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うちの玄関マットが変わっていく話 | 不可解ノート

うちの玄関マットが変わっていく話

引っ越し先のマンションで、誰も交換した覚えのない玄関マットが少しずつ別のものに変わっていた。気づいたとき、私はすでに何かを招き入れていたのかもしれない。

これを書いているのは、あの部屋を引き払って三ヶ月ほど経ってからのことだ。今は実家に戻っていて、日常は表面上ごく普通に流れているけれど、私は毎朝、玄関に立つたびに足元を確認する癖がついてしまった。靴を脱ぐ前に、一度だけ、マットに目を落とす。それが今の私の習慣になっている。

あのマンションに越したのは、就職して二年目の春だった。職場から電車で二駅、築十五年ほどの5階建て、オートロックつきのごく普通の物件だった。前の住人が丁寧に使っていたらしく、部屋はきれいで、特に引っかかるものは何もなかった。不動産屋の担当者が「女性の一人暮らしには落ち着いた物件ですよ」と言っていたのをよく覚えている。そのとおりだと思った。静かで、隣の物音もほとんど聞こえなかった。

最初に気づいたのは、入居して四ヶ月ほど経ったころのことだ。

私が最初に買った玄関マットは、濃いグレーの無地のものだった。100均ではなく、雑貨屋でそこそこの値段を出して選んだもので、滑り止めがしっかりしていて気に入っていた。ところがある日曜日の朝、出かけようとして玄関に立ったとき、足元のマットが濃いネイビーになっていることに気がついた。

最初は自分の記憶違いだと思った。買うとき、ネイビーと迷っていたのは本当のことだったので、「あれ、ネイビーにしてたっけ」くらいに思って出かけてしまった。でも帰ってきてから改めてしゃがんで見ると、それはどう見てもネイビーで、グレーではなかった。手触りも、繊維の目の細かさも、前のマットと違う気がした。

ただ、違和感はそれだけだった。部屋の中に誰かが入った形跡もなかったし、鍵も正常に機能していた。「気のせいだ」と結論づけて、しばらくそのままにしておいた。

次に変わったのは、それから二週間ほどのことだった。

帰宅して玄関の電気をつけたとき、マットがベージュになっていた。薄い、アイボリーに近いベージュで、表面に細かい格子模様が入っていた。私はしばらくドアの前に立ったまま動けなかった。これは明らかにおかしかった。色が変わっただけではなく、柄まで変わっていた。

その夜、管理会社に電話した。留守番電話につながったので、「部屋に関して確認したいことがある」とだけ伝えた。翌日折り返しがあったけれど、担当者はひたすら困惑しているようで、「合鍵の貸し出し記録はない」「清掃業者が入る予定もない」と言うだけだった。鍵を交換することはできるが、費用が発生する、という話になり、そのときの私はまだそこまでするほどでもないと思ってしまった。今思えば、そこで動くべきだった。

職場の先輩に話すと、「誰かに合鍵作られてるんじゃないの」と真顔で言われた。その可能性が頭になかったわけじゃないけれど、だとしたら動機が意味不明すぎる。玄関マットだけ変えて帰るって何なんだ、という話だ。いたずらにしては手が込みすぎているし、盗みでも嫌がらせでも目的が見えない。

その後しばらくは何も変わらなかった。一ヶ月ほど、ベージュのマットがそのまま置いてあった。私はそれを捨てることもできず、かといって愛着を持つこともできず、毎朝なんとなく踏んで出かけていた。

変化が加速したのは、梅雨に入ってからだ。

六月の半ばに帰宅すると、玄関マットが深い赤に変わっていた。えんじ色に近い、少し厚みのある布製のマットで、端に細いフリンジがついていた。私はそれを見た瞬間、無意識に一歩後ずさりしていた。色のせいだと思う。赤というのは、どこかで「警告」に見える。

その週末、私は実家に電話して、この話を母に打ち明けた。母はしばらく黙ってから、「一回帰ってきなさい」と言った。私は「大げさだよ」と笑ったが、母の声のトーンが普段と違っていたので、翌週末に実家へ戻った。

母は、私が子どものころ近所に住んでいたという老人の話を始めた。その人は「場所に好かれる人と嫌われる人がいる」という言い方をよくしていたらしい。場所に好かれると、いろんなものが引き寄せられてくる。ものだけじゃなくて、気配も、意思みたいなものも。そういう話だった。私は「それって怖い話じゃなくて縁起がいい話じゃないの」と返したが、母は「好かれることが、いいこととは限らない」と言った。

その言葉は何日か頭の中に残った。

部屋に戻ってから、私はマットを記録することにした。スマートフォンで写真を撮り、日付と一緒にメモアプリに保存するようにした。几帳面な性格ではないけれど、記録があれば何かの役に立つかもしれないと思ったのだ。

写真を撮りはじめてから十日ほどは何も変わらなかった。赤いマットがそのままだった。私は少し拍子抜けして、「もう終わったのかも」と思いはじめていた。

異変が起きたのは、七月の初めの平日の夜だった。

残業を終えて帰宅し、玄関の電気をつけると、マットの上に何かが置いてあった。最初は荷物かと思った。でも近づいてみると、それは小さな靴だった。子どもの靴、おそらく幼稚園か小学校低学年くらいのサイズの、白いスニーカーが片方だけ、マットの真ん中に揃えて置いてあった。

私はそのまま十分ほど、玄関から動けなかった。靴は脱ぎ捨てられていたのではなく、きちんとつま先を前に向けて置かれていた。誰かが意図的に置いたのは明らかだった。マット自体は赤いまま変わっていなかったけれど、靴のせいでその赤さがより強く見えた。

震える手で110番を押しかけて、やめた。泥棒でもないし、不法侵入の証拠もないし、子どもの靴が置いてあります、では何を説明すればいいのかわからなかった。結局その夜は近くのビジネスホテルに泊まり、翌朝明るくなってから戻ると、靴は消えていた。マットも、今度は変わっていた。何の変哲もない、白いマットになっていた。

その白さが、なぜかいちばん怖かった。

白というのは、何も主張しない色だ。でもそのマットは、何かを拭い去った後みたいな白さに見えた。私はしばらくそれを見ていて、ふと気づいたことがあった。この部屋に越してから、私は一度も、同じ階の住人と顔を合わせたことがない、ということだ。

5階建てで、私の部屋は3階だった。同じフロアに他にも部屋はいくつかあるはずなのに、一度も会ったことがない。管理会社に聞いたとき、「同じ階に入居者はいますか」と聞けばよかった、と後から思った。でもそのときはなんとなく聞きそびれてしまった。

解約を決めたのは、それから一週間後のことだ。きっかけは些細なことだった。

ある夜、ベッドに入る前に何の気なしにメモアプリを開いて、マットの写真を見返していた。グレー、ネイビー、ベージュ、赤、白と続く記録を見ていて、私はあることに気がついた。

写真の中の靴のことを確認しようとして、写真を見ると、そこには靴が写っていなかった。マットだけが赤く写っていて、靴は存在しない。

でも私は確かに撮った。靴の写真を撮った記憶がある。ホテルに逃げる前に、それだけは記録しておこうと思って、撮ったはずだった。

その写真が、ない。

消えたのか、最初から撮れていなかったのか、それとも私の記憶が間違っているのか、今でもわからない。ただ、その夜のうちに解約の意思を管理会社のメールアドレスに送り、翌月末には部屋を出た。

引っ越しの日、最後に玄関に立ったとき、マットは白いままだった。私はそれを持っていこうかどうか少し迷ったが、やめた。自分で買ったものじゃないから、という理由にした。

今でも時々考えることがある。あのマットは誰が変えていたのか、ということ。合鍵を持った誰かなのか、あるいは全然別の何かなのか。子どもの靴は誰のもので、どこから来てどこへ消えたのか。

でも、いちばん考えるのはそこじゃない。

あの部屋に入居したとき、前の住人が「丁寧に使っていた」と担当者は言っていた。でも、前の住人が置いていったものは何もなかった。荷物も、ゴミも、何もなかった。玄関マットでさえも。

だから最初のマット、グレーの無地のマット、あれは確かに私が選んで買ったものだ。それなのに、なぜ、最初に変わったあとのネイビーのマットは、私が迷って買わなかった方の色だったのだろう。

私が選ばなかった選択肢を、何かが知っていた。そう考えると、あのマンションに越してくる前から、何かはすでに私のことを見ていたんじゃないかという気がしてくる。

実家の玄関マットは、母が選んだ緑色のものだ。私は毎朝それを踏んで出かけるとき、ちゃんと緑であることを確認する。今日も緑だった。それだけは確かめないと、一日が始まらない気がしている。

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