場所に一人でいた。

出口まで抜けて戻ってきたとき、管理棟で一緒に勤務していた先輩の田島さん(仮名)がちょうど休憩から戻ってくるところだった。

「どうだった」と田島さんが聞いたので、「中間点のあたりに三人いましたよ、業者の人かと」と答えた。

田島さんは少し首を傾けた。「三人?俺が午前中に入ったときは二人だったけど」

その時間帯に業者が入る届け出は出ていない、と田島さんは言った。ただ、届け出なしで点検に来ることも稀にあるから、そこまで気にしなかった。俺も「じゃあ一人増えたんですかね」と笑って流した。

記録用紙には「通行者三名確認、業者と思われる」と書いた。

次の巡回で俺が気になり始めたのは、それから二週間後だ。

また平日の昼間、午後一時過ぎの巡回だった。その日は田島さんが休みで、俺一人でのシフトだった。トンネルに入ると、中間点の少し手前に人影があった。今度は四人だった。同じような作業服姿で、特に不審な行動はなく、俺が近づくと会釈をした一人もいた。

管理棟に戻って記録用紙を開いたとき、ふと前回の記録が目に入った。「通行者三名確認」。

その時に、はじめてじわりとした違和感を覚えた。三人が四人になっていることじゃない。そういうことは普通にある。俺が気になったのは、記録用紙の右端に書かれた田島さんの前の担当分の記録だ。田島さんが午前中に確認したとき、二人だったと言っていたはずなのに、記録用紙には「一名確認」と書いてあった。

田島さんが口で言ったのは二人、でも記録に残っているのは一人。どちらが正しいのか確かめようがなかった。記憶違いかもしれないし、書き間違いかもしれない。俺は深く考えないようにして、その日の分を書き加えた。「通行者四名確認」。

それから俺は少し意識するようになった。

巡回のたびにトンネル内の人数を注意して数え、管理棟に戻ってから以前の記録と照らし合わせる。そうしていくうちに、ある傾向に気づいた。

記録用紙に書かれた数と、俺が覚えている数が、微妙にずれていることがある。ずれるのは一人か二人。多い場合も、少ない場合もある。最初は自分の記憶違いだと思っていた。何時間も歩いていれば数え間違いくらいする。でも、記録用紙に書いたのは俺自身なのに、翌日見返すと数が違っていることが二度、三度と続いた。

俺は試しにスマートフォンのメモ機能に、巡回から戻ったその場で人数を打ち込んでおくことにした。管理棟に戻ってすぐ、上着を脱ぐ前に打ち込む。そして翌日、記録用紙と照合する。

最初の一週間は、一致していた。

問題が起きたのは、その翌週の木曜日だ。

その日の巡回で俺が数えたのは、トンネル内に六人だった。作業服の男が五人と、少し離れた場所に一人、計六人。スマートフォンのメモにも「6」と打ち込んだ。

管理棟に戻って記録用紙を開き、ペンを走らせた。書いた数字は「5」だった。

書いた瞬間から、違和感があった。なぜ五と書いたのか自分でもわからなかった。スマートフォンを取り出してメモを確認すると「6」と書いてある。俺は五人と書いた記録用紙を見ながら、じわじわと背筋が寒くなった。

六人を数えたのに、五人と書いていた。手が先に動いたような感覚があった。

次の巡回で、俺はもう一度丁寧に数えた。五人だった。前回より一人減っていた。でも、何かが変だった。待避所の前に並ぶように立っていた作業服の人たちが、以前よりも動きが少ない気がした。俺が近づいても振り返らなかった。

気になってもっとよく見ようと少し足を止めたとき、奥の一人がゆっくりとこちらを向いた。顔は暗くてよく見えなかった。トンネルの中は昼でも薄暗い。

その人間と目が合った、と思った瞬間、背後から車両が来たのでそちらに対応した。振り返ったら、もう誰もいなかった。

そこから俺は、巡回のたびに憂鬱になっていった。人数を数えることが怖くなった。数えたら合わない。書いた数が、書いた記憶と一致しない。自分の認識が信用できない感覚というのは、本当に気持ちが悪い。

田島さんにこっそり相談したのは、それから三日後だった。

田島さんはしばらく黙って俺の話を聞いていた。それから静かに言った。「俺も前に、似たことがあった」と。

田島さんが言うには、五年ほど前、別の警備員がここで働いていた頃に、同じようなことがあったらしい。巡回のたびに人数の記録がずれる。書いた覚えのない数字が書いてある。その警備員は半年で辞めてしまったというが、理由は体調不良だったと聞いていると田島さんは言った。

「トンネルの人間ってのは、ちゃんと数えなくていいと思う」と田島さんは言った。「見えた分だけ報告して、しっかり数えようとしなくていい」

なぜですか、と聞いたら、田島さんはちょっと笑った。「俺もよくわかってない。でも、そうしてから気にならなくなった」

俺はそれを聞いて、少し拍子抜けした。もっと怖い話が出てくるかと思っていたからかもしれない。でも不思議と、その言葉は俺の中にすとんと落ちた。

次の巡回から、俺は人数を数えるのをやめた。「通行者あり」とだけ書いて、数字は書かないことにした。記録としては不完全かもしれないけれど、田島さんも黙認してくれた。

それから何事もなかったかのように、残りの勤務をこなした。トンネルの中に人影があっても、数えなければ数は合わない。合わない数が生まれない。ただそれだけのことで、あの薄気味悪い感覚がなくなっていった。

俺がその仕事を辞めたのは、別の理由だ。実家の事情があって引っ越す必要が生じて、そのタイミングでやめた。怖くて辞めたわけじゃない、と思っている。たぶん。

辞める前日、最後の巡回でトンネルを歩いた。昼過ぎの、光の少ない時間帯だった。待避所のあたりを通り過ぎるとき、俺は意識的に前を向いたまま歩き続けた。数えなかった。

ただ、その日の記録用紙を書こうとしたとき、俺は手が止まった。

前日の田島さんの記録に、久しぶりに数字が書いてあった。「通行者、七名確認」。

田島さんに確認しようとしたけれど、ちょうど外回りに出ていていなかった。翌日には俺はもう出勤しない。だから結局、そのまま終わりになった。

七人という数字が、今も頭の中に残っている。

数えなければ合わない。数えようとするから、ずれる。

それが答えなのかどうか、俺にはまだわからない。あそこに本当に何がいたのか、あるいは何もいなかったのか、それも含めてわからないままだ。ただ、田島さんが「数えなくていい」と言ってくれたことで、俺は最後まで無事に勤めることができた。それだけは確かだと思っている。

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