引っ越し先の古い家で見つけた一枚の家族写真。最初は三人だったはずなのに、ある朝から、少しずつ人数が増えていた。何かが、この家に住みついている。
あの家を出てから、もう半年が経つ。
引っ越し先のアパートはこじんまりとしているけれど、明るくて、隣近所の声もよく聞こえて、それが今はありがたい。あの家にいた頃は、静かすぎることが怖かった。物音がしないのに、何かがいる気がした。
経緯を話すと長くなるけれど、整理するつもりで書いておこうと思う。
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その家に越してきたのは、去年の秋のことだった。仕事の都合で、県境に近い小さな町に一人で移り住んだ。職場まで車で十分ほどの距離で、家賃も安かった。築四十年近い一軒家の借家で、前の住人が丁重に使っていたらしく、外観は古いわりに内部は綺麗に保たれていた。
不動産屋の担当者は「前の方は長く住まれていたので、落ち着いた雰囲気の物件ですよ」と言っていた。確かに、家具の配置の跡や柱の傷など、長年人が住んだ痕跡がそこかしこに残っていた。悪くない印象だった。少なくとも、最初は。
引っ越した当日、荷物を整理していると、押し入れの奥から何かが出てきた。段ボール箱の陰になっていたところに、立てかけるようにして置かれていた写真立てだった。前の住人が忘れていったのだろう、と思った。
写真には家族らしき三人が写っていた。中年の夫婦と、小学校低学年くらいの女の子。背景は、縁側のある庭で、木漏れ日の中で三人とも穏やかに笑っていた。
不動産屋に連絡するべきかとも思ったが、古い写真で、もしかしたら随分前の住人のものかもしれなかった。処分するのも気が引けて、とりあえず押し入れの棚の上に置いておくことにした。
それが最初の判断ミスだった、と今は思う。
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最初に違和感を覚えたのは、引っ越しから二週間ほど経った頃だった。
朝、出かける前に押し入れを開けたときに、なんとなく写真に目が留まった。何気なく見て、少し首を傾げた。
三人だったはずの写真に、四人が写っていた。
夫婦の隣に、もう一人、男の人が立っていた。年は夫婦よりも少し上に見える、痩せた老人のような体型の人物で、三人と同じようにこちらを向いて、同じように笑っていた。
最初は見間違いだと思った。押し入れの中は薄暗いし、写真自体が古くて色味が落ちている。見えていなかっただけかもしれない、と自分に言い聞かせた。写真を取り出して、明るいところで確認してみると、確かに四人いた。
それでも、当時は「そうだったっけ」で終わらせた。三人だと思い込んでいただけで、最初から四人写っていたのかもしれない。人間の記憶なんて、そんなものだと思っていた。
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次に気づいたのは、それから一週間ほど後だった。
また朝の支度をしていたときで、なんとなく写真が気になって手に取った。そのとき、胃のあたりがすっと冷えた。
五人、になっていた。
追加されたのは子供だった。さっきまで一人だった女の子の隣に、もう一人、小柄な子供のシルエットが増えていた。顔は少しぼやけていて、男の子なのか女の子なのか判然としなかった。服装も、どこかちぐはぐな印象があった。
このときはさすがに、見間違いとは思えなかった。
写真を窓際の明るい光にかざして、穴が開くほど見た。印刷のにじみでも、光の加減でもない。はっきりと、五人の人物が写っていた。
その日の仕事中ずっと、落ち着かなかった。写真を誰かが差し替えているのか。それとも、私が気づいていないだけで、最初から複数のバリエーションがあって、順番に入れ替えられているのか。でも、家の鍵は私しか持っていない。
帰ってから、写真の裏を確認した。古い台紙に、薄く文字が書かれていた。インクが薄れて読みにくかったが、名前らしき文字と、年号のようなものが見えた。年号を見て、息が止まりそうになった。私が生まれる前の年だった。
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それ以来、毎朝、写真を確認するようになった。
確認しなければよかったのかもしれない。でも、気になったら見ずにはいられなかった。それは、もう習慣みたいなものになっていた。毎朝、押し入れを開けて、写真に目をやる。
六人になったのは、また一週間ほど後だった。増えたのは、大人の女性だった。夫婦の後ろに、少し離れて立っていた。表情は穏やかだったけれど、他の人物と比べて、なぜかひどく輪郭がくっきりしていた。写真の中で、その女性だけが妙に存在感を持っていた。
七人になったのは、その三日後だった。今度は確認した瞬間にわかった。前の日との違いが、すぐに目に飛び込んできた。
増えた人物は、背が低かった。写真の端のほうに、ぎりぎりフレームに収まるくらいの位置に立っていた。顔がこちらを向いていなかった。他の全員がカメラ目線なのに、その人物だけが横を向いていた。
その方向が、どうしても気になった。写真の中で、その人物の視線の先には何もない。ただの背景の庭が広がっているだけだ。でも、なぜかずっと目が離せなかった。
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ある夜、ふと思いついて、写真を外に出すことにした。物置代わりにしていた玄関の傘立ての脇に置いた。押し入れの中で見るよりも、手の届くところで管理したほうが安心できる気がしたのだ。
翌朝、出かける前に確認した。
八人、になっていた。
そして、増えた人物の顔が、私に似ていた。
最初、鏡でも見ているのかと思った。もちろん、そんなわけはない。でも、体型も、輪郭も、髪の長さも、私に似ていた。服装は違う。写真の時代に合った古い服を着ていた。でも、顔が、確かに似ていた。
気持ち悪い、とか怖い、という感情よりも先に、頭が真っ白になった。
しばらく、玄関に突っ立ったまま写真を見ていた。
そのとき、気づいた。
八人の中で、最初から写っていた三人——夫婦と女の子——の表情が、変わっていた。
最初に見たとき、三人は笑っていた。穏やかな、日常の一コマのような笑顔だった。でも今見ると、夫婦の顔に笑顔はなかった。どこか強張っているような、無理に作ったような表情に見えた。
女の子だけが、笑っていた。ただ、その笑顔の向いている先が、変わっていた。
最初はカメラを向いていたはずの女の子が、今は——写真の中で私に似た人物のほうを向いて、笑っていた。
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その日、私は仕事を休んで荷物をまとめた。
写真は持ち出さなかった。処分もしなかった。押し入れの棚の上に、元通りに戻して、そのまま出てきた。
不動産屋に連絡して、解約の手続きをした。違約金が発生したけれど、もうどうでもよかった。担当者は「何かありましたか」と聞いてきたが、うまく説明できなくて「一身上の都合で」とだけ言った。
今のアパートに越してきてから、あの写真のことを調べてみた。前の借家の住所で、古い地域情報や町内会の記録のようなものをネットで探したが、特に何も出てこなかった。
ただ、一つだけ気になることがあった。
不動産屋のサイトで、あの物件のページがまだ残っていた。物件の説明文に「前の入居者様が長年愛されたお家です」とあった。
写真のコーナーに、外観の写真が数枚載っていた。縁側のある庭の写真もあった。
木漏れ日の差し込む庭の写真だった。
人は、写っていなかった。
ただ、縁側のそばに、写真立てが一つ、置かれていた。
何が写っているのかは、画像が小さくてわからなかった。
確認する気には、なれなかった。

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