隣の席のメモについて

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会社のデスクに毎朝残されていた小さなメモ。最初はただの伝言だと思っていたが、そのメモには、まだ起きていないことが書かれていた。

あのメモのことを、もう誰かに話しておかないといけないと思って、ここに書くことにした。

私が今の会社に転職したのは、去年の春のことだ。県境に近い小さな地方都市で、特に目立つ産業があるわけでもなく、ただ古くからの商店街と、そこに根を張るような中小企業がひっそりと続いているような場所だった。転職先もそういう会社で、社員数は三十人ほど、オフィスは古いビルの三階をまるごと借りていた。

私のデスクは入り口から見て奥の窓際、五人分が横一列に並んだ島の、左から二番目だった。右隣は空席で、以前いた人が辞めてからずっと使われていないと、同じ島の先輩に教えてもらった。荷物も何も置いていない、本当にがらんとした席だった。

おかしいと思い始めたのは、転職して三週間くらいが経った頃だった。

朝、出社してデスクに座ろうとしたとき、チェアの上に小さな紙が一枚置いてあった。正方形に近い、どこにでもあるような付箋紙だ。薄い黄色で、ボールペンで細かい字が書いてある。

「午後の会議、資料が一枚足りない」

最初はそれを見て、前日の自分の確認不足だと思った。入社して間もない自分への、先輩か上司からの親切な注意書きだと解釈した。実際、その日の午後に会議があることは知っていたし、あわてて資料を確認したら、たしかに一枚、印刷し忘れているページがあった。

私は誰かが気を利かせてくれたのだと思って、島の中で親しい先輩に「メモ、ありがとうございました」と言った。先輩はきょとんとした顔で「何のこと?」と返してきた。他の人に聞いても、誰もメモを置いた記憶がないと言う。

おかしいとは思いながらも、その日はそれきりにした。誰かが冗談で置いたのか、あるいは自分が忘れているだけかと、深く考えないようにしていた。

次のメモが来たのは、それから四日後だった。

「今日、傘を持って帰ること」

その朝は晴れていた。私は傘を持ってきてさえいなかった。メモを見て少し笑ったくらいで、特に気にしていなかった。でも昼過ぎから空が急に曇り出して、夕方には激しい雨になった。その日は残業があって帰りが遅くなり、最寄り駅を出たときにはびしょ濡れになった。

翌朝、また付箋があった。「昨日の傘、本気で書いたのに」

それを見たとき、私は正直、かなり気味が悪かった。誰かが自分を見ていて、いたずらをしているのかとも考えた。ただ、文字が変わっていないことが引っかかった。三枚とも、同じボールペンで書いたような、細くて几帳面な字だった。

私はその後、一週間ほどメモが来るたびに保管しておくことにした。毎朝チェアを確認して、あれば日付と内容を別のノートに記録した。

記録してみると、メモは毎日届くわけではなかった。週に二、三回のペースで、不定期に置かれていた。内容はいつも短い。「今日は定時に上がれる」「お弁当、いつものやつ売り切れてる」「電話に気をつけて」——そういった、日常の細かいことばかりだった。

そしてその全部が、正しかった。

「電話に気をつけて」と書かれた日、私はクレーム対応で三時間電話に拘束された。「お弁当」のメモの日、近くのコンビニで私がいつも買うサンドウィッチが補充されていなかった。小さなことばかりだったが、外れたことが一度もなかった。

ある朝、私は少し早めに出社してみた。メモが置かれる瞬間を確かめたかったからだ。いつもより三十分早く来て、エレベーターを降りてからオフィスの扉を開けた。

私のデスクのチェアには、何も置かれていなかった。

でも席に荷物を置いて、お手洗いに行って戻ってきたら、あった。薄い黄色の付箋が、チェアの上に。「早起き、偉い」と書かれていた。

私はその日、トイレから戻るまでの数分の間、誰かがオフィスに入ってきたかどうかを確認するために、扉の近くにいた同僚に後で聞いてみた。「誰も来ていない」と言われた。

そこから先、私は少し神経質になっていった。

メモの差出人が気になって、右隣の空席をよく観察するようになった。何もない机だと思っていたが、よく見ると引き出しの下の段だけ、少し開き方がかたくなっていた。前に使っていた人が残した何かが引っかかっているのかもしれない。総務の人に頼んで、引き出しを全部開けてもらった。

中は空だった。何もなかった。ただ、一番下の引き出しの底に、直接書いたような薄い文字があった。ボールペンで、「もう来なくていい」と。

その文字だけが、他のメモと筆跡が違った。

私は気になって、以前その席に座っていた人について、親しい先輩にそれとなく聞いてみた。先輩は少し間を置いてから、「あの人は急に来なくなったんだよ」と言った。「病気か何かだって話だったけど、詳しくは知らない。ある日突然、荷物だけ段ボールで届いて、それきり連絡もなくて」と。

荷物が届いた。その言い方が少し気になった。「本人じゃなくて?」と聞いたら、「そう、宅配業者が持ってきた。誰が手配したのかわからないって、当時の総務が困ってたらしい」と教えてくれた。

その夜、家に帰ってから、私は保管していたメモを全部並べて見直した。日付順に並べると、最初のメモから今日まで、全部で十七枚あった。内容を改めて読んでいくと、どれも私の行動や出来事を正確に予測していた。

最後から二番目のメモが、その日の朝に置かれていたものだった。「引き出しの中は見ない方がよかった」と書かれていた。

私はその文章を読んで、ようやく気づいた。メモはいつも、出来事の前に来ていた。引き出しを開けたのは今日の午後のことで、メモは今日の朝にあった。つまり、そのメモを書いたものは、私が引き出しを開けることを、朝の時点で知っていた。

十七枚の中に一枚だけ、内容が理解できないものがあった。三週目に来たメモで、当時は意味がわからなくて記録だけしておいたものだ。

「右の席には座らないで」

私はその一枚を見つめながら、右隣の空席に視線を移した。何もない机と、何もない椅子。昼間は気にならなかったのに、夜に自分の部屋でそれを思い返すと、なぜか息が少し詰まった。

翌朝、出社したとき、いつものようにチェアを確認した。

付箋は今日もあった。

「私のことを誰かに話すつもりでしょう」

私は、その付箋を手に取りながら、これをどこかに記録として残しておかなければという気持ちが、急に強くなった。理由はうまく言えない。ただ、誰かに知っておいてほしかった。

その後も出社するたびに確認を続けたが、あの日以来、メモは一枚も来ていない。右隣の席は今も空のまま、引き出しもあの日のままかたく閉まっている。

ただ一つ、変わったことがある。

昨日の朝、出社したとき、右隣の席のチェアが少しだけ内側を向いていた。前日に帰るとき、私はあの席を通りながら、何となくチェアが外を向いているのを見た記憶がある。誰かが座れば、そういう向きになる。

私は結局、それを総務にも上司にも話していない。話したところで、説明できる気がしなかった。

ただ、今朝もデスクに向かうとき、私は右隣の席を見ないようにして座った。

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