【意味が分かると怖い話】あの映像に、私が映っていた

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引っ越したばかりのアパートで、深夜2時になると必ず同じ映像が届くようになった。問題は、その映像に映っていたのが、見知らぬ誰かではなかったことだ。

引っ越しを決めたのは、去年の秋のことだった。

職場に近くて、家賃が安くて、築年数はそこそこ古いけれど日当たりがいい。内見のときに不動産屋の人が言った「静かな環境です」という言葉を、私はそのまま信じた。実際、周辺は静かだった。国道から一本入った住宅街の路地で、夜になると人通りもほとんどなくなる。ひとり暮らしには申し分ない場所だと思った。

気になったのは、アパートのすぐ裏手にある建物のことだった。

「あれは何ですか」と聞いたとき、不動産屋の担当者は少し間を置いてから「もともと療養施設だったところです」と答えた。今は使われていない、と。窓はすべてベニヤ板で塞がれていて、敷地の周囲には錆びた金属フェンスが張り巡らされていた。草が伸び放題で、建物の外壁は黒ずんでいた。フェンスの一部には「立入禁止」と書かれた古い看板がかかっていたけれど、文字はほとんど読めないくらいに色が褪せていた。

不動産屋はそれ以上詳しいことを話さなかったし、私も特に聞かなかった。古い施設が閉鎖されて放置されているなんて、珍しい話でもない。家賃の安さのほうが大事だと思っていた。

引っ越しを終えたのは十月の半ばで、荷物の片付けに数日かかった。生活が落ち着いてきたのは十一月に入ってからで、そのころから私はスマートフォンに届く通知を意識するようになった。

きっかけは、アプリだった。

私のアパートには管理会社が設置した見守りカメラがついている。エントランスと、共用廊下の二か所に設置されたカメラで、住人はそれぞれのスマートフォンのアプリから映像をいつでも確認できる仕組みになっていた。防犯のためで、映像は管理会社のサーバーに一定期間保存される。引っ越しのときに管理会社から説明を受けて、アプリをインストールはしたものの、最初のうちはほとんど使っていなかった。

その通知に気づいたのは、十一月の下旬のことだ。

深夜の二時すぎに、アプリから通知が来た。「動体検知:エントランス」という内容だった。誰かがエントランスを通ったか、あるいは検知センサーが何かに反応したらしい。深夜に通知が来たことが少し気になって、私はアプリを開いて映像を確認した。

録画された映像は三十秒ほどで、エントランスの暗い空間が映っていた。画質はあまりよくない、古い防犯カメラによくある粗い映像だった。最初の十秒くらいは何も動いていない。ただ蛍光灯が薄く点いたエントランスと、ポストの列と、玄関ドアが映っているだけだった。

十五秒くらい経ったとき、玄関ドアが少し動いた。

と思った。

見直してみると、よくわからなかった。画質が粗いせいで、ドアが本当に動いたのか、カメラのフレームがぶれただけなのか判断がつかない。風が強い夜だったから、ドアが揺れたのかもしれない。とにかく人影は映っていなかったし、その後は何も起きなかった。誤検知か何かだろうと思って、私は寝た。

同じ通知が来たのは、次の週の深夜だった。

時刻はまた二時をすぎていた。今度も「動体検知:エントランス」という表示で、また映像を確認した。やはり人影はない。薄暗いエントランスと、ポストと、玄関ドアが映っていて、中盤でドアがわずかに揺れているように見えた。前の映像とほとんど同じだった。強いて言えば、今回のほうが少しだけドアの揺れが大きかったかもしれない。

誤検知、もしくは風、と片づけるには少し気になる頻度だったけれど、それでも特に行動を起こすほどではなかった。私は一人暮らしで、こういう小さな不安はできるだけ理屈で処理するようにしている。

その翌週も、同じ時刻に通知が来た。

今度は映像を見て、少し体が固まった。

エントランスの映像は、これまでと同じだった。暗い空間、ポスト、玄関ドア。中盤でドアが動く。問題はそこじゃなかった。

共用廊下のカメラにも、同じ時刻に通知が来ていた。

気づかなかっただけで、よく見ると通知は二件来ていた。エントランスのものを先に見ていたから、廊下のほうを確認するのが遅れた。廊下の映像を開いたとき、最初は何が映っているのか判断できなかった。共用廊下の壁と、各部屋のドアが映っている。そして廊下の奥のほうに、何かが映っていた。

人だった。

人が、廊下の突き当たりの窓の前に立っていた。映像が粗いから細部はわからない。でも人の輪郭であることはわかった。背が高くて、細くて、こちらを向いているのか背を向けているのかも判断がつかない。十秒くらいそこに立っていて、それからゆっくりと廊下の端、カメラの死角に向かって歩いていって、映像の外に消えた。

私は同じ映像を何度も見直した。

人影が消えた方向は、裏手に面した窓のあるほうだった。廊下の端には非常口があって、外の金属階段に繋がっている。でも映像には、非常口が開く様子も音も映っていなかった。人影はただ廊下の端に向かって歩いていって、そのまま消えた。

管理会社に連絡しようかとも思ったけれど、そのときはまだためらいがあった。映像の画質が悪くて、本当に人かどうか断言できなかったから。カメラの不具合や、光の加減によるものかもしれない。私は一晩考えて、とりあえず様子を見ることにした。

次の週も、同じ時刻に通知が来た。

エントランス。廊下。二件、同時に。

廊下の映像を開くと、同じ場所に人影が立っていた。先週とまったく同じ位置、廊下の突き当たりの窓の前。体の向きも、立ち方も、似ていた。そして同じように廊下の端に向かって歩いていって、消えた。

そのとき私は初めて、画面を最大まで拡大して人影を見た。

粗い映像の中で、輪郭だけかろうじて判別できる程度だった。それでも私は、見た瞬間に息が止まった。

その人影は、私の部屋の前で立ち止まっていた。

廊下の突き当たりではなかった。よく見ると、私の部屋の番号が書かれたドアの真前に立っていた。ドアに向かって立っているのか、ドアを背にしているのか、映像では判断できなかった。でも位置だけははっきりしていた。廊下の途中、私の部屋の前。

私はすぐに管理会社に連絡して、映像を確認してほしいと伝えた。

担当者は翌日に来て、映像を確認した。廊下のカメラを確認して、人影が映っている部分を何度も見直して、それからしばらく黙った。「確認します」とだけ言って帰った。

その日の夜、担当者から折り返しの電話がかかってきた。

電話口の声は、少し慎重な感じがした。担当者は「共用廊下のカメラ映像について確認したいことがあります」と言って、こんなことを聞いた。

「その日の深夜2時ごろ、お客様は外に出られましたか」

私は「いいえ」と答えた。寝ていた、と。

担当者は少し間を置いてから、続けた。

「廊下の映像を管理会社側でも精査しました。人影の映像は確認できました。ただ、エントランスのカメラには、その時刻に人が通った記録がないんです」

意味がわからなかった。廊下に人がいたのに、エントランスを通っていない。つまり、外から入ってきた人間ではない、ということになる。では、どこから来たのか。

「それと」と担当者は言った。「念のためもう一度確認させてください。その夜、外には出ていないということで間違いないですね」

間違いない、と答えた。

担当者は「わかりました」と言って、電話を切った。

翌朝、私はアプリの過去ログを一週間分さかのぼって確認した。毎週、深夜の二時前後。エントランスに通知。廊下に通知。エントランスに人影はなく、廊下には人影がある。毎週、同じ時刻に、同じパターンで。

そしてそのとき初めて気づいた。

廊下の人影が消える方向は、毎回同じだった。廊下の端、非常口のある方向。非常口の外は金属階段で、階段の先には裏手の駐車場がある。駐車場の向こうには、フェンスで囲われたあの建物が見える。閉鎖されたまま、草に埋もれたあの建物が。

私はもう一度、最初の週の廊下の映像を見た。

よく見ると、人影は立ち止まっていた。廊下の途中で、何かのドアの前で。

私の部屋の番号を、もう一度確認した。

映像の中の人影が立っている位置は、私の部屋の番号と一致していた。最初の週から、ずっと。

ここまで読んでくれた方に、一つ聞かせてほしい。

管理会社の担当者が私に「その夜、外に出ませんでしたか」と聞いてきたのは、廊下の映像に映っている人影の輪郭が、私に似ていたからなのか。それとも別の理由があったのか、私にはわからない。

あなたが私の立場だったら、どうする。

その映像を、消す? それとも、次の深夜二時を待つ?

私はまだ、その部屋にいる。

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