年末に立ち寄ったトンネルを地図アプリで検索したとき、ストリートビューの中に見知らぬ人影が写り込んでいることに気づいた。問題は、撮影日時と、その人影が、少しずつ変わっていったことだ。
これを書いているのは、一月の半ばを過ぎたころだ。年が明けて十五日ほどが経つ。仕事も正月休みが終わり、また通勤と会議の繰り返しに戻った。何事もなかったかのような日常が続いているが、自分の中では、まだあれが終わった気がしていない。
うまく言えないまま時間だけが過ぎていくのが気持ち悪くて、ブログに残しておくことにした。実害があったとか、誰かが傷ついたとか、そういう話ではない。ただ、何かがおかしかったという話だ。
始まりは大晦日の夜だった。
その日、私は県境に近い山あいの町まで車を走らせていた。大学時代の友人が数年前にその町に移住しており、年末に一度顔を出そうという約束をずっと先延ばしにしていたのを、今年こそ果たそうと思ったのだ。片道で二時間半ほどの距離で、高速を降りてからしばらく山道を走る必要があった。
友人の家に着いたのは夕方の五時過ぎで、そこから鍋をつついたり酒を飲んだりして、気づけば年が変わっていた。紅白の後半をぼんやり見て、近くの神社まで初詣に歩いて、また戻ってきて、友人の家の居間で雑魚寝した。
翌朝、正月の一日に帰路についた。
山道に差し掛かったのは昼前ごろだったと思う。天気は晴れていたが、山の中は空気がひんやりしていて、日陰の部分にはまだ霜が残っていた。ナビに従って走っていると、途中で一本のトンネルを通った。
長さは二百メートルもないくらいの、古い小さなトンネルだった。照明が少なくて、中がうっすら薄暗い。壁のコンクリートが年季の入った色をしていて、所々にシミのような染みが浮いていた。通り抜けるのに十秒もかからなかったと思う。特に何か感じたわけでもなく、ただ通り過ぎた。
家に帰ったのは昼過ぎだった。荷物を解いて、少し仮眠して、夕方になってからぼんやりとスマホをいじっていた。その時、何となく地図アプリを開いて、さっき通った道を確認しようとした。理由は特にない。強いて言えば、ナビを切った後でも「あの道はどういうルートだったんだろう」という程度の、ただの興味だった。
衛星地図で山道をトレースしていると、あのトンネルの場所を見つけた。地図上では名前も何も表示されていない、ただの道路記号として存在している小さなトンネルだ。試しにストリートビューを起動してみた。
画像は存在していた。撮影されていたのは少し意外だったが、こういう山の中の細い道でも記録されていることはある。映像はトンネルの手前から始まり、暗い内部を進んで、出口側へ抜けていく。それだけのものだ。
最初に見たとき、私は何も気にしなかった。
ただ、少し経ってから、もう一度同じ場所を見た。なぜ見返したのかは覚えていない。スマホを置こうとして、なんとなくまた開いてしまった、という感じだ。
その二度目の時に、気づいた。
トンネルの出口付近、明るい外光が差し込んでくるあたりに、人が立っていた。
最初に見た時には気づかなかった。いや、本当に最初から写っていたのかどうかも、正直わからない。ストリートビューの人物は自動でぼかし処理されることが多いので、のっぺりした輪郭として認識していたのかもしれないし、単純に見落としていたのかもしれない。
ただ、二度目に見た時には、はっきりとわかった。
出口の少し手前に、人間の形をした何かが立っている。逆光になっているせいで細部はわからない。背格好からすると大人のようで、こちら、つまりカメラの方を向いているように見えた。トンネルの中に、ただ立っている。
最初は特に気にしなかった。ストリートビューに人が写り込むことはよくある。撮影車両が通った時にたまたまそこにいた人がいただけだろうと思った。ぼかし処理がされているのも、顔が認識されたからだろうと。
ただ、気になって撮影日時を確認した。
画面の隅に表示されていた撮影日は、十二月三十一日だった。
私が通ったのと同じ日だ。
それだけなら偶然だと思う。ストリートビューの車両がたまたま同じ日に走っていたのかもしれない。そういうこともあるだろう。でもなぜか、その日付を見た瞬間に妙な気持ち悪さを感じた。私がトンネルを通ったのは昼前で、正月の元日のことだ。あれ、と思った。
大晦日の夜に友人の家に着いて、翌日に帰った。つまり私がそのトンネルを通ったのは、一月一日であって、十二月三十一日ではない。なのに撮影日は大晦日になっている。
それが引っかかって、もう少し詳しく見ようとした。ストリートビューの時刻まで表示されているかと思ったが、日付だけで時刻の情報はなかった。撮影した会社の機材の問題で日付がズレていることもあるし、そもそも一日程度の誤差は珍しくもないだろうと、自分に言い聞かせた。
スマホを置いて、その夜は寝た。
翌日、一月二日の朝になって、またなんとなくアプリを開いた。前日のことを思い出して、同じトンネルを検索した。
ストリートビューを起動すると、また人影が写っていた。
立っている位置が、違った。
前の日に見た時は出口のすぐ手前だった。それが今日見ると、もう少し手前、つまりトンネルの内部の深い部分に移っていた。逆光の加減が変わって、人影の輪郭がより暗くなっている。それ以外の背景は変わっていないように見えた。
最初は自分の見間違いだと思った。一度しか見ていない画像の中の細部を正確に覚えているわけがないし、角度の違いで位置が違って見えることもある。ストリートビューは少し動かすと視点が変わるから、昨日と全く同じアングルで見ていなかっただけかもしれない。
そう思いながらも、スクリーンショットを撮った。
三日目、一月三日にも開いた。もうこの時点で、自分でも少し変だとわかっていた。特に理由もないのに毎朝同じ場所を確認しに行っている。でも見ずにはいられなかった。
人影は、また位置が変わっていた。
二日目よりもさらに手前。出口からずいぶん離れて、トンネルのほぼ中央あたりに移っている。背景は全く同じだ。他の部分は何一つ変わっていない。壁のシミも、路面の状態も、照明の位置も、完全に同じ画像の中で、人だけが移動している。
その日、比較のために前日のスクリーンショットを並べた。見間違いではなかった。位置が違う。服装も、よく見ると前日と微妙に違うような気がした。前日は暗い色の服だったのが、三日目の画像ではもう少し薄い色に見える。だが画質が粗いし、トンネル内部の暗さもあって、断言はできない。
撮影日は変わらず、十二月三十一日のままだった。
私はその日、ストリートビューを撮影している会社の問い合わせ窓口を調べた。何かフィードバックを送る機能があるはずだと思ったからだ。ただ、問題の報告ページにたどり着いたものの、「移動する人影」という状況をどう説明すればいいかわからなくて、結局何も送らなかった。
四日目以降は、怖くて確認できなかった。
スマホのアプリを開くたびに、先日の検索履歴にそのトンネルの名称が残っている。見ようと思えばすぐ見られる状態だ。でも、もし今日も位置が変わっていたら、次は何が起こるのかを想像すると、指が止まった。
一つだけ確かめたことがある。
友人に電話して、あのルートを大晦日に車で通ったか、あるいは通った人を知っているか、と聞いた。友人は首をひねって、大晦日の夕方から夜にかけてはずっと私と一緒にいたし、他に誰かがあのあたりを通ったという話は聞いていないと言った。それ以上突っ込んだ話はしなかった。
現在も、あの地図アプリの履歴は消していない。消してしまったら何かが終わる気がして、そのままにしてある。
自分でもよくわからない。
ただ、一つだけ気になっていることがある。スクリーンショットを見返していて、気づいたことだ。
三日分の画像を並べると、人影は毎日、出口とは逆方向に移動している。つまり、日を追うごとに、トンネルの奥の方へ進んでいる。
この調子で移動が続いているとしたら、今頃どこにいるのだろう。
もうトンネルの端まで来ているのか、それとも、もうどこか別の場所に出てしまっているのか。
もし、今この話を読んでいるあなたが、地図アプリで何気なくストリートビューを確認する時に、暗いトンネルの中を覗き込むことがあるなら、少しだけ注意してほしい。
写っているのが本当に、ただ通りすがりの人なのかどうか。
そして、日付と照らし合わせた時に、何かが合わない感覚を覚えたなら。
その時、画像の中の人影が、こちらを向いているかどうかだけは、確かめない方がいいと思う。
私は三日目の画像で、確かめてしまった。
向いていた。


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