【洒落怖】その部屋では、22時17分に何かが起きる

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事故物件と知らずに引っ越した一人暮らしの部屋で、毎夜まったく同じ時刻に繰り返される「何か」の記録。停電していたあの夜だけ、私はそれを直接見てしまった。

この話を書こうと決めたのは、あの部屋を引き払ってから三ヶ月が経った頃だった。

引っ越したのは去年の秋口で、仕事の都合で急に決めた転居だった。職場から二駅、駅から徒歩七分、築二十三年の2DK。家賃は相場よりずいぶん安くて、不動産屋には「前の入居者がいろいろあって、長く空いてたんです」とだけ説明された。いろいろあって、という言葉の意味を私はそのときちゃんと掘り下げなかった。そういうことを気にしないたちだと、自分では思っていたから。

荷物を運び込んだ初日から、部屋の印象は悪くなかった。北向きで少し暗いけれど、天井が高くて静かで、古い木の床が歩くたびにきしむのも、むしろ落ち着く音だと感じた。隣室との壁も厚く、近所の生活音もほとんど聞こえない。一人でいるのに慣れた人間にとっては、申し分のない環境だった。

最初に気づいたのは、引っ越しから四日目の夜のことだ。

その日は仕事で遅くなって、部屋に戻ったのが夜の十時を少し過ぎた頃だった。シャワーを浴びて、ソファに座ってぼんやりスマホを見ていたとき、廊下から音がした。正確には音というよりも、気配、と表現した方が近い。人が廊下を歩くときに生まれる、あの微妙な空気の動き。でも廊下に出ても誰もいなかったし、玄関の鍵はかかっていた。築二十年以上の木造建築なら、建物が鳴るのは普通のことだと思って、そのまま寝た。

翌日、同じ時刻に同じことが起きた。

気配が廊下から来て、何もなくて、終わった。

翌々日も同じだった。

三回続いたとき、私はスマホの画面を確認した。時刻は22時17分だった。三日とも、まったく同じ時刻だったと気づいたのはそのときだ。

人間というのは不思議なもので、パターンを見つけると逆に安心してしまうことがある。幽霊でも怪奇現象でもなく、この建物の癖なんだと思った。配管が冷えるとか、どこかの部屋のエアコンが止まるとか、そういう物理的な原因があるに違いないと。むしろ時刻が一定なことが、非現実的な理由を否定してくれているような気がした。

だから一週間ほどは、気にせず暮らしていた。

変化が出てきたのは、二週間を過ぎた頃からだ。

気配だけだったものに、音が加わりはじめた。廊下の、奥の洋室の方向から、何かが床に触れるような、かすかなこすれる音。スリッパを履いて歩く音に少し似ていたけれど、それよりずっと軽くて、もっと乾いていた。

私の部屋の間取りは、玄関を入ってすぐに廊下があり、左に洋室、突き当たりにリビング、という構造だった。私はリビングを寝室代わりに使っていたから、洋室はほとんど物置になっていて、引っ越し後から一度も扉を開けていなかった。音はその洋室の方向から来ていた。

ある夜、22時17分を少し前に、廊下に出てみた。

音が来た。洋室の扉の向こうから、かすれるような、床を引きずるような音。私は扉の前に立ったまま、ノブに手をかけた。引いた。

部屋は空だった。段ボール箱が三つ、窓際に積まれているだけ。窓は閉まっていた。音はなかった。

リビングに戻ると、スマホの時刻は22時18分になっていた。

その翌日、職場でたまたま同じ町に住んでいる先輩と話す機会があって、私は何気なく、あのアパートの話をした。「あそこの一棟、もしかして〇号室ですか」と先輩は言った。私が番号を言うと、先輩は少し黙った。「前に住んでた人のこと、聞きましたか」と聞くから、「いろいろあったとしか聞いていない」と答えた。

「一人暮らしの女性だったって聞いてますよ。何年か前に、部屋の中で。夜中に見つかったって」

どんな状況で、とは聞けなかった。先輩もそれ以上言わなかった。

その夜から、私は22時17分をできるだけ意識しないようにしようと決めた。気にするから怖くなる。パターンがあるということは、それ以上のことは起きないということだ。そう自分に言い聞かせた。

だが十一月の半ば、台風の影響で町一帯が停電した夜、私はそれを初めて、直接見ることになった。

停電が起きたのは夜の八時頃だった。スマホのライトだけを頼りに、キャンドルを探して、ようやくリビングに光を確保した。停電はなかなか復旧せず、私はろうそくの前でじっと待っていた。

22時17分が近づいているのは、スマホで確認していた。その夜は怖いというより、停電の心細さで神経がすでに張っていて、いつもの「気配の時間」が来るのをどこかで身構えていた。

17分になった瞬間、廊下が、暗い中でわずかに白く見えた。

最初は目の錯覚だと思った。停電の夜だから、視覚がおかしくなっているのかもしれない。でも白いもの、人の形をした白いもの、は廊下の奥、洋室の扉の手前に、はっきりと立っていた。

立っていた、と書いたが、正確には少し違う。前屈みになっていた。まるで床の上の何かを覗き込むように、肩を落として、頭を下げて、じっとそこにいた。形は人間の輪郭に近かったが、手足の境界がはっきりしていなくて、白というよりも、光のない場所にだけ残った形、という感じだった。

私は声も出せなくて、ろうそくの火だけを見つめていた。

22時18分になったとき、それはいなかった。

停電はその二十分後に復旧して、部屋の電気がいっせいについた。私は洋室の扉を開けた。段ボール箱が三つ。変わりない。でも、床の、扉に近い部分、そこだけ、微妙に埃の線が乱れていた。誰かが長い時間、同じ場所に座り続けたような、そういう乱れ方だった。

私はその週のうちに不動産屋に連絡して、翌月末で解約することを告げた。

引っ越しの荷物をまとめながら、ふと気になって洋室の段ボールをすべて開けた。引っ越したとき、中身を確認しないまま積んでいたものだ。一つ目はキッチン用品。二つ目は本と書類。三つ目を開けたとき、私は手が止まった。

段ボールの底に、私のものではないノートが一冊入っていた。

表紙は白で、マジックで日付だけが書かれていた。引っ越す前の年の、秋から冬にかけての日付が並んでいた。私はページを開いた。字は女性のものに見えた。最初のページには何でもないことが書かれていた。仕事のこと、食事のこと、眠れない夜のこと。中盤から、繰り返し同じ一文が出てきた。

「また来ていた」

「今夜も来ていた」

「22時17分に、また来ていた」

日付は少しずつ進んでいく。そして最後のページには、こう書かれていた。

「今夜は一緒に座っていた。怖くない。もう怖くない」

その後のページは白紙だった。

私はノートを段ボールごと廊下に出して、翌朝、管理会社に預けた。持ち出すのが怖かった、というより、あれは、あの部屋から出してはいけない気がした。理由はうまく説明できない。ただそう感じた。

この話を書いているのは今の住まい、別の町の別のアパートからだ。新しい部屋に変わったものは何もない。夜は静かで、廊下に気配はない。22時17分も、ただ時計が示す数字に過ぎない。

ただ一つだけ、今でも気になっていることがある。

ノートの最後のページに、私の前の住人が書いた「一緒に座っていた」という一文。あれが来るのを恐れていたものに、最後は慣れてしまったということなのか。それとも、最後には一緒になってしまったということなのか。

答えは出ていない。たぶんこれからも出ない。

ただ、もしあなたが今、静かな部屋で、夜遅くにこれを読んでいるとしたら、一つだけ確認してほしい。今この瞬間、あなたの部屋の廊下は、ちゃんと誰もいないか。そして、あなたがいつも気にしないようにしている「その時刻」が、今夜もただ静かに過ぎるといいと、私は祈っている。

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