引っ越し先の路地をストリートビューで確認していたら、撮影日時が変わるたびに、同じ場所に立つ人影が少しずつ近づいていた。そしてその人影は、最後に私の部屋の窓の前で止まっていた。
引っ越しを終えたのは、八月の頭のことだった。
仕事の都合で急に決まった転居で、物件を選ぶ時間もろくになかった。家賃が安くて駅から十分以内、それだけで決めたアパートだった。築年数はそれなりに経っているけれど、内装はリフォームされていて、部屋自体は悪くなかった。問題は立地というか、周辺の雰囲気というか、そういうものだったと今になって思う。
アパートの裏手に、細い路地がある。
車は通れないくらいの幅で、両側を古い家の塀と塀に挟まれた、昔からある感じの路地だ。地元の人は当たり前のように使っているらしく、朝夕は自転車が通ったり、近所のおじさんが散歩していたりする。私も近道として何度か使ったことがある。別に怖い場所でもなんでもないと、最初はそう思っていた。
最初に気になったのは、引っ越してから四日目のことだ。
荷解きもようやく落ち着いて、近所の地理をちゃんと把握しておこうと思い立って、地図アプリを開いた。ストリートビューで周辺を確認していたら、裏の路地もカバーされていることに気づいた。路地の入り口から撮影した画像が一枚、データとして残っていた。
撮影日時は三年前の春、と表示されていた。
特に何も思わなかった。ただ、画像の奥の方に人が写っているな、とは思った。路地の中ほど、ぼんやりと立っている人影だ。ストリートビューに人が写り込んでいることは珍しくない。処理が甘くて顔がぼやけたまま残っているケースもある。そういうものだろうと思って、アプリを閉じた。
次にストリートビューを開いたのは、一週間ほど後のことだ。
同じ路地を確認したくて、また画像を呼び出した。今度は別の撮影日のデータも表示されるようになっていた。一年前の夏、という日時のものだ。アプリを更新したのか、データが追加されたのかはわからない。そちらの画像に切り替えてみると、路地の景色はほとんど変わっていなかった。古い塀、コンクリートの地面、両脇の草。
ただ、人影の位置が違った。
三年前の画像では、路地の中ほどに立っていたはずの人影が、一年前の画像では、少し手前の方、こちら側に近い位置に写っていた。そこまで気にしなかった。別の人が偶然写り込んでいるだけかもしれないし、似たような場所に別の人が立っているだけかもしれない。服装がよく見えなかったので、同じ人物かどうかも判断できなかった。
だから、その時点ではまだ何も気にしていなかった。
お盆に入ったのは、それからすぐのことだ。
実家に帰る予定もなく、会社も休みで、私は一人でアパートにいた。お盆の時期の一人暮らしというのは独特の静けさがある。近所の人も帰省しているのか、昼間でも外を歩く人の姿が少なくて、あの路地も珍しく誰も通らなかった。
暇だったので、また地図アプリを触っていた。
新しい撮影データが、また追加されていた。今度は半年前の秋、という日時だった。私がここに引っ越してくる前のデータだ。路地の画像に切り替えると、見慣れた景色が映っていた。塀、コンクリート、草。
人影は、路地の入り口近くに立っていた。
さすがに、少し変だと思った。
三年前は奥の方、一年前は中ほど、半年前は入り口近く。画像を並べて比較できるわけではないけれど、記憶の中の位置と今見ている位置が、明らかにずれている。同じ人物が写り込んでいるかどうかもわからない。ただ、位置が少しずつこちらに近づいているように見えることは確かだった。
画像を拡大してみた。
解像度が粗くて、顔の判別はできない。ただ、その人影は黒っぽい服を着ていて、まっすぐ立っている。動いているわけではないから、カメラを撮影した車が通り過ぎた瞬間に偶然そこにいた人、ということになる。路地を歩いていた人が、なんとなくそこで立ち止まっていた、それだけのことかもしれない。
でも、気になってしまったら止まらなかった。
私は過去の全撮影データをさかのぼって確認してみることにした。その路地のデータは、五年前まで遡れた。一番古い画像を呼び出すと、路地の一番奥に、やはり人影があった。遠すぎてほとんど見えないくらいの、小さな影だった。次に古いデータに切り替えると、影はもう少し大きく、つまりもう少し手前に写っていた。
五年前、四年前、三年前、一年前、半年前。
時系列を追うたびに、人影は少しずつ、ゆっくりと、路地の入り口の方へ近づいていた。
そのことに気づいた瞬間、外から音がした。
路地の方から、何かが落ちたような、小石が転がるような、小さな音だった。窓を開けて路地の方を見たけれど、誰もいなかった。お盆の昼下がり、風もなくて、ひどく静かだった。
気のせいだ、と思った。気のせいにしたかった。
でも、その夜から眠れなくなった。
路地に面した窓が気になって仕方がなかった。カーテンを閉めていても、外の気配をずっと意識してしまう。人が立っているような、何かが近くにあるような、根拠のない感覚が続いた。
翌日の昼、意を決してもう一度アプリを開いた。
新しいデータが、また増えていた。今度の撮影日時は、つい二週間前だった。私がこの町に引っ越してきた直後の日付だ。
路地の画像に切り替えた。
人影は、路地の入り口を出たところに立っていた。もう路地の中ではなかった。路地の外、アパートの壁に沿った場所に、その影は写っていた。
拡大した。粗い画像の中で、影はこちらを向いているように見えた。はっきりとはわからない。でもそう見えた。そして、その影が立っている場所は、私の部屋の窓のすぐ下、だった。
画像の中の光景を確認した手が、震えていた。
撮影日時は私がこの部屋に来てすぐの日付で、その日、私はこの路地側の窓から外を眺めていた記憶がある。新しい生活に慣れようとして、景色を確認するように窓の外を見ていた。あの時、路地には誰もいなかった、と思う。いなかったはずだ。でも画像には写っている。
私は管理会社に電話した。
この物件のこと、この路地のこと、何か変わったことがなかったか聞いてみた。担当者はしばらく黙って、「お盆の時期ですし、気になることがあれば早めにご連絡を」とだけ言った。何かを知っているようにも、何も知らないようにも聞こえた。
結局、それ以上のことはわからなかった。
私はその後、友人に頼んでしばらく家を離れることにした。アパートは引き払わずに、とりあえず様子を見るということにして、荷物はそのままにして出た。友人の家に泊まりながら、気が向いた時にだけアプリを開いていた。
新しい撮影データが、また増えていた。
日時は、私がアパートを出た翌日になっていた。
今度は路地の画像ではなく、アパートの正面からの画像だった。建物の外観が映っていて、私の部屋の窓も写っていた。
窓の中に、人影が見えた。
部屋には誰もいないはずだった。荷物だけ置いてきた、誰もいないはずの部屋の窓に、人影が写っていた。
私は画像をさらに拡大した。粗くなって、もうほとんど何もわからない。それでも窓の中の影は、外を向いていた。路地の方を、見ているように見えた。
ふと思い当たったことがある。
五年間、路地の奥から少しずつ近づいてきた影がいた。そして今、私の部屋の窓の内側に、影がある。
最新のデータをもう一度確認しようとして、私は手を止めた。
路地の画像、一番新しいデータ。昨日の日付のもの。
路地には、誰もいなかった。
からっぽの路地だった。古い塀と、コンクリートの地面と、両脇の草だけがあって、五年間そこにいたはずの影は、どこにも写っていなかった。
部屋の窓に移ったのか、と思った。
それとも、もう必要がなくなったのか。
友人には、しばらくこちらにいると伝えた。理由は言えなかった。
アプリは、それ以来開いていない。いや、正確に言うと、開こうとしたのだけれど、検索しても私の名前が出てこなかった。いつも使っていた地図アプリのアカウントのことではなく、そのストリートビューの、あの部屋の窓に写っていた影の話だ。
最新の撮影データが、また更新されていた。
アパートの正面画像。私の部屋の窓。
窓の中には、何も写っていなかった。
そして、よく見ると、窓のすぐ下の路地の入り口に、新しい影が一つ、立っていた。
黒っぽい服で、まっすぐ立っていて、こちらを向いているように見えた。
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