【怖い話】廃校の夕暮れに、鐘が鳴った

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県境の集落に赴任した清掃員の男が、夕暮れになると鐘の音がする廃校に気づいたとき、すでに自分はその祭りの側に組み込まれていた。日常の中の「ルール」が少しずつ破られていく、静かな恐怖の記録。

これは、去年の夏の終わりに書き残しておこうと思ったものだ。時間が経てば経つほど、あのときの感覚が薄れていく気がして、今日ようやくキーボードに向かっている。

俺は現在、とある県境の町にある分譲マンションで管理人兼清掃員として働いている。前職は内装業で、腰を痛めてから立ち仕事がきつくなり、知人の紹介でこの仕事に就いた。管理組合との直接雇用で、住み込みの部屋も付いてくる。給料は決して高くないが、毎朝決まった時間に共用部を清掃して、郵便物を仕分けして、あとは設備のトラブルに対応する。それだけだ。静かな仕事だと思っていた。

そのマンションは町の南端に建っていて、敷地の裏手は古い農道を挟んで、使われなくなって久しい小学校の跡地に面している。廃校というほど朽ちてはいないが、校舎のガラス窓は一枚残らず目張りされ、正門は錆びた鉄製の門扉が南京錠でふさがれている。地元の人間に聞いても、いつ廃校になったのかはっきり言う人がいなかった。十数年前だという人もいれば、もっと昔だという人もいる。校庭に面した桜の木だけが、誰に世話されるわけでもなく、春になると律儀に花を咲かせていた。

管理人室に入ったとき、前任の管理人が残したものがいくつかあった。掃除用具や業務日誌の類は引き継ぎのために置いていったのだろうと思ったが、一つだけ腑に落ちないものがあった。管理人室の小窓、廃校の校舎が正面に見える向きについた、あの小さな窓だけに、外側からガムテープが貼られていた。他の窓はどれも普通のままなのに、そこだけが外から目張りされていた。不思議に思ったが、前任者が補修か何かの都合でやったのだろうと考えて、そのままにしておいた。

赴任して三週間ほど経ったころだった。夕方の清掃を終えて管理人室に戻ると、かすかに鐘の音が聞こえた。遠くの寺か神社から風に乗ってくるのかと思ったが、音の出所を確かめる気にもならなかった。その日は特に気にしなかった。

次にそれを聞いたのは、また夕暮れ時だった。日が傾きかけて、あたりが橙色と灰色の混ざったような光になる時間帯。マンションの住民の間では「逢魔が時」と呼ぶ人間なんて一人もいないだろうが、俺の中でその時間帯はなんとなくそういう印象がある。小さいころ、祖母に「夕方の路地を一人で歩くな」と言われていたせいかもしれない。そういう感覚が根っこにある人間だから、かえってその鐘の音が妙に引っかかった。

三度目に聞こえたとき、俺は外に出た。音は廃校の方から来ていた。校舎の中に鐘などあるはずがない。あるとしたら校庭の隅にある古い二宮金次郎像の台座の裏あたりに……などと根拠のないことを考えながら農道沿いに歩いた。夕暮れの光の中で見る廃校は、ガムテープで目張りされた窓が一列に並んでいて、どこか顔のように見えた。音はもう聞こえなくなっていた。

そこで引き返せばよかったと、今なら思う。

帰り際、俺は農道わきの電柱に紙が貼ってあるのに気づいた。古びた和紙に、墨で何かが書かれている。近づいてみると、それは手書きの告知のようなもので、日付は読み取れなかったが「送り鐘の折、校舎へ踏み入ること、固くこれを禁ず」とある。送り鐘、という言葉は初めて聞いた。盆の送り火のような意味合いかと思ったが、時期はもう九月に入っていたから盆ではない。

翌日、マンションの住民の一人に聞いてみた。六十代の女性で、この町に生まれ育ったという人だ。送り鐘という言葉を出すと、彼女の表情がわずかに変わった。変わった、というより、何かを押し込めるような顔になった。

「あれは、昔からある行事ですよ。秋の入りに鐘を鳴らして、夏の間こっちに来ていたものを帰すんです。それだけのことです」

それだけのことです、と彼女はもう一度繰り返した。強調するような言い方だったが、俺にはむしろ「それ以上聞くな」というように聞こえた。

その夜、俺は管理人室の引き出しを改めて確認した。前任者の業務日誌が数冊残っていて、読んだことがなかったのを思い出したからだ。ほとんどは設備トラブルの記録や住民対応のメモだったが、最後から二枚目のページに、走り書きのような文字でこう記されていた。

「夕方、鐘が鳴り始めたら管理人室の南窓を見るな。校舎の方を向かない。あれは見られることで力を得る。前任もそれで引きずられた」

前任、という言葉が二人分を指しているように見えた。つまり前任の前任が書いたということだ。前任者が引き継いだルールを、そのまま日誌に残して去った。そして今度は俺がそれを読んでいる。

俺はそこで初めて、管理人室の南窓のガムテープを思い出した。外側から貼られていたあのテープ。そこから廃校の校舎が正面に見える、あの小窓。

外から貼る必要がある理由は一つしかない。内側から貼っても剥がれてしまうから、誰かが外に出てわざわざ貼った。あるいは、内側から貼ることができない状況だったから外側から貼った。どちらにしても、前任の誰かは、その窓を完全に塞ぐことに必死だったということだ。

翌朝、俺は何の気なしにその窓のガムテープを端から剥がした。理由を聞かれても、なぜそうしたのか自分でもわからない。ただ、剥がした。清掃用の布で窓を拭いて、外の景色が見えるようにした。廃校の校舎が正面に見えた。特に何もなかった。

その日の夕方、鐘が鳴った。

今度は音が近かった。俺は外に出ることも、窓に近づくこともしなかった。管理人室の奥の壁に背を向け、目を閉じていた。三十分くらいそうしていたと思う。鐘は等間隔で、律儀に鳴り続けた。

音が止んだ後、俺はなぜかひどく喉が渇いていた。水を飲もうとシンクに向かったとき、ふと南窓の方を見た。

ガムテープが、また外側から貼られていた。

俺は慌てて外に出た。夕暮れの光はもうほとんど消えていて、農道には誰もいなかった。電柱の紙はなくなっていた。廃校の正門は、来た当初と同じように南京錠で閉じられている。鐘の音も、もうしない。

息が浅くなっているのに気づいて、俺は深呼吸した。

戻ってから、業務日誌の最後のページを見た。走り書きの下に、さらに薄い文字が続いていた。俺が初めて読んだときには見えなかった文字が、そこにあった。いや、あったのか、書き足されたのか、今でもわからない。

「あなたがここに来たのは、あなたが選ばれたからです」

俺は少し考えた後、その業務日誌を閉じて、引き出しの一番奥にしまった。

翌日から、南窓は開けていない。鐘は今でも、秋の入りになると夕暮れ時に鳴る。俺はそのたびに管理人室の奥に座って、壁を見ながら過ごす。住民に送り鐘の話をしたのは、あの六十代の女性だけだ。彼女は先月から、エントランスですれ違うたびに何か言いたそうな顔をする。だが何も言わない。俺も聞かない。

最近、もう一つ気になっていることがある。前任者の残した業務引き継ぎのメモに、俺の名前が書かれていた。最初は誤記か、偶然の一致だと思った。でも同姓同名どころか、生年月日まで正確に一致していた。

どういうことなのか、考えないようにしている。

ただ、毎朝清掃を終えて管理人室に戻るたびに、南窓のガムテープが外から貼り直されているかどうかを確認する習慣だけが、俺の中に残っている。

今日も、貼られていた。

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