庭の木について、誰も知らなかった

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実家の庭に、家族の誰も植えた覚えのない木が生えていた。調べるうちに、その木の歴史が、家族の歴史よりずっと古いことがわかってきた。

実家の庭に、木が一本ある。

庭自体は狭い。南向きの縁側から見渡せるくらいの広さで、父が趣味で植えた梅の木と、母が管理している小さな花壇があるだけだ。子供のころからそういう庭だった。特別なものは何もない、ただの郊外の一軒家の庭。

その木のことを意識し始めたのは、三十二歳の秋に実家へ戻ったときのことだった。

仕事の都合で県境の町を離れて十年近くが経っていた。都市部での暮らしが長くなって、実家には盆と正月にしか帰っていなかった。そのときも別段、特別な用事があったわけではない。父の還暦祝いの話し合いをするために、久しぶりに一週間ほど滞在することにしただけだ。

縁側に座って庭を眺めていたとき、梅の木の奥に、見慣れない木があることに気づいた。幹は細いが、背丈は私の胸くらいまである。葉は細長く、先端がやや尖っている。何の木かはよくわからなかった。

「あれ、いつ植えたの」と母に聞くと、母は縁側へ出てきて庭を見渡し、「どれ」と言った。

梅の木の陰になっているせいか、少し見えにくい場所だった。「あの細いやつ」と指さすと、母は眉を寄せながら「あら」と小さく言った。

「知らないわ。お父さんが植えたんじゃない」

父に聞くと、父も首をひねった。「俺は梅以外は植えとらん」と言い切った。

特に深く考えなかった。種が飛んできて自然に育ったのだろう、くらいに思っていた。庭木なんてそういうものだろうと。

気になり始めたのは、その三日後のことだった。

夕方、縁側から庭を見ていると、木の根元の土が、明らかに他の場所と違う色をしていることに気がついた。周囲の土は乾いた薄茶色なのに、その木の根元だけ、黒っぽく湿っている。雨は三日間降っていなかった。

触ってみると、ひんやりしていた。土の奥のほうから水が染み出しているような感触だった。でも、うちの庭にそんな場所はないはずだ。父に聞いても、「地下水脈なんてないよ」と言うだけだった。

翌日、何となく気になってその木を詳しく観察してみた。幹に近づいてよく見ると、根元のあたりに何かが埋まっているのがわかった。土が少し盛り上がっていて、端のほうに古びた木片のようなものが顔を出している。掘り出してみると、それは細長い板きれで、表面に何か書いてあった。

墨で書かれたような文字だったが、風雨にさらされているのか、ほとんど読めなかった。かろうじて判読できたのは、人の名前のように見える文字列と、数字の羅列だった。数字は年号のようにも見えたが、かなり古い年代を示しているように思えた。少なくとも、私が生まれるずっと前の数字だった。

板きれを母に見せると、母は顔色を変えた。「何これ、どこにあったの」と言って、板きれを裏返したり表に返したりした。「こんなもの、庭にあったの」という声が、少し上ずっていた。

その夜、父と母と三人で話し合った。二人とも、板きれに心当たりはないと言った。この家は私が生まれる前に父の両親が建てたもので、土地の歴史について父も詳しくは知らない。祖父母は十五年ほど前にすでに他界していた。

「何かを祀ったものかもしれない」と父が言った。それ以上のことはわからなかった。

次の日、近所に住む高齢の方を父が訪ねた。その方はこの地域に長く住んでいて、土地の古い話を知っているかもしれないということだった。私も同行した。

その方は八十代後半の男性で、父のことを覚えていてくれた。庭の木と板きれの話をすると、しばらく黙っていた。それから、「ああ、あそこか」と呟くように言った。

「あの土地は、もともと何かがあったんだよ。戦前の話だから俺もよくは知らんが、家が建つ前に、そこに小さな祠みたいなものがあったって、親父から聞いたことがある」

「どんな祠ですか」と聞くと、「さあ、詳しくは知らん」と言った。「ただ、その祠は家が建つときに取り壊されたって話だった。取り壊していいものなのか、当時から揉めたって聞いた気がするが」

家に帰ってから、もう一度庭の木を見た。何の変哲もない細い木だった。葉が風に揺れていた。

その夜、私は寝付けなかった。理由をうまく言葉にできないのだが、あの木が気になって仕方なかった。何かが引っかかっていた。

翌朝、もう一度木の根元を掘ってみた。板きれが埋まっていた深さより、もう少し深いところまで。父には「もうやめておけ」と言われたが、何となく確かめておきたかった。

深さ三十センチほど掘ったところで、手が止まった。

石が出てきた。ごつごつした自然石ではなく、四角く整えられた石だった。大きさは両手で抱えられるくらい。表面に、何か文様のようなものが彫ってある。深くは彫られていないので、土に長く埋まっていたせいで、ほとんど判別できなかった。

父を呼んで二人で見た。父は黙っていた。しばらくして、「埋め直しておこう」とだけ言った。

私も反対しなかった。何が正しいのかわからなかったし、掘り出してどうするべきかも見当がつかなかった。二人で元の深さに戻して、土をかぶせた。

その日の夕方、縁側から庭を眺めていると、あることに気づいた。

木の位置が、来たときより、少し違う気がした。

最初に気づいたとき、梅の木の奥に見えていたはずだった。梅の木の陰になっていて見えにくいと思っていたのに、今は梅の木より手前に見える。縁側から見て、はっきり視界に入る位置にある。

気のせいだと思いたかった。木が動くはずはない。自分の記憶が曖昧なのだろうと思った。でも確認のために最初に気づいたとき撮った写真を開いてみると、やはり木は梅の奥にあった。

写真と今の庭を見比べると、明らかに位置が違う。

一週間の滞在を終えて、私は家を出た。最後にもう一度庭を眺めた。木は縁側のすぐ近く、縁側から二メートルもない距離に立っていた。

実家を出てから一ヶ月後、母からメッセージが届いた。「庭の木、また大きくなった気がする」という短いメッセージだった。それきり、その話題は出なかった。

私から聞くこともできなかった。

翌年の春、実家に帰ったとき、私は真っ先に庭を確認した。木はあった。幹が、明らかに太くなっていた。高さも伸びていて、もう私の肩くらいまである。

縁側との距離は、一メートルもないくらいだった。

その木の根元の土は、相変わらず黒く湿っていた。

一度、その木の種類を調べようと、葉を一枚持ち帰って図鑑やネットで調べてみたことがある。形や質感が近い木をいくつか見つけたが、どれとも完全には一致しなかった。

調べているうちに、一つ気になる記述を見つけた。特定の地域で、かつて境界や土地の目印として特定の木を植える風習があったという内容だった。土地の区切りを示すために、石や板きれとともに木を植えるのだという。

境界、という言葉が頭に残った。

何の境界なのかは書いていなかった。

今も実家の庭に、あの木は立っている。母の話では、今年の秋にはもう縁側に触れるくらいの距離になっているらしい。

父は「切り倒そうか」と一度言ったそうだが、結局まだそのままにしている。

理由を聞くと、「なんとなく」と父は言ったそうだ。

私にもわかる気がした。切り倒した後のことを、なんとなく考えたくなかった。

その木が、何の境界を示しているのか。誰かが、いつ、何のために植えたのか。石と板きれが示していたのは、何の名前で、何の年代なのか。

わからないままにしてある。

わからないほうがいい気もしている。ただ、一つだけ確かなことがある。

実家に帰るたびに、あの木は縁側に近づいている。

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