定年後に移り住んだ漁村で、台風の夜ごとに玄関先へ続く足跡を見つけた男の記録。誰も来ていないはずなのに、毎年その跡は確実に「家の中へ向かっていた」。
これはわたしが六十三歳のときに体験した話で、今でもうまく整理がつかないまま書いている。
定年を迎えた春、わたしは妻に先立たれた家を畳んで、縁もゆかりもない港町へ引っ越した。妻と生前に「老後は海の見える場所に住もう」と話していたのを、ひとりで実行した。それだけの理由だった。
町の名前は出さない。ただ、半島の付け根あたりに位置する小さな漁村で、人口は数百人、夏でも観光客がほとんど来ない、本当に静かな場所だった。わたしが借りたのは漁師だった老夫婦が使っていた平屋で、海まで歩いて三分もかからない。玄関を開けると潮の匂いが入ってきた。最初の一週間は、その匂いが心地よかった。
引っ越してから最初の夏が終わるころ、台風の話を近所の人から聞いた。
「この辺はな、台風がくると海が荒れる。荒れるだけならいいんだが、翌朝は浜に出ないほうがいい」
釣り道具屋を営む七十代の男性で、わたしが越してきたとき挨拶に行った相手だった。理由を訊くと、彼はちょっと間を置いて、「気分が悪くなるから」とだけ言った。台風のあとの浜には、流れ着いたものが散乱していることがある。そういう意味だろうと、そのときは受け取った。
その年の秋、最初の台風が来た。
前日から雨が激しくなって、夜には風が壁を叩く音で眠れなかった。築四十年の平屋は思ったより頑丈だったが、雨戸の隙間から風がぴゅうぴゅうと鳴って、夜中じゅう家全体が震えているような感覚があった。
翌朝、嵐は嘘のように収まっていた。
空は白く、波の音だけがいつもより大きかった。わたしは玄関を開けて外の様子を見ようとして、そこで足が止まった。
玄関の三和土から続く、土間の前のコンクリートの上に、足跡があった。
濡れた足跡だった。裸足の、大人の足跡。玄関先から三和土の中まで、ゆっくりと踏み込んできたような向きで、二、三歩分、はっきりと残っていた。
わたしは最初、自分が夜中にトイレにでも起きて外へ出たのかと思った。でも、わたしは裸足で外へ出る習慣はない。それに、足跡の向きがおかしかった。外から内へ向かっていた。わたしが出ていったなら、内から外になるはずだ。
もしかしたら近所の誰かが、嵐の最中に安否を確かめに来てくれたのかもしれない。そう思って、釣り道具屋の主人のところへ行った。彼は「行ってないよ」と言った。他に心当たりがないか訊いたが、台風の夜にわざわざ人の家を訪ねる人間はいない、と言い切った。
気にはなったが、それ以上のことは起きなかった。足跡はすぐに乾いて消えた。わたしは日記にそのことを書き留めて、いつの間にか忘れた。
次の台風が来たのは翌年の夏の終わりだった。
あの夜のことは今でもよく覚えている。雨が横から叩きつけるような降り方で、夕方から深夜まで風がやまなかった。わたしは早めに風呂に入って、布団の中でラジオをつけながら嵐をやり過ごした。
翌朝、また足跡があった。
今度は前の年より数が多かった。玄関先から三和土の奥まで、六歩か七歩。向きはやはり外から内へ。裸足の、大人の足跡だった。前の年と同じ大きさに見えた。
わたしはしばらくその場に立って、足跡を眺めた。心臓がゆっくり速くなっていくのを感じながら、でも声は出なかった。「また来た」という感覚だけがあった。
このとき初めて、前の年の日記を読み返した。足跡の大きさ、向き、位置、どれも一致していた。
釣り道具屋の主人にもう一度話を聞きに行った。今度は前年の話も合わせて伝えた。彼はわたしの顔を見てから、少し考えるような間を置いて、「その家、前に誰が住んでたか知ってるか」と言った。
老夫婦が住んでいたと聞いている、と答えると、彼は「その前」と繰り返した。
戦後しばらく、その家は漁師の一家が住んでいたらしい。一家の主は、台風の夜に漁に出て戻らなかった。波に飲まれたのか、船ごと消えた。遺体は上がらなかった。残された家族は数年後に町を出た。それ以来、誰かが住んでは出ていく家になった。
「長く住んでる人間はいなかった」と彼は言った。「でも足跡の話は、わたしは初めて聞いた」
なぜ今まで言わなかったのかと訊いたら、「言うタイミングがなかった」と言った。それきり、彼はその話をしたがらなかった。
わたしはその夜、玄関の鍵をもう一度確かめた。鍵は閉まっていた。翌朝確かめても変わっていなかった。
問題は、足跡が鍵の外側ではなく、中まで入ってきていることだった。
三年目の台風が来たとき、わたしは意図的に眠らずにいた。
台風が最も激しくなった深夜二時ごろ、玄関のほうでかすかな音がした。音というより、気配に近かった。足音ではない。ただ、玄関の方向の空気が、少し重くなった気がした。
懐中電灯を持って行ったが、玄関には何もなかった。鍵はかかっている。ドアの外は嵐だった。わたしはそのまま三和土に座って、夜明けまで動かなかった。
夜が明けて外を確かめると、足跡はやはりあった。
わたしが座っていた場所のすぐそばまで来て、止まっていた。
前の年より歩数が増えていた。
わたしは翌日、荷物をまとめはじめた。二週間かけて片付けをして、その家を出た。
引っ越しの挨拶に釣り道具屋の主人のところへ行くと、彼は「そうか」とだけ言った。残念そうな顔ではなかった。どちらかといえば、安堵しているように見えた。
「足跡はどこへ向かっていたと思いますか」とわたしは訊いた。
彼はしばらく黙ってから、「台風の夜に海で死んだ人間が、帰ろうとしたんじゃないか」と言った。「家を探して、毎年来てたんだろう。自分の家だと思って」
「でも自分の家族はもういない」
「そうだな」と彼は言った。「だから毎年来るんだろう」
わたしはその答えが正しいかどうか、今でもわからない。ただ、三年間で確かめたことがある。台風の夜だけ足跡は現れた。向きは必ず、外から内へ。年を追うごとに、歩数が増えた。そして、鍵はいつも閉まったままだった。
今、わたしは別の土地に住んでいる。海のない、静かな内陸の町だ。台風が来ても、翌朝玄関を確かめることはない。
ただ、ひとつだけ気になっていることがある。
あの家を出てから、わたしはこの話を誰にも話していない。書いたのも今回が初めてだ。それなのに、去年の台風の翌朝、今の家の玄関先に、濡れた跡があった。気のせいかもしれない。コンクリートの模様が雨で濡れて、そう見えただけかもしれない。
でも向きが、外から内へ向かっていた。
この話を最後まで読んでくれたあなたに、ひとつだけ聞いておきたい。
次の台風が来た翌朝、あなたは玄関を確かめるだろうか。
もし確かめたとして、そこに何かあっても、わたしには何もできない。
ただ、もし足跡があったなら、歩数だけは数えておいてほしい。
去年より増えていたとしたら、それは多分、近づいてきているということだから。

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