大晦日の夜、団地の館内放送で流れた「年越し特番」。でも、その放送は最初から存在しなかった。記録も、記憶も、そして人さえも、少しずつ消えていく。
これを書いているのは、たぶん何度目かだと思う。
そう気づいたのは、ずいぶん後になってからのことだった。最初に気づいたときには、もう手遅れだったのかもしれない。でも、書き残しておかないといけない気がして、こうしてまたキーボードに向かっている。
わたしは今も、介護施設の夜間スタッフとして働いている。正確には「夜間対応の訪問介護」で、関わっている施設のひとつが、県境の山間にある古い団地の一角に入居者さんを抱えていた。施設というより、いくつかの住戸を借り上げて、入居者さんがそこで暮らしながら必要に応じてケアを受けるタイプのもので、わたしは週に三回ほど、深夜から明け方にかけて巡回に入っていた。
その団地は昭和四十年代に建てられたもので、五棟が向かい合うように並んでいる。エレベーターはない。廊下の電球はいくつかが切れたままで、交換が追いつかない場所もあった。管理組合はあるらしいのだが、住人の高齢化が進んでいて、実質的にほとんど機能していないと聞いていた。それでも、住人はまだ三十数世帯いて、とくに大きなトラブルがあるわけでもなく、ひっそりと時間が流れているような場所だった。
それが、去年の大晦日の夜のことだ。
わたしはいつもより早く施設に入った。年越しということで、入居者さんたちが少し興奮気味で、夜中に何度も呼び出しがあるかもしれないと上司から言われていたからだ。午後十一時ごろ、ひと通りの巡回を終えて、スタッフ用に使っている部屋で記録を書いていた。
その部屋は一階の端にあって、小さな窓が中庭に面していた。外はしんと静まり返っていて、たまに風が通り抜けると、団地の古い共用廊下がきしむような音がした。
そのとき、館内放送が入った。
団地の館内放送というのは、管理組合が使うスピーカーで、普通は「ゴミ出しの日程が変わります」とか「水道工事のお知らせ」といった内容しか流れない。それも昼間だけで、深夜に放送が入ることはまずない。
だから最初は耳を疑った。
スピーカーからは、まずノイズが入った。砂嵐のような、細かいざらつきのある音。それからチューニングを合わせるときのような音が続いて、やがて男性の声が流れてきた。
「――では引き続き、年越し特番をお届けします。次は、この団地に暮らす方々から寄せていただいたメッセージをご紹介します」
わたしは手を止めた。
年越し特番、という言葉がどうも頭に引っかかった。団地の館内放送で、年越し特番なんて聞いたことがない。というより、そんなものが存在するなんて考えたこともなかった。
声は続いた。落ち着いた、どこかなつかしい感じのするトーンで、テレビの昔のアナウンサーみたいな話し方だった。
「まず最初のメッセージです。三棟二〇二号室、山田さんからいただきました。『今年も一年ありがとうございました。来年もよろしくお願いします』」
わたしはメモ帳を取り出して、聞こえた内容を書き留めた。職業柄、こういうとき反射的に記録を取る癖がついている。
放送は十分近く続いた。次々と住人の名前と部屋番号が読み上げられ、そのたびに短いメッセージが紹介された。声のトーンは変わらず穏やかで、しかしどこか、ひどく古いものの録音を聴いているような感じがした。
やがて放送は、またノイズに戻り、消えた。
わたしはメモを見返した。三棟二〇二号室、山田さん。四棟五〇一号室、川上さん。二棟一〇三号室、西村さん。合計で十三件のメッセージが読み上げられていた。
翌日、施設の担当者に話した。放送のことを報告しておくべきだと思ったからだ。
担当者は首をかしげた。
「館内放送、ですか。大晦日の夜に?」
「ええ、はっきり聞こえました。年越し特番、という言葉で始まって」
担当者はしばらく考えてから、管理組合の連絡先に電話してくれた。しかし電話口の担当者は、そんな放送は出していないと言い切った。第一、館内放送の設備は数年前から不具合があって、今は使えない状態だという。
使えない設備から、わたしは放送を聴いた。
それだけでも十分おかしな話だが、わたしが本当に気になったのはメモの内容だった。読み上げられた住人の名前と部屋番号を、担当者に確認してもらったのだ。わたしたちの施設が関わっている入居者さんたちの情報がある程度あるから、照合できると思った。
三棟二〇二号室、山田さん。
担当者は少し間を置いてから言った。「その部屋、今は空き室ですよ。山田さんという方が住んでいたのは、十年以上前の話だと思います」
全部調べるには時間がかかったが、わたしがメモした十三名のうち、現在も団地に住んでいる人は、ひとりもいなかった。全員が、すでに転居しているか、あるいは亡くなっているか、だった。
それが一月のことだ。
それから二週間ほど経って、一緒に夜間を担当していた同僚の早坂さんが、突然シフトから外れた。体調不良だと聞いていたが、詳しいことは教えてもらえなかった。早坂さんはあの団地の担当を長くやっていて、住人の顔と名前をよく覚えていた。放送のことを話したとき、彼女だけが「あの放送、前にも聞いたことがある気がする」と言っていた。
その言葉が、ずっと頭に残っている。
早坂さんはそれきり、職場に戻ってこなかった。人事の人に訊いたら、「早坂さん? そういうスタッフは担当に入っていないはずですが」と言われた。シフト表を見せてもらったが、確かに早坂という名前はどこにもなかった。去年の分のシフト表も出してもらったが、やはりなかった。
わたしはスマートフォンのトーク履歴を確認した。早坂さんとのやり取りが、ついこの間まであったはずだった。
履歴は、なかった。
連絡先そのものが、消えていた。
それからしばらくして、わたしは自分のメモを見返した。大晦日の夜に書き留めた、あの十三名のリストだ。最初に書いたときは確かに十三名分あった。
数えたら、十二名になっていた。
もう一度数えた。十二名だった。
わたしはどの名前が消えたのかを思い出そうとしたが、最初から十三名だったという確信だけがあって、誰がいなくなったかが、どうしても出てこなかった。
三月に入ってから、その団地での担当を外れた。理由は、別の施設のシフトが増えたためで、上司からはとくに何の説明もなかった。わたしは少しほっとしたし、少し後ろめたい気持ちもあった。
でも、今も夜間の巡回をするとき、廊下に差し込む外灯の光を見るたびに、あの大晦日の放送を思い出す。
穏やかな声が、ひとりひとりの名前を読み上げていく。
来年もよろしくお願いします、来年もよろしくお願いします、と。
もうひとつ、気になっていることがある。
先日、引き出しを整理していたら、古いメモ帳が出てきた。使った覚えのないページに、見知らぬ筆跡で何か書かれていた。
それはわたし自身の字だった。
書かれていたのは、あのリストだった。大晦日の夜に書き留めた、十三名の名前と部屋番号。
でも最後の行に、もう一件、書き加えられていた。
「五棟三〇四号室、――。来年もよろしくお願いします」
名前の部分は、インクが滲んで読めなかった。
いや、違う。
よく見ると、滲んでいるのではなかった。
消えかけていた。
――これを書いているのは、たぶん何度目かだと思う。


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