帰省のたびに「なんとなく違う」と感じていた実家の階段。数えるたびに段数が変わり、やがて家族も、家そのものも、少しずつずれていく。
実家の階段が何段あるか、あなたはすぐに答えられるだろうか。
私は長いこと、その答えを持っていなかった。いや、正確に言えば、持っているつもりだったのに、確かめるたびに答えが違った。それに気づいたのは、三年ほど前のことだ。
実家は、県の北部に位置するちいさな町にある。山と川に挟まれた、冬になると雪が積もる地域で、古い木造の家が多く残っている静かな場所だ。私は二十代の半ばに進学で家を出て、そのまま仕事が決まり、今は都市部のアパートで一人暮らしをしている。実家に帰るのは盆と正月、多くても年に三度か四度というペースだった。
最初に違和感を覚えたのは、たしか三年前の秋の帰省だった。
母親の体調がすぐれないという連絡を受けて、急いで帰ったときのことだ。大したことはなかった。ちょっとした疲れで、二、三日寝込んだだけで回復した。私は一週間ほど実家に泊まって、家事を手伝いながら過ごした。
問題は、その帰り道に起きた。正確には、帰る前日の夜に起きた。
荷物をまとめながら、なんとなく階段を数えた。子どものころから数えた記憶がある。暇なときにのぼりながら「いち、に、さん」と声に出してかぞえる、あの癖だ。その夜は特に理由もなく、荷物を二階から下ろしながら声には出さずに、足で踏んで数えた。十四段だった。
ああ、十四段か、と思った。なんとなく、もっとあったような気がしていた。でも十四段。そう頭に入れて、翌日帰った。
それだけなら、何でもない話だ。
次に帰省したのは、その年の年末だった。大晦日に合わせて帰り、元日の夕方に戻るという短い滞在だった。その日も、なんとなく階段を数えた。今度は二階に上がるときに、一段一段意識しながら。
十六段だった。
あれ、と思った。前回、十四段じゃなかったっけ。でも記憶なんていい加減なものだし、気のせいかもしれない。下りるときにもう一度数えた。十六段。おかしい。でも確かめようがなかった。実家の階段に特別な特徴があるわけでもなく、写真を撮ったわけでもない。ただの木の段が、壁に沿ってのぼっているだけの、古い家によくある階段だ。
帰ってからも少し気になって、母親に電話したとき聞いてみた。「ねえ、実家の階段って何段だっけ」と、雑談の流れで。
母親は少し考えてから「十五段じゃない?」と言った。十五段。私が数えた十六段でも、秋に数えた十四段でもない。
「お父さんに聞いてみよっか」と母親が続けたので、電話口で父親に変わった。父親は即答した。「十三段やろ」と。
四回数えて、四つとも違う。
そのときは家族みんなで笑った話で終わった。「みんな適当やなあ」とか「今度帰ったとき測ってみよ」なんて言って。でも実際に帰ったとき、私たちは誰もそのことを思い出さなかった。日常の雑事に紛れて、そういうものはするりと消えていく。
次の帰省は翌年の春、彼岸の時期だった。祖母が亡くなったのがちょうど三年前の春で、その墓参りを兼ねて帰った。
そのとき私は、意識して階段を数えた。今度こそきちんと確かめようと思って、一段ずつゆっくりと踏みしめながら上った。途中でつまずかないように、手すりにも触れながら、声に出して数えた。
十五段だった。
前回の十六段とは一段違う。前々回の十四段とは二段違う。母親が言った十五段とは一致した。だからなんだ、という気もしたが、やっぱりすっきりしない。
下りながらもう一度数えた。
十五段。
もう一度、上った。
十五段。
その日はずっと十五段だった。そして私は、ようやく納得した気持ちで家を出た。十五段だ。これが正解だ。記憶というのはいい加減なもので、前回は数え間違えたんだろう、と。
でも帰りの電車の中で、ふとまた考え込んでしまった。
父親が言った「十三段」というのは、何だったのだろう。父親は毎日その階段を使っているはずなのに。自分の家の階段の段数を、二段も間違えるだろうか。
次に帰ったのは、その年の盆だった。
今度は帰ってすぐに数えた。玄関に荷物を置いて、コートも脱がないまま階段に向かった。家族が「おかえり」と声をかけてくるのに「ちょっと待って」と手を振って、一段ずつ踏んで数えた。
十七段。
声が出なかった。
絶対に間違えないように、下りながら数えた。十七段。もう一度上った。十七段。
おかしい。絶対におかしい。
でも家族に言えなかった。「また階段の段数の話?」と笑われるだけだと思ったし、言葉にして説明できる気がしなかった。「前は十五段だったのに今日は十七段なんだけど」なんて、自分で言っても馬鹿みたいだ。
その夜、私は手帳にメモを残した。「8月帰省、17段」。そして前のページを繰り返しながら、それまでの記憶をたどった。秋、十四段。冬、十六段。春、十五段。夏、十七段。
並べてみると、増えたり減ったりしている。規則性があるわけでもない。
翌朝、父親が台所で朝食を作っているところに声をかけた。「ねえ、昨日階段数えたんだけどさ」。父親は振り向かずに「ああ」と言った。「何段だった?」と続けると、父親は少し間を置いてから「数えんほうがええよ」と言った。
それだけだった。
「え?」と聞き返したけれど、父親はもうその話をしなかった。朝ご飯ができたよ、と言ってそれで終わった。私はその一言が気になって仕方なかったけれど、父親はそれ以上何も言わなかった。
「数えんほうがええよ」。
どういう意味だったのか、私は今でも考えることがある。単に「くだらないことを気にするな」という意味だったのか。それとも、父親自身もずっと前から気づいていて、でも見ないようにしていたのか。
その帰省の最終日、私はもう一度だけ階段を数えた。こっそりと、夜中に一人で。
十三段だった。
父親が最初に言った数字と同じだった。十三段。数え直しても、十三段。さっき昼間に上ったときは確かに十七段だったのに。
私はそのとき、少し背筋が冷えた。段数が変わっていることへの恐怖、というよりも、もっと根本的なところで何かがずれているような感覚。自分の感覚が信用できないのか、それとも階段そのものが信用できないのか、わからなくなる感じ。
実家に帰るのが、少し怖くなったのはその帰省の後からだ。
それからも、帰省のたびに数えてしまう。数えないでいられない。意識しないようにしようとしても、階段に足をかけると自然に数えている。そして毎回、違う数字が出る。多い日は十八段、少ない日は十二段。十五段で安定することもあれば、上りと下りで数字が変わることもある。
去年の冬、久しぶりに妹も帰省していたので、二人で一緒に数えてみた。妹は「え、なんでそんなの数えるの」と笑いながらも付き合ってくれた。
二人で声を合わせて、「いち、に、さん」と口に出しながら上った。妹が「じゅうよん」と言った瞬間、私はまだ十三段目を踏んでいた。二人で横に並んで上っているのに、一段の差が出た。
妹は「あれ?」と首をかしげて、下りてもう一度やった。今度は二人とも十五段で一致した。妹は「さっき私数え間違えたかな」と笑って、それ以上気にしなかった。
でも私には、さっきの一段の差が引っかかった。二人で並んで上っていて、なぜ一段違うのか。踊り場があるわけでもない、途中で向きが変わるわけでもない、ただまっすぐ上に延びているだけの階段なのに。
この前、実家を建てた大工のことを調べようとしたことがある。古い家なので、もう何十年も前に建てられた家だ。設計図でもあれば、正確な段数がわかるかもしれないと思って、父親に聞いてみた。父親は「さあ、どこかにあるかもしれんけど」とだけ言って、積極的に探そうとはしなかった。
そういえば、父親はあのときから、階段の話になると少しだけ表情が変わる。嫌がるわけでも怒るわけでもない。ただ、話を終わらせようとする。「数えんほうがええよ」と言ったあの朝みたいに。
父親は何を知っているのだろう。それとも何も知らないから、知らないままでいようとしているのだろうか。
次に帰省するのは来月の予定だ。
帰ったらまた数えるだろう。数えないでいられないのは、もうわかっている。そして、また違う数字が出るだろうことも、なんとなく予感している。
ひとつだけ、最近気になっていることがある。
実家の階段には、壁に沿って薄いクロスが貼られている。白いというか、くすんだ薄い色の、模様もない古いクロスだ。子どものころから見慣れた壁だ。先日、実家で撮った写真を整理していて、数年前に撮った写真と今のものを並べてみた。
階段の壁が、写真によって違う。
階段の壁に、継ぎ目がある写真と、継ぎ目がない写真がある。同じ壁なのに。同じ場所のはずなのに。
階段の段数が変わっているなら、壁の高さも変わっているということになる。
それはつまり、何が変わっているのだろう。
答えは出ていない。私にはわからない。ただ来月も実家に帰って、荷物を置いて、家族と飯を食って、また一人で夜中に、あの階段をゆっくりと踏みながら数えるのだと思う。
そしてまた、知らない数字が出る。


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