台風の夜、実家に帰省した私のスマホに、見知らぬ連絡先から「今どこにいるの」というメッセージが届いた。既読がついていたのに、私はその夜、一度もスマホを開いていなかった。
これを書いているのは、あの夜から三週間が経った今日だ。
落ち着いて書けるようになったのはつい最近のことで、それまではスマホの通知音が鳴るたびに、画面を確認するのが怖くて仕方なかった。
今も完全に怖いのは変わらないけれど、誰かに話さないでいると、頭の中でどんどん形が変わっていく気がして、怖くなる。だからここに書く。
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九月の初めに、私は実家に帰省した。
都市部から電車と在来線を乗り継いで、片道四時間ほどかかる場所にある。県境に近い小さな町で、周囲を田んぼに囲まれた、どこから見ても「田舎」という言葉がそのまま形になったような場所だ。
帰省の目的は母の手術後の療養の付き添いだった。大事な手術ではなかったけれど、父は仕事が忙しく、私は当時在宅勤務が続いていたので、少し長めに滞在できた。二週間ほど実家に泊まる予定にしていた。
着いた翌日から、母の通院に付き添ったり、家の掃除をしたり、特に大きな出来事もなく数日が過ぎた。
田んぼはちょうど穂が垂れてくる時期で、実家から続く一本道の両側が、夕方になると金色に変わる。子どものころは何とも思わなかった景色が、久しぶりに見ると妙に美しくて、何度か写真を撮った。
異変に気づいたのは、帰省から五日目の夜のことだった。
その日の夕方、天気予報では翌朝に台風が接近すると言っていた。風がだんだん強くなっていて、夜には雨も降り始めた。母と夕食を済ませ、私は自分の部屋に戻ってスマホを触っていた。
特に何をするでもなく、SNSを眺めたり、友人とメッセージのやり取りをしたりして、気づいたら日付が変わる少し前になっていた。
その時だ。
スマホに、見知らぬ番号からメッセージが届いた。
番号だけで、名前は登録されていない。メッセージアプリではなく、SMSだった。
「今どこにいるの」
それだけだった。
深夜に見知らぬ番号から届く一文というのは、それだけで不快なものがある。誰かの間違いか、あるいは迷惑業者かとも思った。私は少しの間それを眺めてから、返信せずに画面を閉じた。
問題は、翌朝に気づいた。
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台風は夜中に最も勢力が強く、朝には少し落ち着いていた。雨はまだ降っていたけれど、風は弱まっていた。
母が「庭木が倒れていないか見てくれる?」と言うので、私は外に出ようとスマホを持った。その時に画面を開いて、昨夜のSMSを確認しようとした。
既読になっていた。
私は、返信していない。画面を閉じた記憶がある。その後にアプリを開き直した覚えもない。でも、既読になっていた。
念のため、送信済みのメッセージを確認した。何も送っていない。ただ既読だけがついていた。
気味は悪かったけれど、スマホの誤作動かもしれないと思って、その日はそれ以上考えないようにした。庭木は一本、根元からひっくり返っていたが、家への被害はなかった。
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気になったのは、その夜だ。
台風は過ぎ去ったものの、雨はまだ続いていた。夜に母が早めに休んだあと、私はまた自分の部屋でスマホを触っていた。
ふと、昨夜のSMSを送ってきた番号のことを調べようと思い立った。検索しても、特に何も引っかかってこない。よくある詐欺系の番号かと思ったが、一応そういったデータベースにも登録がなかった。
もう一度、そのSMSのスレッドを開いた。
「今どこにいるの」
その一文の下に、送信済みの返信があった。
「実家にいます」
私が打った記憶は、ない。
画面を見て、十秒くらい固まっていたと思う。
打ち間違えて送ってしまったにしても、「実家にいます」という文章は、うっかり打てるようなものではない。私のスマホには指紋認証が設定されていて、ロックを解除しないと操作できないはずだった。
母がいたずらをするような人ではないし、そもそも母は私のスマホのロックを解除できない。
誰が打ったのか、わからなかった。
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さらに翌日。
私は昼過ぎに、買い物のために外に出た。実家から最寄りのスーパーまでは車で十五分ほどかかる。その途中、田んぼの間を抜ける一本道を通る。見通しのいい、まっすぐな道だ。両側は稲穂が続いて、台風のあとだから少し倒れているところもあった。
買い物を終えて実家に戻ったあと、ふとスマホの地図アプリを開いた。特に理由はなかった。なんとなく、天気を確認しようとしたのかもしれない。
地図アプリを開くと、現在地を示す青いアイコンが表示された。それは当然、今の私がいる場所、実家の付近を示しているはずだった。
でも、アイコンは実家ではなく、田んぼの中の一本道にあった。
私が昼に通った、あの道の途中に、ピンが立っていた。
位置情報のズレはよくある。電波の具合や建物の密集度によっては、数百メートルずれることもある。でもここは田んぼの中で、周りに建物はほとんどない。誤差でああいうことが起きるとは思えなかった。
それに、アイコンは動いていなかった。私は実家の中にいるのに、地図の上の私は、あの一本道に立ったまま、じっとしていた。
画面を閉じて、もう一度開いた。今度は正しく、実家付近に表示された。
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私はその夜、母に相談しようか迷ったが、やめた。母の体調が優れない時期だったし、心配させたくなかった。代わりに、都市部にいる友人にメッセージを送って、一連の出来事を簡単に伝えた。
友人は「スマホ壊れてるんじゃないの」と言った。それが一番まともな答えだと私も思った。
でも、その夜にまた、あの番号からSMSが届いた。
「今日、どこを通ったの」
今度は、既読にしないようにした。
画面を閉じて、スマホをポーチの中に入れて、布団をかぶった。
朝になってから確認しようと思った。
でも朝に見たら、また既読になっていた。
そして、返信が送られていた。
「田んぼの道を通りました」
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私がおかしいのかもしれない、と思い始めたのはこの辺りからだ。
寝ながら操作していたのか。でも指紋認証がある。夢遊病のようなことが起きているのか。でも私にそういう既往歴はない。
誰かが私のスマホを遠隔操作している可能性を考えた。スパイウェアのようなものが入っているのかもしれない。でも、そんなものに感染した心当たりがなかった。
連絡先を確認したら、あの番号がいつの間にか登録されていた。名前は「帰ってきた人」とあった。
私はその連絡先を登録した記憶がない。
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翌日、私は少し早めに帰省を切り上げることにした。母には「仕事が入った」と告げた。嘘だったけれど、母は「無理しないで帰りなさい」と言ってくれた。
帰り道、例の一本道を通る時、私はスマホをバッグの奥に入れた。画面を見たくなかった。
田んぼの道に差し掛かると、雨上がりの土の匂いがした。稲穂が台風で少し倒れていて、道の端に水が溜まっていた。窓を閉めていたのに、なぜかその匂いがはっきりわかった。
車を走らせながら、ふとバックミラーを見た。
後ろの席には誰もいない。
当たり前だ。私は一人で乗っている。
でもスマホが、バッグの中で振動した。
信号もない道だったけれど、私は車を路肩に寄せて止めた。手が震えていた。
ゆっくりバッグを開けて、スマホを取り出した。
あの番号からだった。
画面には、一文だけ表示されていた。
「今、一人じゃないよ」
私はしばらく、田んぼの中の道に止まったまま、動けなかった。外は相変わらず曇っていて、稲穂だけが風に揺れていた。
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都市部に戻ってから、スマホを初期化した。
「帰ってきた人」という連絡先も、やり取りの履歴も、すべて消えた。
あの番号に自分から連絡しなかったのは正解だったと今でも思っている。向こうから来るのを待っていたら、どうなっていたかわからない。
ただ、一つだけ気になることがある。
初期化したはずのスマホで今日、地図アプリを開いたら、現在地がズレていた。
実家から続く、あの一本道に、青いアイコンが立っていた。
これを書いているのは、あの夜から三週間が経った今日だ。

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