実家に帰省するたびに、母が「おかえり」と言う前に食事の準備を始めている。おかしいのは、私が帰る日をいつも誰にも伝えていないことだ。
最初におかしいと思ったのは、三年前の秋のことだった。
当時の私は、電車で二時間ほどの距離にある実家を、年に数回のペースで訪ねていた。結婚もしていないし、特に急ぐ理由もないから、帰省のたびに直前まで日程を決めずにいることが多かった。前日の夜にふと「明日帰ろうかな」と思い立って、翌朝に荷物をまとめて出発する、という具合に。
その日もそうだった。特に用事があったわけじゃない。秋口の連休中で、どこか出かけるでもなく、部屋でぼんやりしているうちに、実家の味噌汁が無性に飲みたくなった。それだけの理由で、午前中のうちに電車に乗った。
母には連絡していなかった。着いてから電話すればいいか、と思っていたし、以前も何度かそうやって突然帰ったことがあった。
実家の玄関を開けると、台所から出汁の匂いがした。
「あ、帰ってきたの。ちょうどよかった、今ご飯できるから」
母はエプロン姿で振り返って、そう言った。声のトーンは至って普通で、驚いた様子もなかった。テーブルの上にはすでに二人分の食器が並んでいた。
私は玄関で少し立ち止まった。父はとっくに他界していて、母は一人暮らしだ。二人分というのは、私の分ということになる。
「……連絡した?私」
「してないけど、来るかなと思って」
そう言われればそうか、と思った。親子だし、なんとなく分かるものなのかもしれない。そのときはそう納得して、並んで昼ごはんを食べた。母の作る鯖の味噌煮は昔と変わらない味で、私はそれ以上のことを気にしなかった。
でも、次に帰ったときも、同じことが起きた。
それは翌年の春だった。また連絡せずに帰ったのに、着いた時間と食事の準備のタイミングがぴったり合っていた。今度はちゃんと数えた。私が玄関を開けた時点で、ちょうど味噌汁が仕上がったところだった。炊飯器の保温ランプも点いていて、おかずは二品。すべてが食べ頃の温度で並んでいた。
「また来るかなって思ったの?」
そう聞くと、母は少し首を傾けた。
「来そうな気がしてたから」
その答えに違和感を覚えたのは確かだが、私は深く掘り下げなかった。親の勘というものがあるのかもしれない、と自分を納得させた。
三度目は、夏の終わりだった。
このときは少し意地悪な気持ちで試してみた。帰省を決めたのは当日の朝で、しかも出発の時間を意図的にずらした。昼頃に着くつもりが、途中で気が変わって寄り道をした。古い商店街を少し歩いて、見覚えのない喫茶店に入り、一時間ほど時間を潰してから実家に向かった。
玄関を開けると、また匂いがした。
今度は天ぷらだった。かぼちゃとさつまいもと、えびが一本。揚げたてで、少し湯気が立っていた。
「寄り道してきたの?」
母がそう言った。
「なんでわかるの」
「遅かったから」
私はゆっくりと靴を脱いだ。頭の中で何かがひっかかっていたが、うまく言語化できなかった。ただ、母の料理のタイミングが、私の到着に合わせているというよりも、私の行動そのものを追いかけているように感じた。
秋になって、私は地元の友人に話した。同い年で、子供のころからの付き合いがある、ミキという子だ。実家の近くに住んでいる彼女は、私の母のことも昔からよく知っていた。
「あんたのお母さん、前からそういう感じあったよ」
ミキはさらっとそう言った。
「どういう感じ?」
「なんか、こっちが行こうかなって思ったくらいのタイミングで電話くれたりする。ちょっと不思議な人だなって思ってた」
ミキが言うには、先月も似たようなことがあったらしい。実家に顔を出そうかと迷っているときに、母からLINEが来た。内容は「遊びに来るなら今日がいいよ」というものだったという。
「行ったら、ケーキ買ってあったし。その日、私たまたま仕事が早く終わった日でさ。誰にも言ってないのに」
私は黙って聞いていた。
それからしばらく、意識して観察するようにした。帰省の間隔を変えたり、出発の時間を変えたり、経路を変えたりしながら、毎回記録をとった。
気がついたことがある。
母の作る朝食の内容が、少しずつ変わっていないのだ。
これは説明が難しいのだが、実家に帰るたびに食卓に並ぶ料理が、私が「これが食べたい」と思ったものと重なることが増えていった。明示的に伝えたわけではない。ただ、電車の中でぼんやりと「お母さんの炊き込みご飯が食べたい」と考えると、着いたときに炊き込みご飯があった。「サラダが食べたい」と思えば、彩りのいいサラダが出た。
最初は偶然だと思っていた。でも、半年で十数回試してみると、外れたのは一度だけだった。
その一度というのが、また気になった。
外れた日、私はどんな気持ちで電車に乗っていたかというと、正直に言えば、「今回は何を出すのか試してやろう」という気持ちだった。食べたいものを意識せず、あえて頭を空っぽにして実家に向かった。
そのとき、テーブルに並んでいたのは白いご飯と、具のない澄まし汁と、梅干しだけだった。
母は何も言わなかった。私も何も聞けなかった。二人で黙って食べた。澄まし汁の塩味が、やけに舌に残った。
一度だけ、直接聞いたことがある。どうして分かるの、と。
母はしばらく考えてから、こう言った。
「分かるわけじゃないよ。ただ、準備してないと間に合わないから」
「間に合わないって、何に?」
「あなたが来るのに」
それ以上は聞けなかった。
去年の冬、珍しく母の方から連絡が来た。「今度の日曜日、帰ってこれる?」という短いメッセージだった。珍しいな、と思いながら返事をして、指定された日に実家に戻った。
特に理由は話さなかった。食事をして、二人で少しテレビを見て、私は夕方に帰った。
翌週、ミキから連絡が来た。
「あんたのお母さん、先週体調崩してたみたい。近所の人から聞いた」
私は驚いて母に電話したが、「たいしたことない、もう治った」と言うだけだった。
あのとき母が私を呼んだのは、体調が悪かったからなのか。でも、それならなぜそう言わなかったのか。なぜ普通に食事を作って、普通に過ごしていたのか。
分からない。
最近、また一つ気になることがある。
今年の春から、私は実家に帰るたびに、自分の子供のころの部屋が少しずつ変わっていることに気づいている。家具の配置が変わったわけではない。ただ、窓際の棚に置いてある写真立ての中身が、少しずつ入れ替わっている気がする。
最初は気のせいかと思った。でも先月、確認のためにスマートフォンで写真を撮っておいた部屋の画像と、実際の部屋を見比べてみると、棚の上の写真が二枚、入れ替わっていた。
私の子供のころの写真と、母の若いころの写真が、入れ替わっていた。
意味は分からない。母に聞いてみようかとも思ったが、なんとなくできなかった。
この話には、結末がない。母は今も元気で、一人で暮らしている。私は今も、連絡せずに帰省することがある。そして母は今も、私が着くタイミングで食事を用意している。
ただ、最近一つだけ変わったことがある。
実家の玄関を開けたとき、以前は台所から母の気配がした。包丁の音や、鍋が揺れる音がした。
でも、ここ数回は、何も聞こえない。台所は静かで、それでもテーブルの上には食事が並んでいる。熱くて、揚げたてで、炊きたてで。
母に「いつ作ったの」と聞くと、決まって同じ答えが返ってくる。
「さっき」
私が玄関を開けた、その瞬間に。
それ以上は、考えないようにしている。

コメント