実家から持ち帰った家族写真に、見覚えのない人物が少しずつ写り込んでいた。しかしそれ以上に怖いのは、家族の誰もその違和感を指摘しないことだった。
最初に気づいたのは、去年の春ごろのことだった。
実家から引き取った写真立てが三つある。どれもアルミ製の安っぽい枠で、十年以上前に親が量販店で買ってきたものだと思う。ひとつには家族四人で海に行ったときの写真、もうひとつには妹の成人式のときのもの、最後のひとつには特に思い出もない、近所の公園で撮ったような何気ない一枚が入っていた。
私がひとり暮らしを始めたとき、母が「部屋に飾っておきなさい」と半ば押しつけるように持たせてくれたものだ。当時はあまり写真を飾る趣味もなかったけれど、棚の上に並べておくうちにそれが当たり前の景色になって、特に意識することもなくなっていった。
おかしいと思ったのは、海の写真だった。
ある朝、いつもより少し早く目が覚めて、ぼんやりした頭のまま棚の前を通ったとき、何となく写真に目が止まった。家族四人、海を背景にして横に並んでいる。父、母、私、妹の順で並んでいて、妹が少し目を細めているのは逆光だったからだろう。何度も見てきた写真のはずだった。
でも、その朝見たとき、妹の隣に、もうひとり人が立っていた。
背の高い人物で、白いシャツを着ていた。顔はあいにく少し下を向いていて、はっきりとは見えなかった。最初は反射かと思った。窓から朝日が入ってきていたので、ガラスに何かが映り込んだのかと思って、角度を変えて見てみた。でも、どこから見ても、その人影は写真の中にいた。
私はしばらくそれを見つめていたけれど、だんだん自分の記憶の方が怪しくなってきた。そもそも五人で海に行ったこともあったんじゃないか。近所の人を連れていったことがあったかもしれない。そういえばあの夏は誰かと一緒だったような気もする、と、そうやって自分を納得させた。
次に気づいたのは、一ヶ月ほど後のことだ。
今度は公園の写真だった。これは確か、家族の誰かが何となく撮ったような写真で、別に誰かが中心に写っているわけでもなく、公園のベンチと木々が写っているだけだった。風景写真みたいなものだと思っていた。
でもある日見たら、ベンチに人が座っていた。
老人のような輪郭で、こちらを向いているようにも見えたけれど、小さすぎてよくわからなかった。写真自体が古くて少し黄ばんでいたので、余計に判別しにくかった。そういえば最初からこの人いたっけ、と思ったが、どうしても確かめようがなかった。
正直に言うと、このあたりではまだ怖いとは思っていなかった。ただ、少し引っかかる、というくらいの感覚だった。
転機になったのは、妹が遊びに来たときのことだ。
夏のはじめだったと思う。久しぶりに実家から出てきた妹が私の部屋に泊まって、二人でいろいろと話しながら夜を過ごした。翌朝、妹が棚の前に立って写真を眺めているのに気づいたとき、私は何の気なしに聞いた。
「海の写真、五人写ってない?」
妹はしばらく写真を見てから、「うん、写ってるね」と言った。
「誰だろう、あの人」
妹はもう一度じっと写真を見て、それから少し首を傾けた。「知り合いじゃないの? 近所のおばさんとかじゃないの?」
そのときの妹の声音が、不思議なくらい平坦だった。驚いた様子もなく、おかしいとも思っていないようで、ただ「そういうものだ」と言わんばかりの口ぶりだった。
私は「でも、最初は四人だったと思うんだけど」と続けてみた。
妹は少し笑って、「何言ってるの。ずっと五人じゃなかった?」と言った。
その会話はそれきりになって、私も深追いしなかった。でも、ずっと引っかかっていた。
秋になってから、成人式の写真を改めてちゃんと見た。
妹が着物を着て、母と並んで写っている写真だった。背景は写真館の内装で、薄い水色の壁が映っていた。前から何度も見ていたはずなのに、そのとき気づいたことがあった。妹と母の後ろに、鏡があった。写真館だから鏡があっても不思議ではない。でも、その鏡の中に、写真に写っているはずのない位置から、誰かが映っていた。
撮影のスタッフだろう、と思った。カメラマンが偶然映り込んだのかもしれない。だけど、その人影の背格好が、海の写真の中の人物と似ているような気がした。白いシャツ、背の高い体型。ただし写真が小さいので、確かなことは言えない。
気になって、スマートフォンで接写してみた。拡大しても画質が荒れるだけで、顔はやっぱりわからなかった。ただ、ひとつだけ気になったことがある。その人物の足元が、おかしかった。ちゃんとした言い方ができないのだけれど、床に接しているはずの足が、なんとなく宙に浮いているように見えた。影の付き方が、他の人と違うような気がした。
気のせいかもしれない。古い写真の、劣化した部分を見て、勝手に怖がっているだけかもしれない。
でも、私はそのころから写真立てをあまり見なくなった。棚の向きを少し変えて、直接目に入らないようにした。
先月のことだ。
実家に帰る用事があって、久しぶりに両親と食卓を囲んだ。何ということのない話をしながら食事をしていたとき、ふと思い立って、海の写真の話をしてみた。アルバムがあるなら見たいと思って。
「そういえばあの海の写真、五人写ってるんだけど、誰と一緒に行ったんだっけ?」
母が少し首をかしげた。「五人?」
「うん、白いシャツの背の高い人が一緒に写ってて」
母は考えるような間を置いてから、「そうだったかしら」と言った。確信のない言い方だった。
父は黙って聞いていたが、やがてお茶を一口飲んで「四人で行ったんじゃなかったか」と言った。
「でも写真には五人写ってるよ」
「そうか」と父は言ったきり、それ以上は何も言わなかった。
その後、母がアルバムを持ってきてくれた。古いアルバムを何冊かめくって、その海に行ったときの写真を一緒に探した。何枚か出てきた写真には、確かに家族四人だけが写っていた。砂浜で並んでいる写真、波打ち際で笑っている写真、どれも四人だった。
「写真立てのやつだけ違うのかな」と私が言うと、母は「あの写真立ての写真はどこから出てきたのかしらねえ」とつぶやいた。どこか遠い話をするような目をしていた。
帰り際、玄関で靴を履きながら、ふと振り返ったとき、廊下の突き当たりに古い写真立てが置いてあるのが見えた。実家の廊下には昔からいくつか写真が飾ってあって、見慣れた景色だったはずなのに、そのときなぜか視線が止まった。
遠くてよく見えなかったけれど、廊下の写真立ての中に、白いシャツの人物が写っているように見えた。
私は何も言わずに玄関を出た。
今、部屋の棚の上に、三つの写真立てはまだある。向きは変えたままだが、撤去はしていない。なぜかはわからない。捨てようとは何度も思ったのだけれど、なんとなく実行できていない。
ただ、ひとつだけ確かめたいことがある。
あの写真立ての写真が、どこから来たのかということだ。母はアルバムとは別のものだと言っていた。父も覚えていないと言っていた。妹は最初からそこにあったと思っている。私にも記憶がない。
誰かが持ってきた写真なのか、それとも最初からあった写真の中に、気づかないうちに誰かが加わっていたのか。
写真の中の人物は今も下を向いたままで、こちらに顔を見せていない。
一度だけ、夢の中でその人と目が合ったことがある。
でもその顔が誰だったのか、目が覚めたらもう思い出せなかった。


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