隣の部屋に荷物が増えていく

引っ越し先のアパートで、誰も住んでいないはずの隣室から、少しずつ「生活の気配」が漏れ出してくる。気づいた時にはもう、手遅れかもしれない。

これを書いているのは、あのアパートを出てから半年ほど経った今だ。時間が経てば整理できるかと思っていたけど、正直、まだうまく言葉にできていない部分もある。それでも誰かに話しておきたくて、こうして書くことにした。

俺が引っ越したのは、三年ほど前のことだ。仕事の都合で、県境に近いひなびた町に移ることになった。大きな工場の下請け企業に転職して、とにかく家賃が安くて通勤できればよかった。不動産屋に紹介されたのは、築二十年ほどの二階建てアパートで、一階の端、101号室だった。

「お隣の102号室は、今は空き室になってますから、静かですよ」

担当者がそう言った。俺にとってはむしろ好都合だった。隣人トラブルが一番めんどくさい。静かなのは歓迎だ。家賃も相場より少し安かったし、その場で契約した。

引っ越しは平日の午後に済ませた。業者も使わず、軽トラを借りて荷物を運び込んだ。一人暮らしの荷物なんてたかがしれている。段ボールが十数箱と、折り畳めないものが少し。二時間もかからず終わった。

その日の夜、ベッドに横になりながら、新しい部屋の静けさを確認するように天井を見上げていた。廊下を歩く足音も、隣からの話し声も、何もない。本当に静かだった。それが最初の印象で、俺はそのまま眠った。

違和感を覚えたのは、引っ越してから十日ほど経った頃だった。

朝、出勤前にゴミを出しに玄関を出ると、隣の102号室のドアの前に、傘立てが置いてあった。折り畳み式の、簡素な黒いやつだ。中に傘は入っていなかった。

「あれ、入居者が決まったのかな」と思った程度で、その時は特に気にしなかった。空き室に人が入ることはよくある話だし、傘立てくらい先に持ち込むこともあるだろう。

一週間後、また朝に気づいた。今度は傘立ての隣に、玄関マットが敷かれていた。くすんだベージュ色の、特徴のないマットだ。でも、ドアのポストには新聞も入っていないし、郵便受けにも表札のテープ一枚ない。

それからも、隣の玄関前は少しずつ変わっていった。ある日はマットが新しいものに替わっていた。別の日には、ドアの脇に小さな鉢植えが置かれた。乾いた土に、枯れかけた多肉植物が刺さっているような、あまり手入れされていない様子の鉢だった。

おかしいと思い始めたのは、入居者の姿を一度も見ていないことに気づいてからだ。荷物が運び込まれる気配もなかった。引越し業者のトラックが来た形跡もないし、廊下を歩く音すら聞いたことがない。なのに、玄関前だけはじわじわと「生活感」が出来上がっていく。

管理会社に電話してみた。「隣の102号室って、入居者が決まりましたか」と聞いたら、担当者は少し間を置いて、「いいえ、現在も空室のはずですが、確認します」と言った。翌日、折り返しがきた。「空室で間違いないです。ご迷惑をおかけしていたら申し訳ありません。大家さんに確認して、不要な荷物等があれば撤去します」。

その翌朝、鉢植えも傘立ても、マットも全部なくなっていた。廊下が、最初の何もない状態に戻っていた。

俺はほっとした。何かの手違いか、前の入居者が残していったものを誰かが持ち込んでいたのか。よくわからないけど、解決したならそれでいい。

ところが、三日後にまた傘立てが置いてあった。

今度は前と違うものだった。陶器製の、少し重そうな、藍色の模様が入ったやつだ。中には折り畳み傘が一本、差し込まれていた。

俺はその日、仕事から帰ってきた深夜近く、廊下で立ち止まってしばらくその傘立てを見ていた。傘の柄には、雨粒が乾いた跡みたいなものが残っていた。使われた痕跡だ。

壁越しに耳を澄ましてみた。物音一つしない。テレビの音も、スマホの着信音も、ため息一つも聞こえない。静寂だけがある。

その夜から、俺は少し神経質になった。帰宅するたびに隣のドアを確認する癖がついた。毎朝出がけに、ドアの前を意識して見るようになった。

変化は続いた。鉢植えが戻ってきた。今度はきちんと水をやられた様子で、多肉植物が少し元気を取り戻していた。次の週には、ドアの横に小さなネームプレートホルダーが取り付けられていた。でも、中には何も入っていない。透明なアクリルのフレームが、ただそこにある。

ある夜、俺は隣のドアノブに手をかけてみた。当然、施錠されていた。鍵が刺さっているわけでもない。ただの空室のドアノブだ。でも、冷えたアルミの感触が、なんとなく「使われているもの」の感触に思えた。気のせいかもしれない。

決定的に気持ち悪くなったのは、ある土曜日の朝のことだ。ゴミ出しに出て、隣のドアの前を通り過ぎようとして、足が止まった。

ネームプレートホルダーに、紙が入っていた。白い紙に、細いペンでこう書かれていた。

「○○方」

○○の部分は、俺の苗字だった。

背筋が冷えた。それ以外の言葉が出ない。俺の苗字が、隣の空室のドアに貼られていた。手書きで、丁寧に。

すぐに管理会社に電話したが、土曜の朝で繋がらなかった。写真だけ撮って、部屋に戻った。そのまま昼過ぎまで部屋に閉じこもって、もう一度廊下に出てみたら、紙はなくなっていた。

写真は残っている。俺の苗字が書かれた、あの白い紙の写真が。

翌月曜日、管理会社に直接出向いた。写真を見せて、「これは何ですか」と問い詰めた。担当者は困惑した顔をして、「まったく心当たりがない」と言った。大家さんにも確認してもらったが、「誰かが悪戯をしたのでは」という答えしか返ってこなかった。

俺はその後、隣室の内部を見せてほしいと頼んだ。担当者は難色を示したが、事情が事情なので、大家さんの立ち会いで確認してもらうことになった。

当日、不動産屋の担当者と大家さんの二人が来て、102号室のドアを開けた。俺も後ろから覗き込んだ。

部屋は、完全に空だった。畳が敷かれた六畳間と、狭いキッチンと、ユニットバス。家具も荷物も一切ない。窓は閉まっていて、空気がひんやりと淀んでいた。誰かが暮らしていた痕跡も、最近人が入った形跡も、少なくとも目に見える範囲では何もなかった。

「ほら、何もないでしょう」と大家さんが言った。申し訳なさそうな顔もせず、ただ事実を確認するような口調で。

俺はその部屋の中を、端から端まで目で追った。窓際の壁の隅に、何か薄い痕跡のようなものがあることに気づいた。正確には、畳の上に、四角い跡が残っていた。何かを置き続けた時にできるような、色の違い。家具の圧迫跡とは少し違う、もっと小さな、鉢植えくらいの大きさの丸い跡。

「この跡は何ですか」と聞いたら、大家さんは「畳が古いから歪んどるだけですよ」と答えた。

俺はそれ以上何も言えなかった。

その日を境に、俺は引っ越しを決めた。理由を言語化するのが難しかったが、もう限界だった。契約の更新時期まで少し間があったので、違約金を払ってでも出ようと思った。

退去の手続きをしている間も、隣の玄関前は変化し続けた。鉢植えが増えた。二鉢になっていた。マットが新しくなった。今度は深緑色の、厚みのあるものに。

引っ越しの前日、荷物をほぼ全部運び出してがらんとした部屋の中で、最後の夜を過ごした。夜中の二時ごろ、目が覚めた。

壁越しに、音がした。

物を置くような、かすかな音。コトン、という感じの。一回だけ。

俺はそのまま夜明けまで眠れなかった。

翌朝、最後の荷物をまとめて玄関を出た。隣のドアの前を通り過ぎる時、視線が自然に向いた。

ネームプレートホルダーが、また空になっていた。

ただ、透明なアクリルのフレームの中に、細かい埃が入り込んでいて、その埃が、なんとなく文字の形をしているように見えた。光の加減かもしれない。俺の苗字に見えたのは、気のせいだと思いたい。

アパートを出て、駐車場に停めた車に乗った。バックミラーに建物が映った。一階の窓が二つ並んでいる。左が俺の部屋、右が102号室。

右側の窓のカーテンが、揺れていた。

閉め切った部屋の、カーテンが。

俺はそのままアクセルを踏んだ。もう振り返らなかった。

今でも、あれが何だったのか分からない。空室に少しずつ積み重なっていった生活の痕跡が、誰のものだったのか。俺の名前が書かれた紙が、何を意味していたのか。管理会社も大家も、本当に何も知らなかったのか。

ただ一つだけ確かなのは、俺がいなくなったあの部屋の隣で、今もきっと何かが続いているということだ。鉢植えの土に水をやるような、ゆっくりとした時間で。

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