通勤に使う路線バスの、決まった停留所に、いつも同じ人が立っている。ある日、その人が自分を「待っていた」ことに気づくまでの話。
これは去年の秋ごろから、今年の春にかけて、私が実際に体験したことです。怖い話というより、今も答えが出ていない話、という感じの方が近いかもしれない。それでも誰かに聞いてもらいたくて、こうして書き留めています。
私は二年ほど前から、県境に近い小さな町に住んでいます。職場まで電車とバスを乗り継いで、片道およそ五十分。毎朝同じ時間に家を出て、同じルートを通る、それだけの話です。
バスは一時間に二本しか来ないローカル線で、乗客もほとんどいません。私が乗るのは七時十五分発のバスで、出発するバス停から終点に向かう途中、「片倉橋」という停留所を通過します。橋のたもとにあるただの停留所で、周囲には民家が数軒と、廃業したような小さな商店があるだけの、何の変哲もない場所です。
最初にその人に気づいたのは、確か十月の半ばだったと思います。バスの窓から何となく外を眺めていたら、片倉橋の停留所に、老いた女性が立っているのが見えました。七十代か、あるいはもっと上かもしれない。薄いグレーのコートを着て、小さなハンドバッグを両手で持って、ただ前を向いて立っていました。バスが停車しても乗ってこなくて、乗客もいないまま扉が閉まって、バスは走り出しました。
誰かを待っているのかな、とその時は思っただけです。
それが翌朝も、その翌朝も続きました。同じ時間、同じ場所、同じ格好の老女が、停留所に立っている。バスが停まっても乗ってこない。別の方向のバスを待っているのかな、と思いましたが、この路線は一方向しか走っていないので、それも少し変な話です。でも毎朝同じ光景を見ていると、人はだんだん慣れてしまうもので、十一月になるころには、あそこにはいつもあの人が立っている、というのが私の通勤風景の一部になっていました。
変化に気づいたのは、十一月の末です。いつものようにバスが片倉橋に差しかかり、私が何となく窓の外を見たとき、老女がこちらを向いていました。それまではずっと前方を見ていたのに、その日初めて、バスの方向を向いて立っていたんです。
バスが停留所に入って、扉が開いて、老女は乗ってきませんでした。でも、扉が閉まるまでの数秒間、女性の視線がまっすぐ私のいる窓に向いていた気がして、なんとなく落ち着かない気持ちになりました。気のせいかな、と思いながら職場に着いて、仕事をしているうちに忘れました。
次の日も、また次の日も、老女はバスの方を向いて立っていました。そしてある朝、私はようやく気づいてしまったんです。女性の視線が、バスという大きな物体に向いているのではなく、バスの中の、私が座っている位置に向いていることに。
自分が座る場所は毎回ほぼ同じです。後ろから三番目の右側の窓際。混んでいないから好きな席に座れて、いつもそこにいます。そして老女は毎朝、その高さ、その位置を見ている。
人間って、見られていると本当にわかるものなんですよね。説明できないけれど。動物的な感覚というか。私は何日かそれを確かめてみました。席を変えて乗ってみた日があって、その日も女性は私が移動した席の方を見ていました。前から二番目の左側の窓際。その位置を、正確に見ていた。
寒気がしました。
一度、バスの運転手さんに聞いてみたことがあります。片倉橋にいつも立っている女性のことを知っていますか、と。運転手さんは少し考えてから、ああ、と頷いて、「あそこの方ですよね。毎朝いらっしゃいますね」と言いました。乗ってこないんですか、と聞くと、「うちのバスは乗らないですね。向こうのバスを待ってるのかと思ってたんですけど」と、首をかしげていました。
向こうのバス、というのは、反対方向に走る別の路線のことだと思います。でも私はその路線の時刻表を調べてみて、また少し変な気持ちになりました。反対方向のバスは、私のバスが通る七時十五分の前後には来ない。最も近い時刻でも、三十分以上後です。それを毎朝、ただ立って待っているとしたら、ずいぶん早くから来ていることになります。
年が明けて一月になっても、老女は変わらずそこにいました。冬の寒い朝でも、薄いグレーのコートだけで。霜が降りている日でも、雨が降っている日でも。傘を差していることはあっても、それ以外の格好が変わったことは一度もありませんでした。同じハンドバッグ、同じコート、同じ立ち方。毎朝同じ。
私が異常だと感じ始めたのは、二月の終わりのことです。その日は体調が悪くて、いつも乗るバスより一本遅い、八時ちょうど発のバスに乗りました。寝坊ではなく、少し休んでから職場に連絡を入れて、遅れて出かけたんです。片倉橋を通過する時間は、いつもより四十分以上遅くなります。
それでも、老女はいました。
同じ場所に、同じ格好で立っていました。そして私の方を見ていました。
私が乗っているのはいつもと違うバスで、時刻も違うのに。
その瞬間、背筋が冷えました。この人は私を待っているのかもしれない、という考えが頭の中に浮かんで、それを振り払おうとしたけれど、うまくできませんでした。
その後、私は何度か試しました。一本早いバス、一本遅いバス、時間帯を変えて乗ってみた。結果は毎回同じでした。どの時間でも、片倉橋には老女がいた。そして私のいる窓の位置を見ていた。
三月の初め、一度だけ、バスを降りてその場所に行ってみようと決心したことがあります。仕事が休みで、昼過ぎに時間があって、一人で片倉橋まで歩いていきました。
停留所には誰もいませんでした。
当たり前と言えば当たり前のことです。あの老女がいるのはいつも朝の時間帯だから。でも私は、何か痕跡のようなものを探して、停留所の周りをぐるぐると見回してしまいました。コンクリートのポールと、色褪せた時刻表が貼られたボードがあるだけで、何もありません。停留所のすぐ脇に橋の欄干があって、下には水の少ない川が流れていました。
帰り際、廃業していると思っていた商店のそばを通ったとき、シャッターに何か張り紙がしてあるのに気づきました。古い紙で、ほとんどの文字が雨で滲んでいて読めませんでしたが、日付だけがかろうじて読めました。十数年前の日付でした。何の張り紙なのかは、わかりませんでした。
その後しばらく、老女は変わらず停留所にいました。私を見ていました。私はできるだけ窓の外を見ないようにするか、目が合わないように斜め前を向いて座るようにしました。でも、なぜかバスが片倉橋に差しかかるたびに、意識がそちらに引っ張られるんです。見てしまう。そして老女がいる。こちらを見ている。
四月の初め、桜が咲き始めたころ、異変がありました。
バスが片倉橋の停留所に入ったとき、ふと気づくと老女がいつもと違う立ち方をしていました。両手をだらんと降ろして、ハンドバッグを持っていない。何かが違う、と思いながら目を向けると、老女は私の乗っている窓の方を見ながら、ゆっくりと片手を上げていました。
手を振っているのか、それとも別の意味があるのか、わからなかったけれど、私はとっさに目をそらしました。鼓動が早くなっていました。目をそらしたまま、バスが停留所を出るのを待ちました。
その翌朝から、老女はいなくなりました。
片倉橋の停留所には、誰もいない。次の日も、その次の日も。今も、いません。
どこに行ったのか、わかりません。なぜ毎朝あそこにいたのか、なぜ私を見ていたのか、何も説明がつかないまま、消えてしまいました。
時々思います。手を振ったあの日、目をそらさずに応えていたら、何かが変わったのか。それとも、ちゃんと見ていたら、もっとまずいことが起きたのか。
どちらが正解なのか、今も私にはわかりません。ただ、今でもバスが片倉橋に差しかかるたびに、窓の外を見るのが少しだけ怖い。何もいないとわかっていても、体がそれを先に知っていて、ほんの少し、身構えてしまうんです。
あれが何だったのか、誰か教えてもらえるなら、教えてほしい。そう思いながら、今日も私は同じバスに乗っています。


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