職場で毎日顔を合わせていた隣席の同僚が、ある日を境に「最初からいなかった」ことになっていく。記録は消え、記憶は塗り替えられ、それでも俺だけが彼女のことを覚えている。
これを書いているのは、誰かに記録として残しておきたいからだ。俺が正気かどうかを確かめたいわけじゃない。ただ、覚えている間に書いておかないと、いつか俺自身も忘れてしまうような気がして、怖くなった。
俺は今年で三十二になる。小さなメーカーの営業事務として、とある地方の工業地帯に隣接した町で働いている。会社は社員が二十人ほどの規模で、フロアも広くない。デスクが向かい合わせに四列並んでいて、俺は窓際の列の一番奥に座っている。
去年の春、その隣の席に新しい人が来た。
名前は、仮にナガタさんとしておく。三十代の前半くらいで、どこか別の業種から転職してきたと自己紹介していた。おとなしい印象の女性で、昼は一人でサンドイッチを食べ、定時になると決まって静かに帰っていく。特別仲が良かったわけじゃないけど、隣の席というのは不思議なもので、毎日の細かいことが自然と目に入ってくる。彼女がいつもデスクの右端に小さなカレンダーを置いていたこと、ボールペンを使い終わるたびに蓋をきっちり閉める習慣があったこと、そういうことを俺はなんとなく覚えていた。
おかしいと気づいたのは、梅雨が明けた頃だった。
ある朝出社すると、ナガタさんの席が妙にすっきりしていた。カレンダーがない。小物入れもない。デスクの上が、着任したばかりの頃みたいに何もない状態になっている。異動でもあったのかと思いながら、とりあえず隣の先輩社員の村木さんに聞いた。
「ナガタさんって、今日なんか予定ありましたっけ?席の荷物が全部ないんですけど」
村木さんは少し間を置いて、「ナガタさん?」と繰り返した。
「誰それ」と言う顔だった。
俺は一瞬、別の呼び名で呼ばれていたのかと思った。苗字を間違えて覚えていたのかもしれない、と。でも村木さんは「あの席、最近ずっと空席じゃなかったっけ」と本気で言う。
その日はそれで終わった。自分の記憶が混乱しているんだろうと、無理やり納得した。
ただ、翌日になっても気になって、総務のシマダさんに社員名簿を見せてもらえないかと頼んだ。シマダさんは快く端末を操作してくれたんだけど、名前を探しても「ナガタ」という名前は出てこなかった。読み方を変えて「永田」「長田」「那賀田」と思いつく漢字を試してみたけど、ヒットしない。シマダさんが不思議そうに「去年の春から在籍してる人、全員出してみましょうか」と言って一覧を表示してくれた。俺は一人ひとり確認したけど、ナガタさんに該当する人物はいなかった。
「ひょっとして、派遣のスタッフさんと混同してませんか?」とシマダさんは言った。
それかもしれない、と俺は答えた。でも内心では、違うと思っていた。彼女は社員証を首から下げていた。ランチのとき、社員食堂の割引をカード決済しているのを隣で何度も見ていた。あれが派遣スタッフの扱いだったとは、どうしても思えなかった。
その週、俺はひとつのことを試した。スマートフォンのカメラロールを最初から全部見直したんだ。職場で撮った写真が何枚かあって、去年の忘年会のやつとか、春の歓迎会で撮ったやつとか。俺は覚えている。あのとき、ナガタさんは窓際のテーブルの端に座っていた。確かに写真に映っていたはずだった。
でも、写真の中に彼女はいなかった。
歓迎会の写真には十数人が写っていた。俺の記憶では、窓際に彼女がいたはずの場所には、見覚えのない壁が映っていた。違う角度で撮られたのかと思って別の写真も確かめたけど、どれも同じだった。ナガタさんの姿は、どこにもない。
そのとき初めて、背筋に冷たいものが走った。
記憶というのは、案外あいまいなものだ。それは知っている。でも俺が覚えているのは、単に「誰かがいた」というぼんやりした印象じゃない。彼女がデスクでボールペンのキャップを閉める音が、なぜかやけにはっきりと、頭の中に残っている。昼に食べていたサンドイッチがハムとチーズだったこと。電話を受けるとき、左手で受話器を持って右手でメモを取っていたこと。こういう細かいことが、俺の中ではっきりと映像として浮かぶのに、外にある何かがそれを全否定している。
もしかして俺の思い違いじゃないかと、もう一度だけ疑ってみようとした。職場の端末で、去年の春以降に送受信したメールを検索した。ナガタさんは何度か、俺に書類の確認を頼んでくることがあった。そのメールが残っているはずだった。
検索しても、ヒットしなかった。
送信履歴も確かめた。俺が彼女に送ったメールも、一件も出てこない。
俺は端末の画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。メールというのは、普通、消えない。サーバーに残るものだ。それが一件も出てこないということは、送受信の記録ごと消えているか、最初からなかったかのどちらかだ。
その日の帰り、俺は一つ気になることを思い出して、自分のノートを引っ張り出した。手書きの業務メモ帳で、毎日の打ち合わせや電話内容を書き留めている。去年の梅雨前あたりのページを開くと、確かに「ナガタさん確認済み」「ナガタさんへ共有」という走り書きが、俺の筆跡で書いてあった。
ページを何枚もめくって、十回以上は出てくる。
俺は正直、これを見てほっとした。自分の記憶が完全に壊れているわけじゃない。少なくとも、過去の俺はあの人と一緒に働いていたことを記録していた。
ただ、怖かったのはその直後だった。
翌朝、またそのノートを確かめようとしたら、「ナガタさん」という名前が書かれていたページに、薄くインクが滲んだような跡があって、読めなくなっていた。紙が水に濡れたみたいな、うっすらとした滲み。でも俺は前の晩、ノートを水に濡らした覚えはない。ページだけが、まるでそこだけ時間が経ったみたいに、字が溶けかかっていた。
他のページは普通に読める。「ナガタさん」が書かれていたところだけが、読めない。
俺はノートをビニール袋に入れて引き出しにしまった。それ以上触るのが、なんとなく怖かった。
それからしばらく経って、同期の後輩と飲みに行ったとき、俺はそれとなく聞いてみた。「去年の春に入ってきた、ナガタさんて人、覚えてる?」と。
後輩は「さあ、誰だろう」と首を傾げた。「窓際の席にいた人なんだけど」と言ったら、「あの席って去年の春から空いてるんじゃないですかね、確か」と返ってきた。
嘘をついているようには見えなかった。本当に覚えていないんだ、と思った。
俺が一番気になっているのは、記憶でも写真でもメールでもなくて、もっと単純なことだ。ナガタさんの席の、カレンダーだ。あれは彼女が自分で買ってきた、私物のカレンダーだった。その年の日付が印刷されていて、小さな動物のイラストが入った、よくあるやつ。あのカレンダーは、一体どこへ行ったんだろう。
荷物がなくなった朝、デスクには何もなかった。でも誰かが持ち出したなら、何かしら足跡が残る。自分で引き上げたなら、退職なり異動なりの手続きが必ずある。でも記録にはない。
彼女はいた。俺はそれだけは確信している。でも彼女がいたという痕跡は、俺のノートの滲んだページを除いて、今はもうどこにもない。
俺がこれを書いているのは、もしかしたら俺自身も、いつかこのことを忘れてしまうかもしれないと思っているからだ。
写真から消えた人がいる。メールが消えた。名簿にない。記憶だけが残っている。
でも記憶も、いつかは消えるかもしれない。
ナガタさんは、もしかしたら今も、どこかで誰かの隣の席に座っているんじゃないかと俺は思う。ボールペンのキャップを丁寧に閉めながら、サンドイッチを食べながら、静かに働いている。
そしてそこにいる人も、きっと何も気にしていない。
俺みたいに、ある日急に気づくまでは。

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