深夜の立体駐車場に映っていた話

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実家に帰省した夜、立体駐車場の防犯カメラ映像を見てしまったことで、それは始まった。深夜2時を挟んだあの記録は、なぜか過去にも残っていた。

これを書くかどうか、ずいぶん迷った。

信じてもらえないかもしれないし、信じてもらったとしても、それはそれで少し困る。でも、自分の中だけで抱えておくのも限界になってきた。だからこうして書く。

去年の秋、久しぶりに実家へ帰省した。

特別な理由があったわけじゃない。祖父の七回忌が近かったこと、それだけだ。盆には帰れなかったから、その分も兼ねてと母親に言われて、二泊三日の予定で県境の町に帰った。新幹線と在来線を乗り継いで、三時間ほどの距離にある、ひどく静かな町だ。コンビニが一軒と、かろうじてドラッグストアが一軒。スーパーは車で十五分走らないとない。そういう場所だ。

実家は昔ながらの一軒家で、玄関の引き戸が微妙に歪んでいて、開けるたびにギャッと音がする。それが子供のころから変わっていないのが、帰省するたびに妙に安心する。

一日目は法事の段取りを確認して、二日目に菩提寺へ行った。それで用件は終わりだった。

問題は、三日目の夜の話だ。

その夜、母親は早々に寝てしまっていた。僕は翌朝の電車まで時間を持て余して、居間でぼんやりしていた。実家のテレビは古くて、チャンネルを変えるのにリモコンを何度も押さないといけない。それすら面倒で、スマホをいじっていた。

そのとき、母から以前聞いた話を思い出した。

去年の春ごろだったか、実家の近くに「地域見守り事業」とかいう名目で、町内の何か所かに防犯カメラが設置されたらしい。高齢者の独居世帯が多いこの町では、子供たちが遠隔でも様子を確認できるようにと、カメラの映像を家族がスマホから見られる仕組みを作ったと聞いていた。うちの玄関先と、実家から徒歩五分ほどにある、古い立体駐車場の一階出入口付近にも設置されているという話だった。

母から、アプリのアカウントを共有してもらっていたことを思い出して、何気なく開いてみた。単純な好奇心だ。実家の玄関先のカメラは映像が荒くて、電灯の光がぼんやりと映っているだけだった。

それで次に、立体駐車場のカメラを開いた。

時刻はちょうど深夜2時を少し過ぎたころだったと思う。

最初は、何も変なものは映っていなかった。

古びたコンクリートの柱と、蛍光灯が一本、端の方でじりじりと明滅していた。駐車場の出入口は、夜間はシャッターが下りていて、車が入れないようになっている。その手前の歩行者用の小さな通路だけが開いていた。画角には、その通路の入口から少し奥の方、地下へ降りる階段の踊り場のあたりまでが映っていた。

誰もいない。

午前2時過ぎの駐車場なんだから当然で、何も特別なことはなかった。

ただ、映像の端っこに、何か白いものが見えた。

最初は光の反射か、カメラのノイズだと思った。でも、しばらく眺めていると、それは動かない。ノイズなら不規則にちらつくはずだが、それは同じ場所に、同じかたちで留まっている。

階段の踊り場のあたり、コンクリートの壁に半分隠れるような位置に、白い、人の横顔のような輪郭が見えていた。

「ような」というのは、そう断言できるほど鮮明じゃなかったからだ。解像度が低いし、夜間撮影特有のノイズで画像が乱れている。でも、見ていると、どうしても人の顔の輪郭に見えた。目のあたりが、くぼんでいた。

五分ほど見ていたが、それは動かなかった。

気持ち悪いとは思ったが、古い機材の映像なんてそんなものだと自分に言い聞かせて、アプリを閉じようとした。

そのとき、画面が少し切り替わった。

映像アプリには、過去の録画履歴を遡る機能があった。誰かが閲覧すると、自動で一週間分の過去映像にアクセスできる仕様らしい。僕が画面を操作しようとして、誤ってその履歴ページを開いてしまった。

「2時00分〜2時30分」のサムネイルが、過去七日分、ずらりと並んでいた。

試しに昨日のサムネイルを開いた。

同じ場所に、同じ白い輪郭があった。

一昨日を開いた。

あった。

その前の日も、その前も。確認できた七日分すべての、深夜2時前後の映像に、同じ位置に同じ白い輪郭が映っていた。

その輪郭は、毎回同じ場所に同じかたちで存在していた。動いてもいないし、消えてもいない。まるで柱の一部が剥落してできた模様のように、そこにあった。

壁の剥落かもしれない、と思った。そう思いたかった。

でも、翌朝、僕は少し回り道をして、その立体駐車場の前を通った。日中、人通りの多い時間帯に。

コンクリートの柱は、確かに古かった。表面がところどころ黒ずんでいたり、ひびが入ったりしていた。でも、階段の踊り場の壁には、白い何かが残っているような剥落の跡はなかった。壁の色は均一に薄汚れたグレーで、際立って白い場所はどこにもなかった。

気になって、その立体駐車場の管理会社を調べようとしたが、建物自体がかなり古く、管理主体がはっきりしなかった。町の掲示板のようなホームページに、この駐車場の名前が出てくることは何度かあったが、管理者の連絡先は見当たらない。

それだけなら、自分を納得させることはできたかもしれない。

ところが、実家への帰りの電車を待っている間に、もう少し調べてしまった。

その防犯カメラは、去年の春に設置されたと母から聞いていた。つまり録画データは、設置された日から蓄積されているはずだ。アプリの仕様を見ると、保存期間は通常一ヶ月分だが、管理者権限では最大一年分まで遡ることができると書いてあった。

母のアカウントで、管理者ページにアクセスしてみた。設定画面が開いて、録画履歴のアーカイブが表示された。

設置初日の映像が残っていた。

去年の春、4月の初旬だった。カメラが設置されたその夜の、深夜2時前後の映像が、ちゃんと記録されていた。

開いた。

同じ位置に、同じ白い輪郭があった。

カメラが設置されたその日の夜から、それはそこにいた。

ここで一つ、気になることを書いておく。

この立体駐車場の地下通路は、もともと別の施設と繋がっていたらしい。今は封鎖されているが、かつては隣接していた建物の地下と、渡り廊下ではなく地下で繋がっていたという話を、地元の古い人から聞いたことがあると、母が何かの折に言っていた。繋がっていた先の建物が何だったかは、わからない。

帰りの電車の中で、スマホを持ったまましばらく考えていた。

壁の模様であってほしかった。カメラの設置位置の問題で、近くの電柱か看板か何かが映り込んでいるのだと思いたかった。でも、日中に現地を見た限り、その踊り場の角度に白く映るようなものは、何もなかった。

今も、あのアプリを開けば、同じ映像がある。

毎日ではなく、毎晩かどうかも正確にはわからない。でも確認した日のぶんは、全部あった。

それが何なのか、僕にはわからない。

ただ、カメラが設置されたその夜から、それはすでにそこにいた、という事実だけが残っている。

それ以来、母には、アプリはあんまり夜中に見ない方がいいよ、と伝えた。理由は言っていない。

母は「そうねえ、どうせ暗くて何も見えないし」と笑っていた。

僕はもう、あの映像を開いていない。

開けないでいる、というほうが正確かもしれない。

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