親友の結婚式の写真に、誰も招待していないはずの人物が何枚も写り込んでいた。式の記憶を辿るほど、その人物の輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。
これは三年ほど前の話になる。
私には、中学からの付き合いになる親友がいて、彼女のことを仮にミキと呼ぶことにする。ミキとは高校も違ったし、大学も違った。就職してからは住む場所まで違ってしまったけれど、それでも年に数回は必ず会うような、そういう関係が続いていた。
ミキが結婚すると連絡をくれたのは、三年前の春のことだった。相手は職場の同僚で、県境に近い小さな町の出身だという、おとなしそうな男性だった。私は一度だけ事前に紹介してもらったことがあって、第一印象は「真面目そう」だったと記憶している。ミキが幸せそうにしていたから、それで十分だった。
式は秋に行われた。場所は私が住む町から電車で一時間ほどのところにある、こぢんまりとしたチャペル付きのホテルだった。招待客は両家合わせて四十人ほどで、派手さはないが温かみのある、ミキらしい式だった。私は受付を頼まれていたので、式が始まる一時間前にはホテルに到着して、持ち場についていた。
その日のことはよく覚えている。秋晴れで、光がやわらかくて、ミキのウエディングドレスが午前中の光の中で本当にきれいだった。受付でのやり取りも、披露宴でのスピーチも、二次会の居酒屋も、全部が幸せな色をしていた。
式から二か月ほどたったころ、ミキからアルバムが届いた。プロのカメラマンが撮影した写真を製本したもので、A4サイズのしっかりした冊子だった。添えられた手紙に「一緒に作ってくれてありがとう、まずあなたに送りたかった」と書いてあって、それを読んだだけで目が潤んだ。
アルバムを開いたのは、休日の午後だった。コーヒーを淹れて、ゆっくりとページをめくった。ミキが誓いの言葉を読んでいる場面、ケーキカットの場面、両親への手紙を読む場面。一枚一枚が丁寧に選ばれていて、式の空気がそのまま閉じ込められているようだった。
最初にその人物に気づいたのは、披露宴の中盤あたりのページだった。テーブルを囲んだゲスト全体を引きで撮った一枚で、ミキと新郎の友人グループが笑っている場面だった。その右端に、白っぽいジャケットを着た人物が映っていた。
特に気にはしなかった。知らない顔でも、向こう側に座っているゲストなら私が知らなくて当然だし、新郎の友人や会社関係者は半分以上が初対面だった。ページをめくって、次の写真に移った。
けれどその人物は、次のページにも映っていた。
今度は少しアングルが変わって、ミキのテーブルに近い場所で撮られた一枚だった。新婦側の友人たちが集まってグラスを持ち上げている写真で、その背後に、やはり白いジャケットの人物がいた。ぼんやりとした焦点の合いかたで、こちらは顔がはっきりしなかった。でも体格や髪の長さは、さっきの人物と一致しているように見えた。
そのページを見たまま、少し考えた。同じ人がたまたま二枚に写っていたとしても、別におかしくない。式の会場はそれほど広くないし、カメラマンが動き回っていれば同じゲストが複数枚に映るのは自然なことだ。
でも、気になってアルバムを最初から見返した。
見返してみると、その人物は七枚に映っていた。
チャペルでの挙式の場面に一枚、受付周辺の記念写真に一枚、披露宴のテーブル全景に二枚、それから私も写っているウェルカムボードの前での集合写真に一枚、ケーキカットを遠くから見守る場面に一枚、最後にホテルのロビーで撮られたと思われる一枚。
七枚ともに白っぽいジャケットを着た、同じ人物だと思われる姿があった。
気になってミキに電話した。アルバム届いたよ、ありがとう、という話をひと通りしたあとで、さりげなく聞いてみた。
「一枚だけちょっと確認したいんだけど、白いジャケットを着たゲストって誰だっけ?」
ミキは少し間を置いてから、「白いジャケット?」と聞き返した。
「うん、披露宴の写真にちょこちょこ映ってる人がいるんだけど、誰だったかな、と思って」
「白いジャケットの人って、うちのゲストにいたっけ」とミキは言った。「男性? 女性?」
「わかんないんだよね、ちょっと遠くて。でも何枚かに映ってるから、ゲストの誰かかなと思って」
「ちょっと待って」と言って、ミキはしばらく黙った。「……うちのゲスト、ドレスコードがブルーグレー系だったの、覚えてない? 案内状に書いたじゃない。白を着てきた人はいなかったはずだけど」
それを聞いて、少し嫌な感触があった。そういえばそうだった。ミキから結婚式の案内が届いたとき、カラードレスがネイビーなので白系の服は避けてほしいという案内が添えられていた。私もそれに合わせてグレーの装いにしていた。
「もしかしたら気にしなかった人がいたかもしれないじゃない」と私は言った。
「まあ、いるかもしれないけど」とミキは答えたが、どこか釈然としない様子だった。「その写真、写メで送ってくれる?」
翌日、アルバムをスマートフォンで撮影してミキに送った。七枚分、全部送った。
返信は夜になってから来た。
「確認したけど、やっぱり誰なのかわからない」
「新郎側にも聞いてみた?」
「聞いた。彼も知らないって」
それきり、その話はいったんそこで止まった。ミキも深く掘り下げようとはしなかったし、私も「式場に問い合わせてみれば?」と言うくらいで、それ以上は追わなかった。式場に無関係の人間が入り込むのは難しいし、何かの手違いで別のパーティのゲストが混ざった可能性もある、という話でその日はまとまった。
でもそれから、私はその写真を何度も見返してしまった。
七枚のうちで一番顔が確認できるのは、ホテルのロビーで撮られた一枚だった。ほかのゲストが数人、笑いながら話し込んでいる背景に、その人物がいた。顔は半分ほどカメラに向いていて、表情はよく読み取れなかった。年齢もはっきりしない。髪は肩のあたりまであって、白いジャケットの上に何かを羽織っていた。
何度見ても、誰なのかわからなかった。
気になってきたのは、しばらくたってからだ。受付周辺の記念写真に映っているという一枚があると前に書いたが、改めてよく見ると、その写真はチャペルに入る前の時間帯に撮られているとわかった。
私は受付担当だった。チャペルに入る前の時間帯は、私はずっとそこにいた。ゲストが一人ずつ受付を通っていくのを、一人残らず確認していた。
白いジャケットの人物が受付を通った記憶が、どこにも引っかからなかった。
そのことに気づいてから、ほかの写真も見返した。チャペルでの挙式の場面に映っていた一枚は、挙式が始まった後に撮られたものだった。チャペルの扉は閉じられていて、ゲストは全員着席している状態だ。そのはずなのに、白いジャケットの人物は、着席した列の少し外側に立っているように見えた。
立っている、というより、そこに存在している、という表現の方が近い。周囲のゲストが全員椅子に座って前を向いているのに対して、その人物だけが、どこでもない方向を向いて立っていた。
私はその一枚を、スマートフォンの画面を最大まで拡大して見た。
顔は暗くてほとんどわからなかった。ただ、その人物だけがチャペル内の光から微妙に外れているように見えた。周囲がやわらかい西洋風の照明で照らされているのに、その人物のまわりだけ、光が届いていないような。
ミキにはそれ以上は言わなかった。
彼女は新婚生活を送っていて、幸せそうだった。わざわざその話を蒸し返して、結婚式の思い出に水を差したくなかった。
でも一つだけ、どうしても引っかかることがあって、それだけは書き残しておきたいと思う。
ミキから届いたアルバムと一緒に、式のフリータイムに撮ったスナップ写真を数枚プリントして同封してくれていた。カメラマンのではなく、ゲストや友人たちがスマートフォンで撮って集めた、カジュアルな写真だった。私も何枚か撮ったし、ほかの友人たちも撮っていた。
そのスナップの束の中にも、一枚だけ、白いジャケットの人物が写っている写真があった。
私がスマートフォンで撮った、ミキと二人で写っている写真の隅に、その人物が映り込んでいた。
私はその写真を撮った瞬間のことを、今でも覚えている。私とミキの二人しかいないところで、ミキの新郎に頼んで撮ってもらったのだ。式の途中、ちょっとした空き時間に廊下に出て、窓際で撮ってもらった。
廊下には、私とミキと、シャッターを押した新郎の、三人しかいなかった。
その廊下の写真の端に、白いジャケットの人物が映っている。
どこにいたのか、わからない。廊下は一本道で、すぐ後ろにはホテルの非常口があった。
私は今もそのアルバムを手元に持っている。捨てられずにいる。ミキの幸せな記録が詰まっているから捨てたくないという気持ちと、でも棚の奥にしまったまま開けたくないという気持ちが、ずっと同じくらいある。
ミキはあれから子どもも生まれて、今も元気でいる。それは何より良かったと思う。
ただ、一度だけ。去年の年末に久しぶりに会ったとき、ミキがふと口にした言葉が気になった。
「ねえ、あのアルバム、まだ持ってる?」
持ってると答えたら、ミキはしばらく黙ってから「そっか」と言った。
「どうしたの?」と聞いたら、「私のアルバム、なくなったんだよね」と彼女は言った。
引っ越しの荷物の中に入れておいたのに、どこを探してもないのだという。「どこ行っちゃったんだろうね」と笑っていたが、その笑い方がいつものミキとは少し違って見えた。
なくなったのがいつかは、聞けなかった。


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