県境の小さな町に下宿した大学生が、夕方になると裏路地に人が増えていくことに気づいた。祭りの準備だと聞かされたが、その人数はある日を境に、明らかに増えすぎていた。
これはおれが大学一年の後期、つまり去年の秋から冬にかけて体験したことだ。記録として残しておく。
おれが住んでいた部屋は、県境の山間にある小さな町の、古い下宿屋の一室だった。大学から路線バスで四十分ほどかかる場所で、家賃が信じられないくらい安かった。同じ値段で都市部に住もうとすれば、窓のない三畳の部屋しか借りられない。それだけの理由で選んだ。
下宿は築年数不明の二階建てで、一階に管理人の老婦人が住んでいた。名前はキヨさんといった。小柄で白髪の、物腰の柔らかい人で、荷物の搬入を手伝いながら「遠くから来たの」と何度も確認するように聞いてきた。特に不審な感じはなく、ただ少し心配性な人なのだと思った。
部屋は二階の奥、廊下の突き当たりにあった。窓から外を眺めると、建物の裏手に細い路地が続いているのが見えた。人ひとりがかろうじて通れる程度の幅で、左右を古い板塀に挟まれた、薄暗い通路だった。その先がどこに続いているのかは、角度の関係でよくわからなかった。
引っ越しの翌日から、おれは大学と下宿の往復を繰り返した。サークルにも入っておらず、友人もまだほとんどいなかったから、夕方には部屋に戻って、ひたすら課題をこなす日々だった。
最初に気づいたのは、引っ越してから一週間ほど経った頃だった。
夕方の五時を過ぎたあたり、ちょうど西日が斜めに差し込んでくる時間帯に、何気なく窓の外を見ると、あの路地に人が立っているのが見えた。一人だった。老人のような体格で、こちらに背を向けて、ただ突っ立っていた。動いていない。
最初は「町の人が何かの話し合いでもしているのか」と思った。路地といっても、そこは私有地というわけでもないだろうし、おれが口を出せる話でもない。ただ、少し気になったのは、その人が本当にまったく動かないことだった。五分ほど見ていたが、微動だにしない。
やがて暗くなるにつれて見えなくなり、次の日には誰もいなかった。おれはすぐに忘れた。
次に気づいたのは、三日後の同じ時間帯だった。また誰かが路地に立っている。今度は二人だった。先日と同じく、こちらに背を向けて並んで立っている。動かない。話しているようにも見えないし、何かを待っているようにも見えた。
おれはキヨさんに聞いてみることにした。夕食後に一階へ降りていって、「裏の路地に人が立っていることがあるんですが、何かあるんですか」と尋ねた。
キヨさんは少し間を置いてから、「ああ、お祭りの準備ね」と言った。
この町には古くから続く秋祭りがあるらしく、その段取りをする人たちが毎晩集まるのだという。「路地が集合場所みたいになってるのよ、昔から」とキヨさんは笑った。柔らかい笑い方だったが、おれには少しだけ「それ以上は聞かないで」というニュアンスが漂っているような気がした。気のせいかもしれない。
なるほど、と思って自室へ戻った。
それからというもの、おれは夕方の五時になると、なんとなく窓の外を確認するようになっていた。最初は意識していなかったが、数えていることに気づいたのは、確認を始めて一週間が経った頃だった。
三人。
次の日は四人。
その次は、また四人。そして五人。
人数は増えたり、一定になったりしながら、確実に増えていった。全員がこちらに背を向けて立ち、動かない。見える範囲では十人を超えたことはなかったが、路地の奥、角の向こうには続きがあるはずで、そこに何人いるのかはわからなかった。
祭りの準備にしては、妙だとは思った。集まって何かを話し合う様子がない。作業をしている気配もない。ただ並んで立っているだけに見える。しかし、おれは学部の課題に追われていたし、近所づきあいというものに慣れていなかった。「まあ地域によっていろいろあるんだろう」とそれ以上考えるのをやめた。
祭りはいつあるんですか、と翌朝キヨさんに聞くと、「十一月の終わりごろ」とのことだった。まだひと月以上先だ。随分と早くから準備をするものだと思ったが、特に突っ込まなかった。
転機になったのは、十月の終わりのある夕方だった。
いつもどおり五時すぎに窓の外を見ると、路地に人が並んでいる。この日は特にはっきり見えた。夕暮れ前の光の角度のせいか、輪郭が妙にくっきりしていた。数えると、見える範囲で十二人。
ここで初めて、おれははっきりと「多すぎる」と感じた。
路地の幅は人ひとり分しかない。なのに人影は横並びに見えた。一列に縦に並べばそれほど不自然ではないが、どう見ても、路地の幅の中で横に並んでいる。
おれは窓を少し開けて、目を凝らした。
影、というより、人の形をした何かが、路地の幅に収まりきれない数で並んでいた。その「何か」は微動だにしない。夕風が板塀の隙間を抜けているのに、服の裾ひとつ揺れていない。
おれは窓を閉めた。
その夜、キヨさんのところへ行って、もう少し詳しく聞こうとした。しかし台所の電気は消えていて、ドアをノックしても返事がなかった。
次の朝、キヨさんは普通に廊下に出てきた。何事もない顔をしていた。おれは昨夜のことを切り出せないまま、「おはようございます」だけ言って部屋へ戻った。
それから数日、路地の様子を見るのが怖くなって、夕方はカーテンを閉めるようにした。しかし十一月に入ったある夕方、どうしても気になって、少しだけカーテンの端を開けてみた。
路地に誰もいなかった。
ほっとして、それから毎日確認するようになったが、やはり誰もいない。祭りが終わったのか、それとも準備が一段落したのかと思った。
十一月下旬、祭りがある、とキヨさんに言われた日、おれは別の用事で町の反対側にいて、祭り自体を見ることができなかった。
翌朝、「昨日はお祭りだったんですね」とキヨさんに言うと、彼女はおかしな顔をした。
「……お祭りは先週終わったわよ」
おれは思わず黙った。先週、確かにおれはこの部屋にいたはずだ。なのに、祭りの気配を何も感じなかった。音も、人の声も、何も。
「先週の何日ですか」と聞くと、キヨさんは日付を言った。
その日の夕方、おれはカーテンを閉めて部屋にいた。路地を確認しなかった日だ。
もしかして、あの夜に最後まで見ていたら、何かわかったのだろうか。それとも、見なかったことが正解だったのだろうか。
おれは今、もうその部屋にいない。後期の終わりに引っ越した。理由はいくつかあるが、路地のことが一番大きかったとは認めたくなかった。でも今になって思えば、そうだったと思う。
引っ越しの前日、最後にもう一度だけ窓の外を見た。昼間だったし、路地には誰もいなかった。ただ、板塀の足元に、等間隔に何かが置いてあった。小さくて、遠くてよく見えなかったが、形からして、人形のようなものに見えた。
数えると、十二個あった。
あの夕方に見た、人影の数と同じだった。
おれにはそれが、供え物なのか、目印なのか、それとも別の何かなのか、判断できない。祭りとの関係も、路地に並んでいたものの正体も、キヨさんが何を知っていたのかも、今でもわからない。
ただ、記録として残しておく。答えを出すつもりはない。もし同じような経験をした人がいれば、話を聞かせてほしい。それだけだ。


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