あなたの連絡先に、知らない番号はいくつありますか

Uncategorized

実家の漁村に帰省した夜、スマホの連絡先に見覚えのない番号が一件ずつ増えていた。既読のつかないはずのメッセージが既読になり、位置情報は港の沖合を指し続けた。

これを書いているのは、あの夜から三週間が経った今日だ。

ずっと誰かに話したくて、でも話せなくて、結局こうしてブログに残すことにした。読んでいる人がいるかどうかも分からないけど、記録として残しておきたい。自分の記憶が正しいうちに。

私は今年の夏、七年ぶりに実家へ帰省した。

実家は、本州の端の方にある小さな漁村だ。町というより集落に近い。港を中心に家々が固まっていて、少し坂を上ると墓地があって、そのまた奥に山がある。子供の頃はあの閉塞感が嫌で、大学進学を機に出てきたきり、ほとんど戻らずにいた。

帰った理由は父の体調不良だった。深刻なものではなかったけど、母から「一度来てほしい」と連絡があって、盆休みを利用して新幹線と在来線を乗り継いで、半日かけて実家まで戻った。

久しぶりに見た港の景色は、記憶よりずっとくたびれていた。係留されている漁船の数が減っていて、防波堤の白いペンキが剥げていた。商店もいくつか閉まっていた。それでも潮の匂いだけは昔のままで、駅を出た瞬間に胸の奥がぎゅっとなった。

最初の二日間は何もなかった。父の具合も思ったより悪くなく、食事をして、近所を散歩して、夜は早めに眠った。七年分の距離感がまだ残っていたけれど、それなりに穏やかな時間だったと思う。

違和感に気づいたのは、帰省三日目の夜だった。

その夜、私は眠れなくて、布団の中でスマホをいじっていた。時刻は日付が変わった頃で、潮騒の音だけが聞こえていた。実家の私の部屋は二階で、窓の外を見ると港の灯りがぼんやり見える。子供の頃からずっとそうだった。

何気なく連絡先アプリを開いた。特に理由はない。暇つぶしにスクロールしていただけだ。

その時、見慣れない名前が目に入った。

「シオミ」という名前で登録された番号があった。

私の連絡先に、そんな名前の人間はいない。苗字なのか下の名前なのかも分からない。ひらがなで「しおみ」とだけ入力されていた。番号は地元の市外局番で始まっていた。

いつ登録したんだろう、と思った。酔った勢いで誰かの番号を登録して忘れた、ということは過去にもあったから、最初はそれだと思った。でも私はこの帰省中、一滴もお酒を飲んでいない。

試しにその番号で検索してみたけど、何もヒットしなかった。

気持ち悪いな、と思いながら、その夜は無視して眠った。

翌朝、起きてもう一度確認したら、「シオミ」の連絡先はそのままあった。消していなかったのだから当然なのだけど、なぜか見るたびに落ち着かない気持ちになった。

その日の夕方、母と夕食の準備をしながら「しおみって人、知ってる?」と聞いてみた。

母は少し考えてから、「さあ、誰だろうね」と言って鍋をかき混ぜた。それ以上は何も言わなかった。

夜、父に同じことを聞いた。父は「しおみ?」と繰り返してから、首を振った。「分からん。誰かお前の友達じゃないのか」と言われた。

そうじゃないから聞いているのに、と思ったけど、それ以上追及するほどのことでもない気がして、話を終わりにした。

問題はその翌日に起きた。

帰省五日目の夜、また眠れなくて、時刻は深夜の二時を少し過ぎた頃だった。外は曇っていて、港の灯りも霞んで見えた。布団の中でスマホを開いたら、メッセージアプリに通知が来ていた。

「シオミ」から、だった。

メッセージの内容は、一言だけ。

「みてる」

それだけ。句読点もなく、ただ「みてる」とひらがなで書かれていた。

心臓が跳ねた。

まず深呼吸して、落ち着いて考えた。これは間違いメッセージかもしれない。あるいは誰かのいたずらかもしれない。私が知らないうちに登録してしまった人が、何かの拍子に送ってきただけかもしれない。

返信しようか迷ったけど、やめた。誰か分からない相手に返信するのは怖かった。

ただ、一つ気になることがあった。

そのメッセージ、既読がついていた。

私はその夜、初めてそのメッセージを開いた。なのに、メッセージを開く前から、すでに既読マークがついていたのだ。

送信時刻を見た。午前一時四十七分。

その時間、私はまだ眠れないでいたけれど、スマホを開いていなかった。確かに開いていなかった。なのに既読がついている。

つまり、そのメッセージは、私のスマホで開かれていた。私以外の何かに。

手が震えて、スマホを布団の上に置いた。しばらく天井を見つめた。

翌朝、連絡先の「シオミ」を削除しようとした。でも削除ボタンを押したあと、念のためもう一度アプリを開いたら、また「シオミ」がいた。

番号が、前と少し違っていた。

最初の番号と末尾の四桁が変わっていた。地元の市外局番は同じなのに、番号だけが微妙に変わっていた。

もう一度削除した。

その日の夕方に確認したら、また別の番号で「シオミ」が登録されていた。

さすがに怖くなって、母に話した。「スマホに勝手に連絡先が増えてるんだけど」と言ったら、母は「それアプリのバグじゃないの」と笑った。多分本当にそう思っていたんだと思う。

私もそう思いたかった。

帰省六日目。その夜は少し早く眠れて、気づいたら深夜の二時を過ぎていた。目が覚めたのは、スマホが振動したからだ。

通知ではなく、位置情報の共有リクエストだった。

「シオミ」が、私に位置情報の共有を求めていた。

即座に拒否した。でも画面を閉じる前に、「シオミ」の現在地が一瞬だけ表示されたのを見てしまった。

地図のピンが、港の沖合に刺さっていた。

海の上だった。

陸地ではなく、防波堤の外、何もない海の上に、「シオミ」の現在地が示されていた。

その瞬間、窓の外から音が聞こえた。

潮騒とは違う、何かが水を叩くような音。規則的で、でも生き物の動きにしては少し遅すぎる。

カーテンを開けることができなかった。

布団の中で、スマホの画面を消して、夜明けまでじっとしていた。

翌朝、連絡先の「シオミ」を確認したら、今度は三件になっていた。全部番号が違う。全部地元の市外局番だった。

私はその日のうちにスマホを機種変更の名目で初期化した。バックアップを取ってから、全データを消去した。

帰省最終日、荷物をまとめながら、ふと思った。

この集落に「シオミ」という名前の人は、本当にいないのだろうか。

母に聞いた。「昔から、この辺に塩見って苗字の家、なかった?」

母は手を止めた。

少し間があってから、「塩見さんなら、港の向こうにいたけど、もう随分前に亡くなったよ」と言った。

「何人亡くなったの」と私は聞いた。

母は答えなかった。代わりに「帰りの時間、大丈夫なの」と話を変えた。

私は追いかけなかった。

帰りの電車の中で、念のために今のスマホの連絡先を確認した。初期化してバックアップから復元したから、見覚えのある名前しか入っていないはずだった。

一番下までスクロールして、止まった。

バックアップにはなかったはずの一件が、最後に追加されていた。

「しおみ」だった。

番号は、帰省中に見たどの番号とも違う、見たことのない番号だった。

私はその場で削除した。

家に帰ってから、今も毎日確認している。今のところ、それ以上増えてはいない。

でも、一つだけ、ずっと気になっていることがある。

あの夜、「みてる」というメッセージに、私が開く前から既読がついていた。

ということは、「シオミ」は私のスマホの中から、私の部屋を見ていたということになる。

「みてる」は、私に向けたメッセージではなかったのかもしれない。

誰か別の誰かに向けた、報告だったのかもしれない。

あなたが今、もし連絡先に見覚えのない名前を見つけたとして、あなたならどうしますか。

削除しますか。

それとも、そのままにしておきますか。

私には、どちらが正解だったのか、今でも分からない。

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました