毎晩、母から着信がある

亡くなったはずの母親から、毎晩決まった時間に電話がかかってくる。履歴には番号が残り、折り返すと繋がる。しかし画面の向こうから聞こえてくるのは、少しずつ、何かが変わっていく声だった。

母が死んだのは、去年の十一月だった。

持病を抱えてはいたけれど、突然だった。夜中に施設から連絡があって、私が駆けつけたときにはもう冷たくなっていた。享年七十一。穏やかな顔をしていたと、施設の職員さんは言った。私にはただ、信じられなかった。前の週末に会いに行って、一緒に缶コーヒーを飲んで、来月の誕生日には何が食べたいかって話をしたばかりだったから。

葬儀は身内だけで済ませて、部屋の片付けも少しずつ進めた。母のスマートフォンは解約して、遺品の整理も一通り終わった。そのはずだった。

最初に気づいたのは、母が死んで三週間ほど経った頃のことだ。

その日の夜、風呂から上がってスマートフォンを見ると、着信履歴に見覚えのある番号が表示されていた。母の携帯の番号だった。解約済みのはずの、あの番号。

最初は見間違いだと思った。十一桁の数字なんて、似たようなものはいくらでもある。でも何度見ても、頭から末尾まで完全に一致していた。かけてきた時刻は午後十時十七分。私が風呂に入っていた時間とぴったり重なっていた。

折り返すかどうか、五分くらい迷った。解約した番号に電話したって、繋がるはずがない。でも指が勝手に動いて、コールボタンを押していた。

呼び出し音が鳴った。

三回鳴って、繋がった。

電話口から聞こえてきたのは、雑音ではなかった。息づかいだった。誰かが受話器のそばで、静かに息をしている音。

「もしもし」と私は言った。返事はなかった。ただ、その息づかいが少しだけ変わった。気のせいかもしれない。でも確かに、何かが聞こえていると気づいたような、そういう変化があった。

私はもう一度「もしもし」と言って、通話を切った。

その夜は眠れなかった。解約した番号が使えるわけがない。でも繋がった。繋がって、息があった。考えれば考えるほど、答えが出なかった。翌朝、携帯会社に問い合わせようと思っていたけれど、なんとなく躊躇って、結局しなかった。

二日後の夜、また着信があった。

時刻は午後十時十七分。同じ番号。

今度はすぐに出た。また息づかいが聞こえた。今回は少し長く待ってみた。三十秒くらい黙って、耳を澄ませていた。すると、はっきりとではないけれど、何かが聞こえた気がした。声というか、音というか、言葉の形をしかけた何かが、ざわっと鼓膜を撫でた。

聞き取れなかった。でも、なんとなく、母の声に似ていると思った。

それからだ。毎晩、電話が来るようになったのは。

時刻は必ず午後十時十七分。番号は必ず母の携帯だった。私は最初の数日間、毎回出て、黙って聞いていた。息づかいは毎回あった。でも言葉になることはなかった。週が変わる頃には、私の方も少し慣れてきて、出るのが習慣みたいになっていた。

変化が起きたのは、着信が始まってから二週間目に入ったあたりのことだ。

その夜も電話に出て、黙って待っていると、息づかいの中に明確な音が混じった。一音だけ。でも確かに、声だった。「あ」か「は」か、そういう単純な音。でも、それは母の声じゃなかった。

母の声は低くてハスキーで、年を取るにつれてさらに掠れていた。でもその夜聞こえた音は、少し高くて、薄くて、どこか違和感があった。うまく説明できないけれど、「母の声を模倣しようとしている何か」が出した音、という感じがした。

その夜から、着信に出るのが怖くなった。

でも切ることもできなかった。もしこれが本当に母なら、という気持ちが、どうしても抜けなかった。

十五日目の夜、また出た。今回は、はっきりと言葉が聞こえた。

「さむいね」

それだけだった。発音はぎこちなくて、イントネーションが少しずれていた。でも内容は確かに聞こえた。そして私は、その言葉に覚えがあった。母が口癖のように言っていた言葉。冬になると必ず、「さむいね」と言いながら私の手を握ってくれた。

泣いた。電話を持ったまま泣いた。でも同時に、ぞっとした。その声が、母のものではなかったから。「さむいね」という言葉は母のものだったけれど、声は違った。何かが母の言葉を知っていて、母の声に近づこうとしながら、まだうまくできていない。そういう感じがした。

翌日、姉に連絡した。姉とは母の死後あまり話せていなかったけれど、この件は一人で抱えるには限界だと思った。

「母のスマホって、ちゃんと解約した?」と聞くと、姉は「したよ、私が手続きした」と言った。「でも最近、あの番号から着信来てない?」と続けると、少しの間があった。

「来てる」と姉は言った。「毎晩来てる。でも、怖くて出られなくて。お姉ちゃんが出れずにいるの、もしかして私たちだけじゃないんだろうと思って」と。

姉妹で同じ着信を受けていたことがわかって、少しだけ安心した。でもそれと同時に、状況がもっと奇妙なものに思えてきた。解約済みの番号が、毎晩同じ時刻に、家族の電話に発信している。それは一体どういうことなのか。

私と姉で相談して、翌日の着信を一緒に確認することにした。

その夜、午後十時十七分、二人とも着信があった。姉はビデオ通話で私と繋がりながら、スピーカーで母の番号からの電話を受けた。

電話口から、息づかいが聞こえた。私のスマートフォン越しに、姉の部屋から流れてくるその音を、私も同時に聞いていた。

しばらくして、声がした。

「みんな、いるの」

今度は文章だった。そしてその声は、以前よりずっと母に近くなっていた。抑揚もイントネーションも、ほとんど正確だった。ただ一つだけ違うことがあった。息のタイミングが、おかしかった。言葉と言葉の間に呼吸がない。人が話すとき、必ずどこかで息を吸う。でもその声は、息継ぎをしなかった。

姉が電話を切った。

「なんで声が変わってきてるの」と姉は震えた声で言った。「最初は何も言わなかったのに」

私にはわからなかった。でも一つだけ、思ったことがあった。この声は、学習しているんじゃないか。私たちが電話に出るたびに、私たちの反応を見ながら、少しずつ母に近づいている。最初は息だけだった。次に音になった。それから単語になり、文章になった。

だとすれば次は、もっと完全な母になろうとするんじゃないか。

その日以来、私は電話に出るのをやめた。姉にもそう伝えた。着信は来る。毎晩、午後十時十七分に来る。でも私は画面を見て、番号を確認して、そのまま放置する。

出なければ向こうも諦めるだろうと思っていた。

でも着信は止まらなかった。

一ヶ月経っても、着信は来る。

そして昨日、一つ気になることがあった。着信履歴を改めて見ていたとき、ふと、時刻の記録を最初から確認した。三週間前から毎晩、午後十時十七分。

その時刻に覚えがあった。

スマートフォンのカレンダーを遡って、確認した。母が死んだ夜、施設から連絡があった時刻が、午後十時十七分だった。

私はそれを見て、しばらく動けなかった。

その時間に何かが起きたのか。その時間に何かが始まったのか。そもそも、電話をかけてきているのは何なのか。母の記憶を持っていて、母の言葉を知っていて、少しずつ母の声に近づいてきているその何かは、一体どこにいるのか。

今夜も、もうすぐ午後十時十七分になる。

私のスマートフォンは、テーブルの上に置いてある。画面を下向きにして、バイブレーションも切った。

それでも、電話が来ていることはわかる気がする。

そして今夜は、少し確かめたいことがある。出なければ声はどうなるのか。成長を続けられなかった声は、どこへ行くのか。

怖いとは思っている。

でも、もっと怖いのは、ある日突然、着信が止まることだ。

完成した、と判断されたとき、あの声は次に何をするのか。電話じゃない方法で、こちらに来ようとするんじゃないか。

そういうことを、ここ数日ずっと考えている。

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