うちの子どもが増えた話

ある日から、子どもの数が一人増えていることに気づいた。夫は最初からそういうものだと言い、娘たちは何も変わらないように過ごしているが、私だけがずっと、おかしいと思い続けている。

最初に気づいたのは、去年の秋のことだった。

正確には、気づいたというより「あれ?」と引っかかった、という感じだ。特別に怖いわけでも、不気味なわけでもなく、ただただ「なんか変だな」という、ごく軽い違和感だった。あの程度の感覚を、もっと真剣に受け止めていれば、と今は思う。でも、当時の私は本当に気にしていなかった。

うちには娘が二人いる。上が七歳で、下が四歳。夫と私と四人で、ちょっと郊外の古い一戸建てに越してきたのが、ちょうど去年の夏のことだった。県境に近い、どこか時間の流れがゆっくりした感じの町で、近くに山があって、夜になると本当に静かになる。前の家が手狭になったのと、夫の仕事の関係で、思い切って引っ越しを決めたのだ。

引っ越しが落ち着いて、子どもたちが新しい環境に慣れ始めた九月の半ばごろ、私は居間で洗濯物を畳みながら、なんとなく子どもたちの様子を見ていた。庭に面した縁側のあたりで、三人の女の子が並んで何かしていた。

三人。

私はそのとき、何も思わなかった。「仲良く遊んでる」くらいにしか考えなかった。でも、後になってそのときのことを思い返すと、確かに三人いたのだ。上の子と下の子と、あと一人。その一人のことを、私は誰だと思ったのだろう。近所の子が遊びに来てたのかな、と思っていたのか。それさえ、もうわからない。

違和感が輪郭を持ち始めたのは、それから一週間ほど経ったある夜だ。

夕食が終わって、お風呂の順番を決めようとしたとき、私は自然に「じゃあ三人まとめて入っちゃう?」と言っていた。言ってから、自分の口から出た言葉が一瞬ひっかかった。三人?うちの子は二人じゃなかったか。

でも、目の前には確かに三人の女の子が立っていた。七歳の長女・さくら、四歳の次女・ひより、そしてもう一人。五歳か六歳くらいに見える、少し癖のある黒髪の子。

「この子は?」と聞こうとして、でも聞けなかった。なぜかというと、その子が私のことを「お母さん」と呼んだからだ。

「お母さん、先に入るー」

そう言って、ぱたぱたとお風呂場のほうへ走っていった。さくらとひよりも後を追って、きゃあきゃあ笑いながら走っていった。私はその場でしばらく立ち尽くしていた。

その夜、夫に「うちって子ども何人だっけ」と聞いてみた。おかしな質問だと我ながら思ったが、他に聞き方がわからなかった。夫はテレビから目を離さずに「三人」と答えた。当たり前のことを聞くな、という顔をしていた。

三人。

「そうだっけ」と言うと、夫はちらっと私を見て「疲れてんじゃないの」と言った。その顔に、嘘をついているとか、からかっているとか、そういう様子は全くなかった。本当に、当然のように三人だと思っているのだ。

私はその夜、頭の中でずっと確認し続けた。妊娠したのは二回。出産したのも二回。さくらのときと、ひよりのとき。間に流産したとか、養子をもらったとか、そういうことは一切ない。なのに、夫は三人だと言う。そして目の前に三人いる。

翌日、私は意識して三人目の子を観察することにした。

名前は「みずき」というらしかった。さくらが「みずきー」と呼んでいたし、ひよりも「みーちゃん」と呼んでいた。六歳くらいの、おとなしい印象の女の子で、よく本を読んでいた。食事のときもきちんと座って、行儀よく食べる。特別に不気味な様子はなかった。人見知りでもなく、かといって馴れ馴れしくもなく、ただ普通にそこにいた。

私が「みずき」と呼ぶと、ちゃんと返事をした。「お母さん」と呼ぶと、こちらを向いた。

でも、なぜか私はその子の顔を、うまく思い出せない。目を閉じると、輪郭がぼやけてしまう。さくらの顔はすぐ浮かぶ。ひよりの顔もはっきり浮かぶ。でもみずきの顔だけ、どうしても焦点が合わない感じがした。今もそうだ。

一ヶ月ほど経って、私は古いアルバムを引っ張り出してみた。引っ越しのときに段ボールに詰めたまま、押し入れの奥に入れていたものだ。

開いてすぐに、手が止まった。

写真の中に、みずきがいた。さくらの七五三の写真に。ひよりの誕生日の写真に。去年の夏休み、山に行ったときの集合写真に。どこにでも、みずきが写っていた。

私の記憶の中に、そのときの「みずきがいた場面」が全くないのに、写真の中では当たり前のようにそこにいる。さくらの隣で笑っていたり、ひよりを抱き上げていたり。

写真を撮ったのは私か夫のはずだ。誰かが写り込んだとか、そういう話ではない。きちんとフレームの中心にいる。家族として撮られている。

夫に見せると、「懐かしいな、このときみずきが転んで泣いたんだよな」と言った。そんな記憶、私にはない。

私はこっそり、自分の母親に電話した。三人目の子について、何か知っているか確かめようと思ったのだ。「うちの子、三人いるの知ってるよね」と聞くと、母は少し間を置いてから「当たり前じゃないの」と言った。「みずきちゃん、この前来たとき大きくなってたわねえ」と続けた。

じゃあ、おかしいのは私だけなのか。

そう思い始めたら、余計に怖くなった。みんながそれを当然と思っているのに、私だけが知らない。私の記憶が欠落しているのか、それとも私の記憶だけが正しくて、他の全員が何かに書き換えられているのか。どちらの可能性も、同じくらい怖かった。

ある晩、夜中に目が覚めて、水を飲みに台所へ行った。階段を下りながら、一階のほうを見ると、居間の電気がついていた。誰かいるのかな、とそっと覗くと、みずきが一人で座っていた。

何をしているわけでもなく、ただ膝を抱えて座っていた。こちらに背を向けていたから、顔は見えなかった。声をかけようとして、でも足が動かなかった。

みずきはしばらくそうしていて、やがてゆっくり立ち上がった。そして振り返ることなく、廊下の奥のほうへ歩いていった。その後ろ姿が、どうしても六歳の子どものものに見えなかった。背格好は確かに子どもなのに、歩き方というか、たたずまいというか、何かが違った。

私はそのまま台所に入れず、また二階へ戻った。水も飲まなかった。

翌朝、何事もなくみずきは朝ごはんを食べていた。食パンの耳を残す。それが習慣らしかった。さくらとひよりとじゃれ合いながら、ふつうの子どもとして、そこにいた。

私はまだ、誰にもこの話をしていない。夫に言っても「疲れてる」と言われるだろうし、私自身、本当に自分の記憶がおかしいだけなのかもしれないという気持ちもある。病院に行くことも考えたけれど、何をどう説明すればいいのかわからない。「子どもが一人多い気がします」なんて、まともに受け取ってもらえないだろう。

ただ一つだけ、どうしても消せない引っかかりがある。

さくらとひよりは、私と夫の子どもだから、二人とも夫の苗字だ。母子手帳もある、保険証もある、幼稚園の連絡帳もある。全部そろっている。

みずきのものも、ちゃんとある。そこには確かに私たちの苗字が書いてある。幼稚園も、一つ上のクラスに通っているらしい。

でも一度だけ、みずきが玄関で靴を脱いでいるときに、ふと思って声をかけた。

「みずき、生まれたのはどこだっけ」

なんとなく聞いた。返ってくる答えが怖かったわけじゃない。ただ聞きたかった。

みずきはしばらく靴を持ったまま動かなかった。それから、ゆっくりこちらを振り向いた。

「ここだよ」

そう言って、笑った。

ここ、というのはこの家のことを指しているのか。それとも別の何かを言っているのか。私にはわからなかった。わからないまま、みずきは靴を揃えて、さくらを追いかけて走っていった。

今日もみずきはいる。三人目の娘として、普通にそこにいる。私の違和感だけが、ずっと残ったままだ。

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました