一人暮らしのはずなのに、冷蔵庫の中身が少しずつ増えていく。最初は自分の買い忘れだと思っていたが、やがてそれは「誰かが生活している」証拠へと変わっていった。
最初に気づいたのは、確か去年の秋の終わりごろだったと思う。
私はその町に引っ越してきて、ちょうど半年が経ったところだった。仕事の都合で、それまで住んでいた場所から少し離れた、山の際にある小さな町へ移ってきた。駅からバスで二十分ほど、周囲にコンビニが一軒あるだけの、静かというより少し寂しい場所だ。アパートは古いけれど家賃が安く、部屋も広かった。一人で住むには十分すぎるくらいだった。
その日、仕事から帰ってきた私は夕飯の準備をしようと冷蔵庫を開けた。買い物をサボっていたから、中身はだいぶ少なかったはずだった。ところが野菜室を引き出すと、見覚えのないネギが一束入っていた。青々として、まだ新しい。泥もついていない、洗ったあとのような状態だった。
最初はそうだ、昨日の帰りに買ったんだと思った。疲れていたから、買ったこと自体を忘れたのだろうと。よくある話だと自分に言い聞かせて、そのネギを使って夕飯を作った。おいしかった。それだけだった。
次に気づいたのは、それから三日後のことだった。
豆腐が入っていた。絹ごし豆腐が一丁、開封されないまま、野菜室ではなく冷蔵室の奥のほうにひっそりと置かれていた。賞味期限を見ると、買ったとすれば二日前のもの。でも私はこの数日、買い物に行っていなかった。コンビニにも寄っていない。はっきりと覚えていた。なぜなら、その週は残業が続いていて、毎晩カップ麺か冷凍食品で済ませていたからだ。
少しだけ、嫌な感じがした。でも鍵はいつも自分で管理しているし、オートロックの建物ではないにしても、合鍵は不動産屋と私だけが持っている。誰かが入れるはずがない。思い違いだろうと、その豆腐も食べた。
その後、一週間ほどは何もなかった。
だから私はすっかり忘れていた。そして十日ほど経ったある朝、冷蔵庫の扉を開けて、思わず声が出た。
しいたけがあった。乾燥しいたけではなく、生のしいたけが袋に入って。みりんがあった。私はみりんを料理に使わない。料理が得意ではないから、調味料自体が少ない。なのに、見覚えのないみりんのボトルが、扉のポケットにしっかり収まっていた。半分ほど使われた状態で。
さすがにこれは変だと思った。私はその日、不動産屋に電話をした。「誰かが部屋に入ることはあるか」と聞いた。担当の人は「絶対にありません。点検や清掃の際は必ず事前に連絡します」と言った。「最近そういったことはあったか」と聞くと、「半年間、一度もない」と言われた。
電話を切ってから、私は部屋をもう一度確認した。玄関の鍵、窓のロック、浴室、クローゼットの中。異常はない。何かが乱された様子もない。ただ冷蔵庫の中だけが、静かに、少しずつ変わっている。
その夜から、私は冷蔵庫の中身を写真に撮ることにした。毎朝出かける前と、帰宅した直後。それを続けることで、何かがわかるかもしれないと思ったからだ。
最初の一週間は何も変わらなかった。写真を見比べても、私が出し入れしたもの以外に変化はない。思い過ごしだったのかと拍子抜けしたころ、また起きた。
帰宅した夜の写真に、出かける前にはなかったものが写っていた。大根が半分、ラップに包まれた状態で、野菜室の端に置かれていた。朝の写真と見比べると明らかだった。私は朝から夜まで外にいた。その間に、誰かが冷蔵庫に大根を入れた。
震えた。手が震えながら、もう一度部屋を確認した。何も変わっていない。鍵は閉まっている。窓も閉まっている。誰かが入った痕跡がない。それなのに冷蔵庫の中だけが変わっている。
次の日の夜、私は会社の同僚に話した。笑われるかと思ったが、その同僚は「それ、絶対に誰かいるよ」と真顔で言った。「管理会社に鍵交換を要求したほうがいい」とも。私もそう思って、翌日すぐに管理会社へ連絡した。シリンダーを交換してもらったのはその週の末のことだ。
鍵が新しくなってから、三週間、何も起きなかった。本当に何も起きなかった。
冷蔵庫は私が入れたものしか入っていない。私が使ったものしか減っていない。ただそれだけの、当たり前の状態が続いた。やっと終わったと思った。やっと普通の生活に戻れると思った。
でも、変わったことがあった。
変わったのは、冷蔵庫ではなかった。
ある朝、私はいつも通り出かける前に台所に立って気づいた。排水口のネットが新しいものに替わっていた。私は昨日替えていない。替えようとも思っていなかった。でも確かに、白い新しいネットがセットされていた。予備のストックを見ると、一枚減っていた。
その翌週には、玄関の三和土にあったスニーカーが、ちゃんと揃えて並べ直されていた。私は靴を脱ぐとき、ほとんど無意識にバラバラに脱ぎっぱなしにする癖がある。なのにそれが、つま先を扉に向けてきれいに揃っていた。
また別の日には、台所のスポンジが新しいものに替わっていた。私がまだ替えるつもりでなかった、古いスポンジが消えて、引き出しにしまっておいた新品のスポンジが三角コーナーの横に置かれていた。
このとき私が思ったのは、怖いという気持ちよりも、奇妙な、気持ちの悪い感覚だった。嫌がらせではない。危害を加えようとしているわけでもない。ただ、生活の細部が少しずつ、誰かの手によって整えられていく。まるで私の部屋に、私と一緒に誰かが暮らしているような。
私は知人に相談して、室内に小さなカメラを設置することにした。正式な手続きを踏んで、自分の部屋の中だけを映す、玄関と台所を収める二台だ。録画データはスマートフォンで確認できる。
設置した翌日から、一週間、データを見続けた。
映像には何も映っていなかった。
私以外の人間が映っていない。それだけではなく、私が不在の時間帯は、映像の中でも部屋がまったく動いていない。空気すら動いていないような静止した映像が、何時間も続くだけだった。なのに現実には、台所の布巾の畳み方が変わっていた。置いてあった場所も少し違った。
映像には何も映っていない。でも、部屋は変わっている。
これが私にとって、一番怖かった。
その後、私はその町を出た。仕事を辞めたわけではなく、職場に頼み込んで勤務先の近くへ転居する許可をもらった。引っ越し作業は一日で終わった。新しい部屋は駅近のきれいなマンションで、オートロックで、管理もしっかりしている。
引っ越してもう四ヶ月が経つ。今のところ、冷蔵庫の中身が増えたことはない。スポンジが勝手に替わったことも、靴が揃えられていたこともない。
ただ、一つだけ引っかかっていることがある。
引っ越しのとき、私は冷蔵庫を業者に運び出してもらう前に、念のため中を空にしようと野菜室を引き出した。もう何週間も何も変化がなかったから、当然空のはずだった。
野菜室の一番奥に、小さな紙切れが一枚入っていた。
何かに包んでいた包み紙のような、ちぎられた白い紙だった。そこに、ボールペンで走り書きのような文字が書かれていた。
「いつもよく食べてくれてよかった」
私はその紙を、その場でゴミ袋に捨てた。業者に見られる前に。なぜそうしたのか、自分でもよくわからない。ただ、誰かに見せたくなかった。
新しい部屋では何も起きていない。でも、たまに考える。あの紙を書いたのは誰で、どこにいて、今も誰かの冷蔵庫の中に、静かにネギや豆腐を入れているのだろうか、と。
冷蔵庫を開けるたびに、少しだけ、奥のほうを確認してしまう。今日も確認した。何も入っていなかった。
それだけが、今の私にとっての救いだと思っている。

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