お盆のトンネルに、線香の匂いが充満していた

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お盆の深夜、県境のトンネルを通るたびに漂ってくる「知らない家の匂い」。配達員の俺はその匂いの正体を追ううちに、あってはいけない事実に辿り着いた。

これを書いているのは、ある配送会社でルート配達をしている俺だ。担当エリアは県境に近い山間部で、地元の人間からは「峠の向こう側」と呼ばれているあたりになる。

別に怪談が好きなわけじゃない。ただ、去年のお盆に起きたことをどこかに吐き出しておかないと、自分の中で折り合いがつかない気がして、こうして書いている。信じるかどうかは読んだ人が決めてくれればいい。

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その話をするには、まずうちの会社の配達ルートについて説明しないといけない。

俺が担当している山間部の集落には、県道から外れた細い道を進んだ先に、全長が400メートルほどの古いトンネルがある。地元では「ニシノトンネル」と呼ばれているが、看板には別の名前が書いてある。地元の呼び名がいつから定着したのかは知らない。

このトンネルを越えないと、集落への荷物が届けられない。迂回路は存在するにはするが、山道を20分以上回り道することになるので、よほどのことがない限り誰も使わない。俺も配達を始めた最初の三ヶ月は迷わずトンネルを通っていたし、とくに何も感じなかった。

異変に気づいたのは、去年の8月13日のことだ。

その日は朝から荷物が多く、集落の配達が最後になった。トンネルに差し掛かったのは夕方の5時を少し回ったころだったと思う。お盆の入りで、集落のあちこちに迎え火の煙が見えていた。

トンネルの入り口に車を進めた瞬間、匂いがした。

線香の匂いだった。

最初は近くの家が焚いている迎え火の煙でも流れ込んでいるんだろうと思った。お盆だし、珍しいことじゃない。ただ、トンネルの中に入って50メートル、100メートルと進んでも匂いが消えないどころか、むしろ濃くなっていく。

線香の匂いというのは独特で、どこの家でも同じではない。俺の実家では白檀系の甘い匂いの線香を使っていたが、この匂いはそれとは違った。もう少し重くて、どこか古い畳と混ざったような、知らない家の仏壇の前に立ったときに感じるような匂いだった。

他人の家の、他人の弔いの匂い。

表現しづらいが、一番近いのはそれだと思う。

トンネルを抜けると匂いはすっと消えた。集落に入ると、どこかの家から焼き魚の匂いがしてきて、俺は「気のせいかな」と思いながら配達を済ませた。

問題は、次の日も同じだったことだ。

8月14日。その日も夕方の配達でトンネルに入ると、また匂いがした。前の日と同じ、知らない家の線香の匂い。今度ははっきり意識して確認したが、トンネルの入り口付近では匂わない。中に入った途端に漂ってきて、出口を出ると消える。

俺は車を一度止めて、窓を開けて外の空気を確かめた。トンネルの中の空気は外よりひんやりしていて、それ自体はおかしくない。でも匂いは確実にある。煙のように視覚的に見えるわけじゃないが、鼻を刺すようなはっきりした匂いだ。

集落に入ってから、顔見知りの農家のおじいさんに軽い気持ちで聞いてみた。

「あのトンネル、お盆になると線香の匂いしませんか」

おじいさんは少し間を置いてから、「ああ」とだけ言った。

「気にせんほうがええよ」

それ以上は何も言わなかった。俺も深追いしなかった。

ただ、その「ああ」の言い方が引っかかった。驚いた様子がまったくなかったから。まるでそういうものだと知っている人間の返し方だった。

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8月15日、送り盆の日。

俺の配達は午前中で終わる予定だったが、再配達が一件入って、結局トンネルを通ったのは夕方の6時近くになった。西の空がオレンジ色に染まっていて、集落の外れに送り火の煙が一筋上がっているのが見えた。

トンネルに入ると、また匂いがした。

でも、この日は違った。

匂いが強かった。前の二日間とは比べものにならないくらい、はっきりと、濃く漂っていた。まるでトンネルの中全体が大きな線香に包まれているみたいな感覚で、俺は思わず口元を手で覆った。

そのとき、ヘッドライトが照らす先に、何かが見えた。

人影、というか、人が立っているように見えた。トンネルの中央より少し先、右側の壁際に、こちらに背中を向けて佇んでいる人間のような輪郭。

俺はブレーキを踏んで速度を落とした。

配達用のバンだから視界はそれほど良くないが、確かに人がいる。歩いているわけでも動いているわけでもなく、ただ立っている。

ハザードランプを点けて、さらに速度を落としながら近づいた。

20メートルくらいまで近づいたとき、それが老人だとわかった。白い開襟シャツに地味な色のズボン、頭は薄く、背は低い。トンネルの壁をぼんやり見ているのか、あるいは目を閉じているのか、とにかくこちらに気づいていないように見えた。

俺は窓を開けて声をかけようとした。

「すみません、危ないですよ」

老人は振り向かなかった。

もう一度声をかけようとした瞬間、車がその場所を通り過ぎた。

バックミラーを見た。

誰もいなかった。

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トンネルを出てから、俺は路肩に車を止めて10分ほどそのままでいた。心臓がうるさかった。深呼吸を繰り返して、落ち着いてから考えた。

見間違いかもしれない。トンネルの壁の染みとか、光の加減とか。でも輪郭はかなりはっきりしていた。白いシャツの老人。バックミラーには映っていなかっただけで、壁際に張り付いて見えなかっただけかもしれない。

でも確認しに戻る気にはなれなかった。

その夜、俺は同じ配達ルートを担当している先輩のKさんに連絡を取った。Kさんは俺より10年以上このルートを走っている。

「ニシノトンネル、お盆に変なことありませんか」

電話の向こうでKさんは少し笑って、「あー、あの線香な」と言った。

「毎年だよ。お盆の三日間だけ匂う。最初は俺もびびったけど、慣れたわ。気にしないのが一番」

匂いについては知っていた。でも俺は老人の話をしようとして、やめた。なんとなく、言わないほうがいい気がした。

「何かあった?」とKさんが聞いてきた。

「いや、別に。匂いがしたんで確認しただけです」

「そっか。ま、お盆だからな」

電話を切ってから、俺はスマホでニシノトンネルについて検索してみた。地元の掲示板や観光サイトがいくつかヒットしたが、心霊スポットとして語られているような記事は見当たらなかった。

ただ一つ、地方の郷土資料をまとめたらしいサイトに、短い記述を見つけた。

現在のトンネルが開通する以前、この道では急勾配の峠道が使われており、戦後間もない時期に複数の死傷事故が発生していた、というような内容だった。詳細は書かれていなかったが、「現在のトンネルはその慰霊も兼ねて整備された」という一文があった。

慰霊を兼ねて整備された道、か。

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翌日からお盆が明けた。

俺は配達のたびにトンネルを通ったが、線香の匂いはしなかった。老人のような影も見えなかった。ニシノトンネルは元通りの、薄暗くて少し湿った、ただの古いトンネルに戻っていた。

あれから一年近くが経つ。

今年もお盆が近づいていて、俺はまた同じルートを担当している。正直に言うと、今年はトンネルを通るのがためらわれる。あの匂いがまた充満するのかと思うと、体が少し固くなる。

でも、一番ひっかかっているのはそこじゃない。

今年の春、集落の配達の帰りに、あの農家のおじいさんと久しぶりに顔を合わせた。世間話をしているうちに、去年の話が自然と出てきた。

「そういえば去年、線香の匂いのこと聞きましたよね」と俺が言うと、おじいさんは少し目を細めて、こう言った。

「そうそう。あのトンネルでな、お盆になると匂うって言うだろ。地元じゃ昔から、あれはトンネルが先に迎えに来とるんだって言うんよ」

「迎えに?」

「そう。ご先祖様を迎えに行くんじゃなくて、トンネルが先に迎えに来る。向こう側に引っ張ろうとして、匂いで呼んどるんやって」

俺は笑って聞き流した。民間伝承みたいなものだろうと思った。

でも帰り道、車の中でふと思い出したことがある。

去年の8月15日、俺はトンネルの中で白い開襟シャツの老人を見た。バックミラーには映らなかった。

その老人の後ろ姿が、うちの父親によく似ていた。

俺がそのことを意識から外していたのは、単純に怖かったからだと思う。でも今さらになって気になっていることがある。

去年の8月15日、送り盆の夜。

俺は父から一度も連絡を受けなかった。夕食の時間を過ぎても電話がなくて、翌朝かけ直したら「昨夜は早めに寝てた」と言っていた。

それだけなら別に何でもない話だ。

ただ父は、あの日の夕方、県境の町にいたはずなのだ。俺の実家に向かう途中で、あの道を通ったはずなのだ。

父は去年の秋から、体の調子が悪いと言って病院に通い始めた。

匂いで呼んどる、とおじいさんは言った。

向こう側に引っ張ろうとして。

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今年のお盆、父が「実家に顔を出す」と連絡してきた。いつもと同じ、あの道を通って来ると言っている。

俺はまだ、やめろと言えないでいる。

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