二十三歳の誕生日から毎年欠かさず届く差出人不明の手紙。消印も、筆跡も、毎回まったく同じだった。その手紙が、ある年だけ届かなかった。
最初の一通が届いたのは、私が二十三歳になった日のことだった。
当時、私は県境の町にある小さなアパートに一人で住んでいた。大学を出てすぐ地元を離れ、知り合いもほとんどいない土地で就職したばかりで、誕生日を誰かに祝われることもなく、ただ静かに朝を迎えた日だった。
郵便受けを開けたとき、最初はてっきり広告か何かだと思った。茶封筒で、少し厚みがあって、表には私の名前と住所が書いてあった。ただ、差出人の欄には何も書かれていなかった。裏返しても、名前どころか住所すらない。消印は読み取れないほど薄く、かすれていた。
中を開けると、便箋が一枚入っていた。罫線のない白い紙に、黒のボールペンで、文字が書いてあった。
「今年もつつがなく」
それだけだった。
誰かのいたずらだろうと最初は思った。名前と住所を知っている誰かが、面白半分に送ってきたのだろうと。ただ、思い当たる人間がいなかった。新しい土地に引っ越して来て日が浅く、この住所を知っているのは職場と、地元の家族くらいなものだった。実家の母に聞いてみたが、「そんなもの送ってない」とあっさり否定された。父もそうだった。職場の同僚がいたずらで送るような雰囲気でもなかった。
気味が悪いとは思ったけれど、怖いというほどでもなかった。その封筒は引き出しの奥に入れて、そのまま日常に戻った。
翌年の、同じ日。また届いた。
今度は少し緊張しながら封筒を開けた。中の便箋には、やはり同じ文字で、同じ言葉が書いてあった。
「今年もつつがなく」
筆跡まで、去年のものと見分けがつかないほど同じだった。消印もかすれていて、差出人の欄も空白だった。郵便局に問い合わせてみたが、担当の人も「配達記録が残っていない」と困惑した様子で、それ以上のことはわからなかった。
その年から、私は毎年その手紙が届くことを、ある種の儀式のように受け取るようになった。
五回目、六回目と続くうちに、恐怖よりも不思議な安心感のようなものが生まれていた。誕生日になれば必ず届く。差出人は不明で、文面は変わらない。ただ、「今年もつつがなく」と書かれた一枚の便箋が、毎年同じ日に郵便受けに収まっている。そういうものとして、私の中で定着していた。
就職して三年目に職場を変え、アパートも引っ越した。引越し先は県境から少し離れた町の、やや古いマンションだった。住所が変わったのだから、もう届かないだろうと思っていた。しかし、誕生日になると封筒は届いた。新しい住所に、何事もなかったかのように。
その頃には、もう驚くよりも「やはりそうか」という気持ちのほうが大きかった。おそらく私の誰かの身内が送っている、と考えることをやめていた。身内のいたずらなら、もうそろそろ種明かしのひとつもあっていいはずだった。友人に話したことも一度あったが、「それ普通に怖くない?」と言われただけで、何かが解決するわけでもなかった。
手紙は毎年届き続け、私は三十代になった。
一通目から十年が経った年。私は仕事の都合で、しばらく別の土地に滞在することになった。出張というほど短くもなく、かといって引越しというわけでもない、三ヶ月ほどの仮住まいだった。荷物は最低限で、郵便の転送届も出していなかった。誕生日はちょうどその期間の中にあった。
その年、手紙は届かなかった。
仮住まいだったから、と思った。住所が中途半端な状態だったから、届かなかったのだと。それだけのことだと、そのときは思っていた。
でも、三ヶ月後に戻って、マンションの郵便受けを確認したとき、積もった郵便物の中に例の封筒がないことを確かめたとき、妙な感覚がした。怖いとか寂しいとか、そういう感情とは少し違う。何か大切なものがずれた、あるいは外れた、そういう感覚だった。
翌年の誕生日、また届いた。
ほっとした自分に、自分で少し引いた。
その年の手紙を開けると、いつもと同じ便箋に、いつもと同じ筆跡で、いつもと同じ言葉が書いてあった。「今年もつつがなく」。何も変わっていなかった。
ただ、その年初めて、私は便箋の裏を確認した。いままで表しか見ていなかったことに、そのとき初めて気づいた。なぜ今まで確認しなかったのか、自分でも理由がわからなかった。
便箋の裏には、何も書かれていなかった。
白い紙の裏面を光にかざしてみたとき、うっすらと、何かが透けているような気がした。それが文字なのか、それとも単なる紙の模様なのか、判然としなかった。目を細めて、角度を変えて見ると、何かが書いてあるようにも見える。でも、読み取れるほどではなかった。
過去の手紙を全部引っ張り出してきた。保管してあったのは最初の一通からで、計十二通あった。全部の便箋を光にかざしてみた。どれもうっすらと、何かが透けているように見えた。ただ、はっきりとは読めなかった。
一通目と最新の手紙を並べてみた。紙の質感も、便箋の大きさも、黒いボールペンの線の太さも、どれも同じだった。十二年前の紙が、まったく変色していなかった。
そのことが、じわじわと気になり始めた。
紙は古びる。どんなに大事に保管していても、十二年も経てば少し黄ばんだり、匂いが変わったりするはずだ。でも、一通目の封筒も便箋も、今年届いたものと見分けがつかないほど白かった。
翌年の誕生日。今年で十三通目になる手紙が届いた日、私はその場で封筒を開けず、代わりに外側をじっくり眺めた。
封筒の表に書かれた私の名前と住所。黒いボールペンの筆跡。そこで私はある違和感に気がついた。
今のマンションに越してきてから八年になる。住所はずっと変わっていない。でも、封筒に書かれた住所は、越してきた当初の書き方と、今では微妙に異なるはずだった。町の表記が、行政の都合で数年前に一部変更になっていた。古い表記と新しい表記、どちらで書かれているかを確認しようとした。
封筒に書かれた住所は、どちらでもなかった。
見慣れているはずの自分の住所なのに、書かれている文字列が、じっと見ていると少しずつ意味をなさなくなっていく感覚があった。読めているようで読めていない。自分の名前のほうを見ると、それは確かに私の名前だった。でも住所の部分を見ると、何かがずれている。
翌朝、もう一度封筒を見た。すると今度は、普通の住所として読めた。昨晩の違和感が嘘のようだった。見間違えたのかもしれないと思うことにした。
その手紙を、今は引き出しの中にしまってある。
今年の誕生日まで、あと数日だ。
十四通目が届くのかどうか、今は少し考えている。届いたなら届いたで、またいつものように引き出しにしまうだろう。届かなかったなら、届かなかったで、それはそれで何かが変わったということだ。
ただ、最近になって気になっていることがひとつある。
職場の同僚が先日、「年賀状でもないのに、誕生日に手紙を送ってくれる人がいるの、いいね」と言ってきたことがあった。私が手紙の話をしたことは一度もなかったので、驚いて「何でそれを知ってるの」と聞いた。
同僚は不思議そうな顔をして、「え、前に話してくれたじゃない。毎年届くって」と言った。
私にはまったく覚えがなかった。
その話をした記憶が、どこにもない。
封筒を光にかざしたとき、透けて見えた何かが、ある文字の形に見えたことを、今ここに書いておく。はっきり読めたわけではない。気のせいかもしれない。でも、もしあれが文字だったとするなら、こう読めた気がした。
「来年は来られないかもしれない」
誰の言葉なのか、私にはわからない。来年、手紙が届くかどうかも、わからない。
ただ、誕生日が来るたびに思うことがある。差出人は一度も名乗らなかったけれど、毎年この日に、誰かが私のことを思っていた。それだけは確かなことのような気がして、私は今もその手紙を捨てられずにいる。


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