死んだ友達のアカウントが、今日も更新されている

Uncategorized

交通事故で亡くなったはずの友人のSNSアカウントが、死後も更新され続けた。最初は誰かのいたずらだと思っていた。でも投稿される写真に、見覚えのある場所が映り始めたとき、俺は気づいてしまった。

中村が死んだのは、去年の十一月の話だ。

県境の町を縦断する国道で、深夜に単独事故を起こした。センターラインを越えてガードレールに激突したらしく、発見されたときにはもう手の施しようがなかったと聞いた。二十七歳だった。

俺と中村は大学時代からの付き合いで、卒業して別々の町に就職してからも、月に一度くらいはSNSのメッセージでやり取りをしていた。特別に仲が良いというわけでもなかったけれど、なんとなく縁が切れない、そういうタイプの友人だった。

訃報を知らせてくれたのは、共通の友人である立花だった。「中村が事故で亡くなった」というメッセージを受け取ったのが、事故から三日後の夜で、俺はしばらくスマホを持ったまま画面を見つめていた。

葬儀には行けなかった。中村の実家は北の方にある町で、急には仕事の都合がつかなかったのだ。後から悔やんだけれど、そのときはただ呆然としていた。

おかしなことが起きたのは、それから二週間後のことだった。

中村のSNSのアカウントに、新しい投稿が上がった。

最初は目を疑った。中村は生前から写真を撮るのが好きで、よく風景写真をアップしていたのだが、その日の投稿も同じようなものだった。枯れ木が並ぶ、どこかの川沿いの風景。それだけだった。キャプションも何もない。

俺は立花にすぐ連絡した。「中村のアカウント、誰かが使ってないか」と聞いたら、立花も気づいていたようで、「家族が記念に運用してるのかもしれない」と返ってきた。それが一番自然な解釈だった。遺族がアカウントを引き継いで、故人への追悼の意味で更新することは、最近では珍しくないらしい。

俺はそれで納得しようとした。

ところが次の投稿が上がったのは、それから三日後の深夜零時を少し回った時間だった。今度も風景写真で、ススキが揺れる空き地の画像だった。相変わらずキャプションはない。「いいね」の数は少しずつ増えていたが、コメントを書いている人間はほとんどいなかった。みんな、どう反応すればいいかわからなかったのだと思う。

俺も同じだった。

それでも、そのときはまだ「家族が更新しているのだろう」という説明に収まっていた。

状況が変わってきたのは、投稿が週に三回、四回と増えてきた頃だった。

内容はずっと同じで、どこかの風景写真だった。川、田んぼの畦道、薄暗い林の中の一本道、工事中の橋の上から撮ったような夜の国道。すべて人が映っていない。どこかを漂っているような写真ばかりで、俺は見るたびに微妙な気持ちになった。

違和感を覚えたのは、投稿の時間帯だった。

ほぼ毎回、深夜から明け方にかけての投稿だった。遺族が引き継いでいるなら、なぜこんな時間に更新するのか。しかも写真の場所が、明らかに生活圏ではなかった。人気のない道や、どこかの廃材置き場のような場所、夜の水辺。遺族が追悼のために撮るような写真ではない気がした。

俺は一度、中村のアカウントに直接メッセージを送ってみた。「誰ですか」と。

既読はついた。でも返事はなかった。

立花に話すと、「あのアカウントの中の人、本当に家族なのかな」と言い出した。立花が中村の妹にコンタクトを取ったらしいのだが、妹は「アカウントのことは知らない、家族の誰も触っていない」と答えたという。

それを聞いたとき、俺の中で何かが音を立てて崩れた気がした。

家族が更新していないなら、誰がやっているのか。

考えられる可能性はいくつかあった。中村と親しかった別の誰かがパスワードを知っていて、勝手に動かしている。あるいはハッキングされて悪用されている。どちらにしても気味の悪い話だが、まだ人間の仕業だという前提で考えることができた。

ところがある夜、アップされた写真を見て、俺は思わず声を出した。

見覚えのある場所だった。

写真に映っていたのは、俺が今住んでいるアパートの最寄り駅から徒歩五分ほどの場所にある、古い公園だった。地元の人間しか知らないような、こぢんまりとした公園で、夜間は街灯が一本しかなくて薄暗い。中村はこの町に来たことがなかった。少なくとも、俺が引っ越してから一度も。

写真は、その公園のブランコを正面から撮ったものだった。ブランコは揺れているように見えた。夜風のせいかもしれない。でも気になったのは別のことだった。写真の右端に、公園の出口のフェンスが写っていて、そのフェンスに沿って人影らしきものが一つ、ぼんやりと映っていた。街灯の光の加減かもしれないし、木の影かもしれない。でも輪郭が、人の形をしていた。

俺はスクリーンショットを撮って拡大したが、画質が荒れてよくわからなかった。

次の日、立花に写真を転送して「この公園、わかるか」と聞いた。立花は俺の町を知らないので当然わからなかったが、「それ、本当にお前の近所なのか」と何度も確認してきた。俺も何度も確認したかった。でも確認するまでもなく、それは俺が週に何度も通る公園だった。

その夜から、俺は少し外出が怖くなった。

深夜に投稿が来るたびに目が覚めるようになった。通知をオフにしていても、なぜか目が覚めた。そしてスマホを開くと、また新しい写真が上がっている。

撮影地が、じわじわと俺の生活圏に近づいてきているような気がした。

最寄り駅の近く、俺がよく使うスーパーの駐車場の隅、通勤に使う道の途中にある踏切。どれも夜間に撮られた写真で、どれも人が映っていない。ただ、場所だけが俺の知っている場所だった。

本当に偶然の一致なのか、それとも誰かが意図してやっているのか、俺には判断ができなかった。この辺に住んでいる他の人間が勝手にアカウントを使っているという可能性を考えてみたが、なぜわざわざそんなことをするのか、動機がまったく想像できなかった。

俺は一度だけ、件の公園に夜中に行ってみた。

公園には何もなかった。ブランコは静止していて、フェンスに人影もなかった。街灯の下に立って、しばらく辺りを見回したが、虫の声だけが聞こえた。

帰り道、ふとスマホを確認すると、中村のアカウントに新しい投稿が上がっていた。

また風景写真だった。夜の住宅街の一角で、街灯に照らされた電柱と細い路地が映っている。

俺は写真をよく見た。

どこか見覚えがある気がした。路地の形、電柱の立ち方、遠くに見える建物の輪郭。

それが今俺が歩いてきた道と、まったく同じだと気づくのに、数秒かかった。

写真が撮られたのは、たった今、俺がそこを通った直後の時刻だった。

俺は振り返った。

路地の方を見た。

誰もいなかった。電柱の影も、フェンスの陰も、どこにも人の姿はなかった。

それからアカウントの更新は止まった。ぴたりと止まった。あれから三ヶ月以上が経つが、一度も新しい投稿は上がっていない。

俺は今でも、毎晩その公園の前を通る。通勤路の関係で、避けようとすると大回りになるから、結局いつもそこを通ってしまう。

ブランコは動いていない。フェンスには何もいない。

ただ、写真のことをどうしても忘れられないでいる。

あの写真の撮影者は、どこから撮ったのか。あの路地に、カメラを向けられるような場所があっただろうか。俺は何度もGoogleマップで確認したが、どうにも位置関係がおかしい。あの角度から撮るためには、電柱を真正面にとらえるポジションに立たなければならない。

そのポジションは、俺が歩いていた場所とほぼ重なる。

つまり写真の撮影者は、俺とほぼ同じ場所に立っていなければならない計算になる。

俺がその場所を通り過ぎた、あの夜。

何もいなかったはずの、あの道で。

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました